それは私の一目惚れでした。柔らかそうなほっぺ、きらきらした瞳、仕草のひとつひとつから溢れる可愛さ。可愛いなんて言ったら失礼になってしまうかもしれない。だけど、とめどなく。私の心にはときめきがあふれていた。
「あの!」
自分から声をかけるなんてありえないと思っていた。そんなこと、私にできるはずないって思っていたのに、気づけば体が動いていた。
「わたし! って言います! シンオウ地方から一ヶ月前くらいに引っ越して来て! 決して怪しいものではないではないので!」
不思議がる瞳には自分が写っているなんてそれだけで幸せで、だけど体は壊れてしまったみたいに熱くなる。それこそ頭から爆発してもおかしくない気分だった。けれどここで見送って、もう会えないのは嫌だという気持ちが全身に走っていて、なんにせよ私は完全に可愛さにやれらてしまっていた。
「あなたのライチュウとお友達から始めさせてください……!!」
「え……?」
持っていたマラサダを落とした彼の名前はハウくん。私が一目惚れしたライチュウ、そのトレーナーだ。
大好きな存在がいると毎日が楽しい。
これからハウくんのライチュウに会える。そう思うとハウオリの景色はきらめいて見える。
待ち合わせ場所にちゃんといてくれたあの小麦色のポケモンを見つけて、わたしは走り出す。
「ライチュウ! ハウくん!」
「やあ、ー。アローラー」
片手を上げてハウくんがアローラの挨拶をしてくれる。
「アローラ! ライチュウも、アローラ!」
わたしも慌てて両手を出す。
両手で円を描くようなこの挨拶はまだ慣れなくて、時々忘れてしまう。
「ああ〜、ライチュウ〜!! 今日も可愛いよ〜!! 今日もライチュウに会えて幸せだよ〜!!」
「あははー、はほんとライチュウ大好きだよねー」
でれでれが顔から隠しきれていないはずなのに、ライチュウはむじゃきに挨拶がわりかそのサーフテールでくるりと回ってくれた。ああなんてサービス精神も旺盛で、最高なライチュウなんだろう。可愛さが今日も大放電されている。
真っ青な瞳、丸い羽根みたいな耳。体はどこもかしこもふんわりしてそうに柔らかい線で彩られている。あんなライチュウ、私のいた地方では見たことない! そう思って飛びついたけれど、後から知った。このライチュウはアローラ地方では当たり前の姿らしい。
けれど何度出会ってもこのライチュウが一番可愛いと感じている。私の一目惚れは間違っていなかった。
「あの、これ! 手作りのポフィンっていうお菓子」
「わあー!」
「ハウくんにもあるよ。ポケモンたちのためのお菓子だけど、人間も食べられるから。っていうよりも私も食べたくて……。だから味見してあるから、よかったら食べてください!」
手作りのお菓子は気持ちが出すぎて、もしかしたら迷惑になってしまうかも。心臓が嫌な感じにはねる。けれどそれはハウくんの笑顔ですぐに解けた。
「やったー! ね、今食べていいのー?」
「う、うん……!」
こんな純粋に喜んでもらえると思わなかった。ハウくんの反応に私も予想以上に嬉しくなってしまう。
近くのベンチを探して全員横並びに座る。自然と目に入ってくる青い海と太陽の眼差し。
「ハウくんと食べてるマラサダもいつも甘そうだから、少し甘めにしてあるの! どう?」
「おいしい、すごくおいしいよー!」
ああっ、ポフィンを美味しそうに食べるライチュウの可愛さも最高!
でれでれの顔を隠せないまま、わたしも残ったポフィンをひとつもらって口にする。シンオウ地方の刺さるような冷たいじゃなくて、アローラのまろやかの海風と一緒に食べるポフィンは新しい味がする。
もともと遠くの地方からアローラに移り住んで、どこかこの地に馴染めずにいた私だった。けれどハウくんのライチュウに出会ったことでひとつ壁を乗り越えられたと思う。
ライチュウに夢中になっている間は頭の中にあった寂しさや心細さはなくなっていく。
会っていなくても喜んでもらいたいってポフィンのレシピを確認したりする時間は、幸せそのものだ。
「いっぱい作ったから、好きなだけ食べてね。持って帰ってもいいから」
「こんな美味しいもの、もらっちゃっていいのかなー」
「いいに決まってるよ。私、ライチュウにもハウくんにも感謝してるんだ」
ライチュウを通して私は、アローラ地方のまだ見たことのないポケモンたちにもっと知りたい、触れたいとも思うようになった。
自分からアローラ地方をもっと知りたいと思える。それってすごい変化だと思うのだ。
「じゃあお礼にまたをどこかに連れていってあげるよー」
「ほんと! いいの?」
「もちろんー。の反応っていつも面白くて、おれも楽しいんだよねー」
「は、恥ずかしい……。でも、ありがとう」
ライチュウが繋いでくれた、もうひとつの大切なもの。それがハウくん。
ハウくんはしまキング・ハラさんの孫として、そして腕の立つトレーナーとして有名らしい。こんなに優しく、のんびりとしてそうに見える少年が一目置かれるトレーナーとは思わなかった。
でも私にとってハウくんは他の誰でもなく、最愛のライチュウを相棒とするトレーナーだ。この最強に可愛いライチュウを育ててくれた、カプ・コケコよりも崇め奉りたいひと。きっとハウくんの柔らかな気質があって、ライチュウものびのび育ったのだろう。
ライチュウ以外にもハウくんが育てた、ジュナイパーやオンバーンたちも親しみやすくて、でもポケモンとしての強さも持っていて。だからこの、ハウくんが育てたライチュウだから、私は好きになったのだ。
そしてハウくんは、アローラ地方での私の唯一の友達だ。
「ね、今度はどこに連れてってくれるの?」
「うーん。を連れて行きたいところ、いっぱいあるよー」
「すごく楽しみ! こんなポフィンじゃお礼にならないね」
「そんなことないよー。がライチュウ以外に興味持ってくれて、おれ嬉しいんだー」
ハウくんはそう言ってくれるけれど、私にとっては自然な流れだった。一目でライチュウを好きと思って、ライチュウを知ろうと思うとポケモンを知ることになって。そしてポケモンたちはこの世界とつながっているのだから。
「でも一個だけお願いはあるかなー」
「なになに? なんでも言って」
「にアローラのいろんなこと知ってほしいけど、ライチュウくらいおれにも興味持ってよー?」
「興味? ハウくんに?」
彼に目を合わせたのは、意識してのことじゃなかった。自然を顔を彼に向けていて、黒い瞳が私をまっすぐ見ていたことに驚いた。
そしてそれとは別の感覚で息が詰まった。ライチュウに出会った時に感じたようで、そうじゃない。もっと自分ではどうしようもできない熱が私の中でうねる。
「これ、ありがとうねー。おれのポケモンみんなにも食べさせてあげたいから、もらっちゃうよー」
「う、うん……」
またね、って言ってハウくんは私に答えを求めずにポケモンたちの特訓へ向かってしまった。彼は手の振り方まで柔らかい。
また今度、ハウくんに連れられてアローラを知りに行く。その時にはちゃんと言えるだろうか。ハウくんに興味なんて、もう持ってるよって。
ハウくんの好きな味を知りたくて、どれかひとつでも美味しいって言ってもらいたくて山ほど作ったポフィン。彼は全部持っていってしまったから、それも聞かなくちゃ。
私もベンチから立ち上がる。伸びをして吸い込むメレメレ島の海風。ああまたハウくんのおかげで明日が待ち遠しくなった。