※ダイゴとミクリとヒロインが、昔同じ時期にトレーナー修行の旅をしていたという設定です
※甘さ皆無の同窓会をしているだけの話
ぴかぴかのモンスターボール。ランニングシューズには土汚れがついてはいる、だけど手でさっと払えばまだ白いキャンバス地が見えるのだろう。まだかたちの崩れていないバッグに、それから、期待に満ち溢れたひとみ。それらが真昼の日差しの下で光る。
全てを見せつけてそのトレーナーは私とすれ違って、どこかを目指していく。
どこからどう見ても、かけだしのトレーナーだった。
「眩しいなぁ……」
あっと言う間にカイナの人混みに消えていった星のようなきらめき。苦笑い気味に見送っている私に、すっかり進化後の姿が馴染みきったバシャーモが、ぱちくりと瞬きをする。
私にもあんな時があったはずなのに、あの子のように煌めいていたとは自信を持って言えない。必死に前ばかりを見ていて、自分がどうだったかさえ記憶にない。むしろたくさんかっこ悪かったんだろうな、と思う。
けれど、同じようなきらめきを持った二人に囲まれていた時代ならあった。それが軽く10年以上前だということを考えると、身震いしてしまうけれど。
「懐かしいなぁ。ね、バシャーモ」
声に反応して、バシャーモはそっと距離を詰めて私の横に立った。この子が強面なくせして、筋金入りの甘えんぼだと知っているのは、私くらいなものだろう。この子のことはレベル5のアチャモの頃から全部の成長を私は見てきたのだ。お手入れの成果もあって、毛並みは最高だ。
「んー……。バシャーモ、行き先変更して良い?」
もうすぐお昼時。食堂やカフェや、ポケモンセンターなんかも混雑し始める時間帯だ。
私たちもカイナの市場でパンでも買って、晴天と海を見ながらの昼食の予定だった。けれどあの青々しいトレーナーとすれ違ったことで、私の気分は変わっていた。この辺りでライバルたちと何度も通ったお店があったことを思い出したのだ。
私のつま先はすでに、海岸へと向いていた。
カイナシティの海岸にある、海の家。私が幼い頃からあるその海の家が、トレーナー修行時代の私にとって思い出の場所だ。
なぜ海の家かと言うと、たまたま知り合った同年代の駆け出しトレーナーたちと落ち合うにはポケモンセンターに次いで良い場所だったのだ。
私は昔からカイナの市場にはよく通っていたし、一人は海から、一人は別の島から船に乗ってカイナシティに来る。それぞれがなんとなく近くを通った時、この海の家を覗くと見知った顔に会えたりする場所がカイナの浜辺だったのだ。
眩しいホウエンの日差しから海の家へと逃げ込んで、その日陰で会うたびに交換・対戦・情報を教えあったりなんかして。
「ふふ」
思わず笑いが込み上げてきた。ほんと、あの眩しいトレーナーの姿をきっかけに山ほど思い出が溢れてくる。熱い砂を踏みしめて歩くと、海の家の看板と、懐かしい店構えが近づいてきた。
あの二人は元気だろうか。
噂はやたら耳に入るけど、最近は特に連絡をとっていない彼ら。最後に会ったのはいつだっけと思いながら、店に入って、私は不意に飛び上がりそうになってしまった。
男性らしい体躯に合わさった、流線形の衣服。レトロな海の家に似合わない清廉な後ろ姿だけでもわかってしまった。
「ミ、ミクリ!?」
「ん……?」
優雅な動作で白のベレー帽と波打つもみあげが振り返る。思い出していたのと変わらない顔に、私のテンションは一気に上がる。
「えっうそ! すごい偶然! ミクリだ! 元気にしてた?」
がっつくように近づけばその長身の男も私に気がついた。切れ長の目が親しげに見開かれる。
「じゃないか」
「えー!? すごい! びっくりしたあ! なんでここに!?」
「その騒がしさ、本当にだ」
「失礼なー!」
