多分私は、ミアレで指折りの早熟な女の子だった。まつげの量が多いのは生まれつきだし、胸が大きくなり始めるのが早かったのは私にはどうにもできなかった仕方がないことだったけれど、そのほかはみんな、私を勘違いしている思う。
開放的で足元がすっきりするからと短いスカートを履いた。顔立ちもはっきりとしていたせいか、顔が火照っているだけで化粧をしている、リップを塗っているのだと思われた。
本当はただのめんどくさがりで、「きみに似合うから」と送られたヒールのある靴をそのまま使っているだけ。すぐだるくなっているから大人しくしているだけなのだけど、その黙っているところが大人っぽいのだと、同年代に憧れられたこともある。
目の前の男性も、私を勘違いしている。男の人とすぐ遊びに行くようなやつだと思って、下心を隠しもしないで私を見ている。
「今日はおやすみ?」と声をかけてきた初対面の彼は、カフェの向かいの席に座ってきた。私は良いと言っていないのに、勝手に。
「すごく可愛くて、色っぽい子だなと思って。この辺の住み? 俺は旅をしてるポケモントレーナーなんだけど」
「はあ」
「この後暇でしょ、俺も暇してるし」
「………」
めんどくさいな、と思ったけれど、この男のことは追いはらわなきゃならないだろう。それもなるべく早いうちに。そうでなければ困るのは私だ。
「……私、王子様と待ち合わせしているの」
「王子様? 本気かい?」
「本気」
向かいの席の男が顔を歪ませる。私が一人で暇してるわけじゃないことがわかったから。それとも私が急に子供みたいなことを言ったから?
「王子様にこんなとこ見られたくないから、あっちいって」
そこまで言えば、渋った様子の彼は肩をすくめて席を変えた。雑にコーヒーに口をつけて、こっちを未練がましく一瞥して退店する。やっと出ていったと迷惑男を冷たい目で見送ろうとして、すれ違うように入って来たシトラスカラーに気分がふわっと舞い上がる。
「シトロン」
喜びは、多分顔に出てしまっている。けれど、シトロンは気づかない。きっと、シトロンが鈍いというのもあるけれど、彼がもともとそういう、舞い上がった私しか知らないせいもあるだろう。
「い、今の人……」
「なんのこと?」
「こわい顔でにらみ合ってたじゃないですか」
「そうだっけ」
そうだったかもしれない。けれど、名前も知らない男性とにらみあってたかどうかなんて、私にとってはもう終わってしまった、どうでもいいことだ。返事が適当になるのは、どうか許してほしい。
「分かってますよ、はそのび、び……」
「?」
「びっ、ビリビリ! ビリビリ、に移ってませんか!? ぼくいつも静電気たまりやすいので!」
「ああ、静電気のこと?」
静電気が溜まっているかどうか、確かめようとシトロンの鼻にちょんと指先を乗せようとする。と、ぱちっと短く走ったのはまぎれもない電気だった。
「ほんとだ、静電気」
「〜っ」
特に乾燥のひどい日じゃないけれどシトロンが静電気をまとっていたのは、彼がまたさっきまで発明をしていたり、自分が大切にしているポケモンたちと触れ合っていた証拠だろう。
指先をしびれさせたわずかな電気はそんなシトロンのことを教えてくれてるようで、胸がくすぐったくなる。
「じゃあ、行こっか」
「え、ぼくにオルゴールの修理をしてほしいって」
「そんなの、言い訳だよ。ね、今日はわたしと一緒にミアレの街を歩いてほしいの。行くよ!」
「ま、待ってください〜!」
シトロンの服の裾と伝票を握りしめて立ち上がる。さあ、大好きなこのひとと、今日はどこへ行こう。
慌てていたシトロンも、すぐに私の隣に追いついてすっかり一緒に町歩きする気分になっている。
気分良くヒールを鳴らしている私にシトロンが頬をかきながらぼやいた。
「なんだ、あのオルゴール、壊れちゃったのかと」
「ううん。すごくすごく大事にしてるよ」
パパからのお土産品だったオルゴールが、誰も悪くない事故で壊れてしまったのは、何歳の頃だっけ。蓋が割れて、ネジの形がへこんで、音も鳴らなくなってしまったオルゴールを、一晩で直してくれたのがシトロンだった。
『のオルゴール、ぼくにかして、ぼくにまかせてください!』
メガネを輝かせた彼に涙ながらに手渡したオルゴールは、あっという間に綺麗になった。綺麗になっただけじゃなくて、なんとオルゴールには秘密の引き出しと秘密のアームがついていたのだ。
シトロンの『まわしてみてください』という言葉に従ってネジを巻く。すると曲の中盤で自動的にアームが動き、秘密の引き出しから中身のキャンディを出して私に差し出してくれる、という仕掛けだった。
壊れたオルゴールが、シトロンの手にかかれば私にキャンディをプレゼントしてくれる発明品になってしまう。
シトロンは『さすがぼくの発明品』と自画自賛した後に言った言葉を、私は今も鮮明に思い出せる。
『にえがおになってほしくて、がんばったんです』
メロディと発明と舌の乗ったキャンディと、それから目の前で私の笑顔を待っていてくれる男の子。その時視界に映る全てが私の笑顔を引き出そうとしてくれていると知る、幸福。
私の悲しみを慰めてくれたのは元どおり以上になったオルゴール。だけど、悲しみを本当に終わらせてくれたのはそんなシトロンの真心だったと私は思っている。
ほとんど同じ身長の王子様は横を歩いてくれている。シトロンの目の青は、明るい未来を見ている。私は本当はどこかのタイミングで手を繋げたらいいのに、と少し不埒なことを考えている。
当たり前のように一緒に歩いてくれるのが嬉しくて、昔から変わらない距離が少しだけ寂しい。
「まだ無事に動いているなら良かったです。でも今度見せてくださいね。今のぼくならもっとすごいオルゴールにできる気がするんです!」
「うん、わかった」
次に彼は私のものにどんな魔法をかけて、未来を切り開いて見せてくれるのだろう。
「楽しみにしてるね」
「はい!」
次のシトロンの発明を待てることも私にとっては幸せで、やはり私は、魔法使いのようなこの王子様が大好きで仕方がないのだ。