目の前に差し出される真紅。奥ゆかしくて少し甘酸っぱいような香りはもう鼻が覚えていて、まるで私にそういう仕組みがあるかのように胸がきゅっとなった。赤のバラは、いつもルカリオが私に捧げてくれる花だ。

「いつもありがとう、ルカリオ」

 私が花束を受け取ると、ルカリオも目を細めてブルルと鼻を震わせた。
 ルカリオに花を捧げられるのは初めてのことじゃない。それどころかもう何度目かわからないくらいだ。ルカリオにプレゼントしてもらったことが嬉しくて私はどのバラもきちんと手入れして飾るし、ルカリオも花が枯れる前に次の花束を贈ってくれる。私の部屋に赤いバラは、ここ数年絶えることなく咲き続けている。

 何度も贈られて、何度だって嬉しくなってきたルカリオからのプレゼント。だけど今日は特に赤面してしまう。なぜならここは街中。たくさんの通行人たちが私とルカリオをゆるくあたたかい眼差しを送ってくるからだ。たくさんの目が私たちを少し不思議そうにちらりちらりと見て、過ぎ去っていく。たくさんの視線が重なって、すぐ逸らされてしまうとしても、私の顔は熱くなっていった。
 ルカリオはポケモンだから、人の目なんかを気にしているのは私だけなんだろう。彼の顔はプレゼントを喜んでもらえたという純粋な嬉しさに満ちていて、ますますやましさが加速していく。本当に、意識しているのは私ばっかりだ。

「本当に、ありがとうね」

 何度同じものを捧げられてもこの嬉しさは変わらない。いつまで経っても言葉が見つからなくて、胸が苦しくなる。
 ありがとうばかりしか言えなくて心苦しい。私が伏し目がちに嬉しさと苦しさを噛み締めていると、ルカリオは腕にかけていた袋に気づいたようだ。

「あ、これは……みんなからもらったの。ほら、私この前誕生日だったから」

 もう一つの赤いバラの花束を、私は苦笑いと共にルカリオに見せた。私がお手伝いをしているカフェの店員さんや常連さんたちがお金を出し合ってこの花束を用意してくれたのだという。
 みんなでお祝いをしてくれた気持ちは嬉しい。だけどそれが赤いバラの花束だったことには、苦笑するしかない。
 怪訝そうなルカリオに、また私だけ上ずりそうになる声を抑えて説明をした。

「ほら、私がいつも赤いバラをルカリオから貰ってるから。私の好きな花だと思われてるみたい。……ほんとは、全然そんなんじゃないのにね?」

 私の言い草に予想通り、ルカリオは驚いている。やっぱりルカリオも、赤いバラが私の好きな花だと勘違いをしている。

「ふふ、やっぱりルカリオも気づいてなかったんだね。私の好きな花は赤いバラじゃないよ」
「ブァッ!?」

 ルカリオはさらに驚いて、空いた口から牙が見えている。ちっちゃないたずらが成功したような気持ちになって、私は得意げにルカリオより数歩前を歩き出した。
 みんなからもらった花束は袋にしまって、ルカリオにもらった花束の方は抱きしめて、街を歩く。私の靴はかつかつと道を鳴らして、ルカリオは音も少なくついてくる。

「私、ちゃんと覚えているよ。なんてルカリオが赤いバラを贈ってくれるようになったのか」

 出会ったときからルカリオは私に優しくて、ポケモンなりに精一杯私の気持ちを知ろうとしてくれていた。全ての行動はたどたどしかったけれど、私に接しようとする全ての行動に一途な好意が含まれていた。私が何をすれば喜ぶのか、私に何をしてはいけないのか、ひとつずつ知ろうとしていた赤い目。私はあっという間にこのポケモンに心を許していった。いや、彼がポケモンだということを忘れていったのだ。
 そのうちにルカリオは、贈り物をすると私が喜ぶことを知った。ルカリオはきのみや花や、綺麗な石など自然で見つかる様々なものを私に贈ってくれた。

 ある日彼は、どこから見つけたのか赤いバラを一輪、手にして現れた。
 私はそれを「素敵」だと言って、ああでもないこうでもないと言葉を探しながら何度も褒めた。石やきのみや他の花だった時とは比べ物にならないくらいわかりやすく喜んでいた。それからだ、ルカリオが何度も赤いバラを送ってくれるようになったのは。

「でもルカリオ、勘違いしてる。私が喜んだのはね、赤いバラが好きだったからじゃない。あの日に素敵だって言ったのは、赤いバラを持った”ルカリオ”のことなの」

 ルカリオからの贈り物はなんでも嬉しかった。全てのプレゼントが宝物だった。そこにこもる気持ちが、私を幸せにしてくれた。

 だけど赤いバラだけが特別だった理由は単純だ。
 この花がとってもルカリオに似合っていて、私のためにバラを持ってきたルカリオはいつもよりさらにもっとかっこよく見えたから。それは何度繰り返されても息が詰まった。彼と真紅が隣り合ったときに生まれるときめきは、今日も色褪せてくれなかった。

「……ごめん。あえて秘密にしてたの。赤いバラを携えたルカリオが私に会いにきてくれるのが、何よりも嬉しくてドキドキするから……」

 熱心に赤いバラを贈られるようになって、ルカリオが勘違いしていることに私も気がついた。彼の情熱が純粋だからこそ言えなかった。そしてそれは彼の姿にいつまでも胸を苦しくしていたいという、ひどいわがままを抱えたせいでもあった。

 でも、本当に気持ちを打ち明ける勇気をくれたのもルカリオだった。
 ポケモンのことを好きになったとして、そのポケモンも私を好きでいてくれていて、だけどどこから私たちは恋人と呼ばれるのだろうか。いつから恋人と名乗って良いのだろうか。わからないけれど彼は私の幸せを願っていてくれて、私も彼の笑顔を望んでいる。

「本当は、赤いバラは好きな花じゃない。私には派手すぎるし、不釣り合いにも思える。でも、ルカリオがバラを持っている姿が、大好き」

 バラが好きじゃないことは、ずっと私だけの内緒だった。けれど、今日、ついにやめてしまった。彼の幸福のために、私が大好きと伝えればきっと喜んでくれる君のために。くだらない秘密はもう破り捨てるのだ。