手をグーにして怒ったポーズをとるも、顔面はにやけて仕方がない。なんて偶然なのだろう。ずっと連絡をとっていなかったミクリと、なんとなくで久しぶりに寄ったこの思い出の海の家で会えるなんて。急な奇跡に私は大興奮だ。
「なんとなく気分が向いて、久しぶりにこの海の家に来たんだけど、まさかミクリと会えるなんて……。こんなうまいこと、あっていいのかな? ミクリ、実は私の知らない間にこのお店に通ってた?」
「いや、私もしばらくぶりにこの店を訪れたよ」
「そうなんだぁ……ほんとに偶然だね! あ、何頼む? お昼これからだよね?」
「ああ」
とにかく座ろうとミクリが席にエスコートしてくれる。彼はトレーナー時代からそういった平凡じゃない動作をさらりとこなす紳士の片鱗があった。そして今のミクリは完璧、かつミクリ自身を引き立てる流れるような動きで私を誘導してくれた。
私はメニューを一通り見て、それから焼きそばに決めた。その様子をなぜだかミクリが微笑んで私を見てくる。
「な、なに?」
「いや相変わらずだったから」
「ええ? 何が?」
「とりあえずメニューは全部見るけど焼きそばにするところがね」
「あ〜……」
ミクリの指摘が的確すぎて何も言えない。確かに私は、注文するものはなんとなく心に決まっているのに、もっと食べたいものがあるかもしれない、という心理でとりあえずメニューを見てしまうのだ。そんなことを知られていて、覚えられていたなんて恥ずかしい。
ミクリはいつも海の家で何を食べていたっけ。お返しとばかりに記憶を探って見ると、ミクリは割とその時々でいろんなものを注文していた覚えがある。
「焼きそばひとつお願いします!」
「私もそれで」
「焼きそば?」
「ああ。今日は食べて見たくなった」
「ふーん? にしても元気だった? 大活躍の噂はかねがね聞いているけど」
こうして海の家の座敷に座り、焼きそばなんかを頼んでいるこのミクリ。実はこれでホウエン地方でのかなりの有名人だ。ルネジムのジムリーダーを務めるだけに収まらず、ポケモンコンテストの最高ランクに出場を重ねているらしい。ファンも増える一方で、ミクリが出場するとなるとコンテスト会場は人でごった返すと聞いている。
「噂だけで、見に来てくれていないのかい?」
「いや行こう行こうと思ってたけど、なんか忙しくて」
忙しいのは本当だ。だけどそこまで意欲が湧かなかったのも事実だ。こうしてボロい海の家で顔を合わせて同じ若きトレーナーだったミクリが、そんな遠い存在になってしまったのが、私の中でうまく消化しきれないでいた。
ミクリとミロカロスのパフォーマンスは失神する者が出るほど美しいとの評判を聞いた時、思ったのだ。それは本当に、私が知っているミクリだろうか。
でも次は、コンテスト会場にミクリを彼のポケモンを見に行ける気がする。
こうして、今日会えて、よくわかった。ミクリは変わっていない。海の家で重ねた思い出をちゃんと覚えていてくれるし、失神者を出すほど美しい顔でも私と焼きそばを食べてくれる。
大丈夫。ステージの上に立つのは、私の知っているミクリのはずだ。そう心の中で思えるのだ。
「そういえばダイゴは?」
「ああ」
実はこの海の家で何度も落ち合っていたメンバーというのは私とミクリ、そしてもう一人、ダイゴを加えた三人なのだ。
なんだか知らないけどダイゴとミクリとは、旅の経路や、年や、考え方などなど、さまざまなタイミングが合っていた。知りたいと思うことを、お互いがたまたま知っているということが何度もあった。実を言うと旅の途中、親よりも連絡をとったのがダイゴとミクリだ。
ミクリにも随分お世話になったけど、ダイゴにも、旅をいろいろ助けられた。一番便利だったのは見つけた洞窟の場所なんかを教えておくと、次会った時にその洞窟で見つけたアイテムなんかを分けてくれたりするのだ。おかげさまで私は洞窟には目ざとくなった。
