望みのない告白なんて、私もしたくてしたわけではない。ただこのまま何もしなければ私はワタルさんの中でポケモンリーグの事務員ですら、女の子ですらなく、名もなきモブとして存在を終えそうなのは明白だった。それに何度アピールしてもわかりやすく目で追っていても全く気持ちに気づく様子のないワタルさんに我慢ができなかったのもある。本当に、私の気持ちをわかっていないのはワタルさん本人くらいなものだ。
でもそんな難しいことは後付けの理由だ。それら全てを超えて、ワタルさんが好きという気持ちがポケモンリーグの廊下というロマンチックのかけらもない場所で飛び出していた。それだけのこと。
結果は、ワタルさんのすまなそうな顔が物語ってくれている。わかっていた、ことだった。
「……やっぱりさん、なんですか?」
「?」
ワタルさんはなんでその名が出てきたんだという顔をしている。白々しい。失恋ほやほやの身としてはそう感じてしまう。
さんはワタルさんの幼馴染だ。同郷、つまりフスベタウン出身で、ドラゴンタイプ専門のドラゴンつかいではないみたいだけれど、彼女が育てたハクリューは神々しいくらいに綺麗だし、チャンピオンロードのポケモンたちも寄せ付けない。
トレーナーの中でも一目置かれていて、神出鬼没の自由人で、何よりもワタルさんとの距離感が何をするにもとにかく近くて、でもそれがお似合いに思える容姿の持ち主で……。私にとっては憎らしい女の人だ。
「さんと、すごくすごく仲が良いじゃないですか……」
「確かに長い付き合いだが。は関係あるか?」
白々しい。私の目の前どころか、誰の目の前でもワタルさんとさんは親密すぎる。
「関係無いようには、見えなかったです……」
「うーん。本当に何も無いんだが」
「そんなの、信じられません! 私、私ずっとワタルさんのこと見つめてきたんです……関係無いはずないです……!」
恋する乙女としてはいつだって、さんをワタルさんから遠ざけたくて仕方がなかった。けれど、この二人における一番の問題は、さんの無遠慮さをワタルさんが全て受け入れてるということだ。
ワタルさんのカップで勝手にコーヒー入れるとか。ワタルさんのおやつ勝手に食べちゃうとか。ワタルさんのマントにくるまってソファで昼寝してたりだとか! そんな行為たちをワタルさんが一度でも怒ったり不快感を示したことは無い。「には敵わないな」と笑っていることすらある。
でも、ワタルさんもワタルさんだ。チャンピオンとして忙しくなってくるとすぐにさんにおつかいを頼むのだ。自分の食事、フスベシティの自宅からとってきて欲しいもの、誰かへの届け物。
さんもなんだかんだワタルさんの好みや、ワタルさんが”ちょうどいい”と思うレベルをよく知っているのだ。ワタルさんもさんに無遠慮なのがまた、見せつけられる感じがしてやきもきしてきたのだった。
さんはさんで、ワタルさんの仕事ぶりを見ては「ワタルには敵わないよ」なんて笑っているけれど、お互い様なのは二人ともわかっているのだろうか。あんなに仲が良さそうにしていて、どうみても特別な仲なのに、本人たちにとっては無意識で当たり前なことがことさら私を傷つけた。
「……っ」
涙が出てきた。こんなのが私の初恋なんて、散々すぎる。
初恋だったのだ、ワタルさんが。恋した相手はパーフェクトだと思う。今でも好きな部分しか見つからない。だけどそのワタルさんには、どう見ても特別な人が最初からそばにいた。
ワタルさんを見かければ単純なくらいに気持ちは舞い上がって、ワタルさんとさんの二人を遠くから見て気持ちは何度も乱降下して。その幸福と苦しみの落差が私の恋のほとんどを占めていた。
こんな恋がしたかったわけじゃないのに。
涙が出るのは、悲しさと悔しさゆえだ。不毛な恋だった。そう思うのに、ワタルさんが頭を撫でてくれる。他の男なら絶対に嬉しく無いのに、髪に触れるのがワタルさんのあの大きな手というだけで、恋心を手放すのが惜しくなる。それくらい彼の手は、そこから伝わる体温は、甘やかだった。
「ごめんな。本当に俺とは特別なことは何も無いんだ。ただ……、は俺の初恋ではあるかな」
「………」
「そう言えば、納得してもらえるかな」
涙をぬぐいながら内心で絶叫した。そんな落ちってずるすぎる!
私の初恋はワタルさんで、ワタルさんの初恋がさん。大人の男性として憧れていたワタルさんの口から出る初恋の言葉は、はるか遠くの出来事のようだった。私には届かない過去の中でさえ、さんの存在が一番星みたいにきらめいているのだろう。私の中で、ワタルさんが忘れられない存在になりつつあるのときっと同じように。
せめて初恋だった、と過去形で言ってもらえたらまだ救いがあったのに、ワタルさんの唇に乗った初恋は、儚いけれどまだ形を持っていた。
さんに、きっと悪気はなかった。さんも私の気持ちに気づかないひとりだった。だからこそ行動は無遠慮で、さんの存在が何度私を傷つけたことだろう。
「ごめんなさい、ワタルさん。これで諦めますから……」
私はワタルさんに抱きついた。彼の胸に飛び込んで、大きな胴に手を回す。不意をつかれたワタルさんの「わっ」という声が、今までにないくらい近くで聞こえた。
ワタルさんの香りにうっとりと胸を膨らませながら、私は廊下の角で立ち尽くしているさんを見た。
さんが許せない。だってあの人は、自分の気持ちにも気づいていなかった。どう見てもワタルさんを特別に思っているのに、恋の自覚は持っていなくて、なのにワタルさんを独占していた。初恋まで奪っていた。
自分の持ち得ている幸運に全く気づいていない、さんのそういうところ、大嫌いでした。
ざまーみろ。ようやく自分の気持ちを知った彼女の顔が歪むのを見て、私の恋心がまた千切れていく音がした。