「ミクリの噂はけっこう聞くけど、ダイゴの方は何やってるのかよくわからないんだよね。あ、もちろんチャンピオンの座に居続けてるのは知ってるよ? でもストーンゲッターがどうのこうのって聞くだけで、所在がいまいち……。ミクリは最近ダイゴに会った?」
「まあ、よりは機会があるよ」
「そうなんだ……!」
「会いたいかい?」
「うーん、まあね。無理にとは言わないけど会えたらそりゃ嬉しいかなぁ」
「じゃあ、エントリーコールを入れたら良い」
「え?」
「良いから」
今日のバトルはもう済ませた私は、一瞬、エントリーコールをオンにするべきか戸惑う。まあバトルを申し込まれてもいいや。今日は余裕の勝利だったし。
ミクリに言われるままポケナビを出してエントリーコールをオンにする。すると目の前でミクリもすぐさまポケナビを取り出した。
「こうしてきみと私が同時に同じ場所でエントリーコールを出しておけばすぐにダイゴが来るさ」
「そうかなぁ……?」
「彼は時に驚くほどセンシティブだよ」
「センシティブ、ねえ」
それについては分からなくもない。けれど、それでもエントリーコールには気づかない気がする。洞窟の奥ふかくに行って石に夢中になっていて、ポケナビなんて見ないというのがダイゴらしい気もする。
なんて思っているうちにテーブルに焼きそばが二つ置かれた。
「食べようか」
「うん、いただきます!」
ソースの匂い、パサついた麺、青海苔。一番のスパイスは海の香りだ。高級なレストランとは真逆のベクトルを突き進んだ味は変わっていなくて、だけどなんだかとても美味しく感じられる。
海の風を感じながら、思い出の味を半分ほど堪能した頃だった。
「おや」
同じペースで食べすすんでいたミクリがふと顔を上げる。
焼きそばを口に含んだまま店の入り口へ振り返ったのはまずかった。そこに立っている人物を見て思わず吹き出しそうになってしまったからだ。お水と一緒にかろうじて飲み込んでいるうちに隣の席に座った彼へ、私はようやく第一声を向ける。
「え、ほんとに来た……」
「何がだい?」
その男、ツワブキダイゴ。久しぶりに見た彼は、なぜだか不機嫌そうに眉を吊り上げている。
「ミクリが言ったの。二人で一緒にエントリーコールをつけておけばダイゴが来るからって」
「ふうん」
「本当に来ると思わなかった! ていうか絶対気づかないと思った!」
「私は気づくと思っていたよ」
「……二人が同じ場所にいたら、気になるに決まっているだろ」
「え、そういうものなの……?」
「二人して焼きそばかい? じゃあ僕も」
まだ驚きの残る私をスルーして、ダイゴが片手で店員を呼ぶ。焼きそばを追加注文しようとするので、私も便乗でつけ加えた。
「あ、追加でサイコソーダをお願いします」
「いいね、それ。僕も飲みたいな。ミクリも飲むかい?」
「頼もうか」
「じゃあサイコソーダを3本」
私はくすぐったい気持ちで、注文を受けた店員を見送った。焼きそばにサイコソーダ。とてもジャンキーな食べ合わせでテーブルを囲むのは一人はジムリーダーでコンテストの超有名人・ミクリで、もう一人はこのホウエン地方で一番のポケモントレーナー・チャンピオンのダイゴだなんて。なんだかシュールだ。
だけどこの二人こそが私が駆け出しトレーナーの頃を共にした二人なのだ。
「ダイゴ、久しぶりだね」
「うん、久しぶり」
今更なことを言うと、ダイゴが目を細めた。座っていても私はダイゴを少し見上げ、ダイゴは私を少し見おろしている。座高もすっかり変わってしまったなと思う。
「で、二人は何してたんだい?」
「何って……たまたま、すごい偶然に会っただけ。ほんとは外でサンドイッチでも食べる予定だったんだけどなんとなく、懐かしくなって海の家に来たの。そしたら、ミクリがいて!」
「私もたまたま立ち寄っていたんだ。ダイゴがここに来たことについてだけは、恣意的なものだが」
「そういえばダイゴって、昔から何かとタイミングよかったよね」
思い出して来た。私とミクリが先に偶然お互いを見つけたりすると、ちょっとあとからダイゴが合流するのだ。
「僕にとっては何かと”出遅れてる”んだけどな」
「でも石とかちゃんとゲットしてから合流してたじゃない。今日も持ってたりして〜」
「ふふん、見てごらん!」
「うわほんとに懐から石が出て来たよ」
二人とも、ビッグになってしまった。気後れはちょっとする。けれど、話しているうちにそんな気持ちはあっという間に全て吹き飛んでしまっていた。
加えて、さっき久しぶりと言葉交わしたのに、今は昔と変わらない調子で喋っている。立場を超えて、経った時間なんてものともしないで海の家で安っぽい盛り上がる。思わず昔のように、ダイゴに洞窟のありかを教えようかと思ってしまったくらいだ。
ああこれが、友人ってやつだなぁ、なんて。密かに噛み締めていれば、サイコソーダが先に、それからダイゴの分の焼きそばが運ばれて来る。
「ここで飲むサイコソーダも懐かしいね」
「ああ」
「ね、覚えてる? カイナシティの海の家に、私たち三人が揃った時は……」
「”その日に稼いだバトルの賞金分しか注文できない”、だろ」
「そんなのもあったなぁ」
私たちは何度も顔を合わせたトレーナー同士で、そして切磋琢磨し合うライバル同士だった。お互いに楽しみながら競い合うために決めたルールがあったのだ。
カイナシティの海の家に三人が揃って、一緒に食事をする時は、自分の財布にもともとあったお金は使ってはならない。その日に稼いだバトルでの賞金しかお金を使ってはいけないのだ。
つまり海の家にたどり着くまでに何戦バトルをこなしてちゃんと勝っておかないと、食いっぱぐれる、というルールだ。
それを怠って海の家にまで行き、うっかり三人揃ってしまったら。時には何か食べる二人を尻目に水しか飲めない、なんてことが起きてしまうわけである。
自分の戦績がリアルのその時のメニューに直結して、大笑いしたことも悔しい思いをしたこともある。一番稼げたトレーナーは、余裕でかき氷のデザートを食べたりなんてしたものだ。
「ほんと、懐かしいね」
思わず笑顔になりながら二人を見ると、なぜだか割り箸を持つ手が止まっている。唖然、とした様子だ。
「え、何」
「ちなみには今日バトルは?」
「目線があったトレーナー全部倒して来たから、えっと8戦してきたよ。もちろん勝ってる」
「……、申し訳ないのだが私の焼きそばとサイコソーダ代を、出してもらえるだろうか……」
「え、ちょ、ミクリ……?」
ということはつまり、ミクリは今日バトルを一切していなくて三人のルールに則ると手持ちのお金はない、ということだろうか。
ま、まあミクリは最近コンテストに力を注いでるみたいだものね。コンテストの育成だとトレーナー同士のバトルの機会が減ることも頷ける、うんうん、と思ったらダイゴも青い顔をしている。
「悪いんだけど僕も」
「おい、ダイゴ……」
ミクリはまだしも、ダイゴが今日賞金を稼いでいない理由なんてひとつに決まっている。洞窟にこもりすぎて、トレーナーと会うことがなかったのだろう。それでいいのかチャンピオン。
「しょうがないわね。さんはちゃんと勤勉な現役ベテラントレーナーだから三人分くらいは……」
「久しぶりにかき氷も食べたくなった。追加していい?」
「こんの……」
人の増えてきた店内で思わず大きな声を上げてしまう。
「ちょっとは働けトレーナーども!」
ダイゴとミクリ。この二人にこんなことを言ってしまえるのは、そして二人に焼きそばとサイコソーダとかき氷代を頼られるなんてことをできるの、きっと私くらいだ。
ミクリは笑って、ダイゴも笑って、私がため息で肩を落としているうちに、みっつのかき氷が運ばれて来た。それもやっぱり変わらないシロップの味がした。
(2022/06/06 加筆修正済み)