※ほんのり病んでる
新鮮なモーモーミルクをたっぷり使ったメニューが売りのコンセプトカフェ。しかもカフェのロゴにはミルタンク。
アカネちゃんがそのカフェの情報を見せて来た時は、思わず笑ってしまった。だってこんなカフェ、アカネちゃんなら行くしかない。そうに決まっている。
白とパステルピンクを基調にした店内でアカネちゃんの笑顔が咲いている。
女友達と二人で、女の子好きする空間で過ごす。こういう時間久しぶりだ。わたしはそわそわと座る位置を調整した。
「今日は誘ってくれてありがとうね」
「うちこそ! 来てくれてありがとうな!」
「楽しみだね、すごく美味しそう」
「今日は食べるでー!」
「お待たせしました、スペシャルーモーモーパフェをご注文のお客様」
「はいはいー!」
アカネちゃんの意気込み通り、大きいグラスが彼女の前に置かれた。アカネちゃんが注文したのはチーズケーキが土台として詰められたパフェだ。上には倒れそうな高さまでソフトクリームが乗っている。
私はミルクたっぷりのカフェオレ。あとはミルクの味を感じたくてジェラートを頼んだ。
期待に胸を膨らませ、一口食べて、お互い自然に笑顔になる。
「美味しい!」
「……ほんとだ」
口の中に広がる濃いミルクの味。反対にジェラートはさっぱり仕上がっていて口の中でさっと消えてしまう儚い甘さだ。
「なあなあ! ソフトリーム食べてみて?」
「いいの? じゃあ私のジェラートも食べて」
「ほんま? おおきに!」
ソフトクリームもチーズケーキも幸せの味。誘ってもらえたおかげで美味しいものも食べられたし、何よりも、アカネちゃんがわざわざ私に声をかけてくれた。コガネジムのトレーナーたちならいくらでも付き合ってくれるだろうに、一緒に行く相手に私を選んでくれたことがすごく嬉しかった。
そしてアカネちゃんにぴったりなカフェでアカネちゃんのとびきりの笑顔を見られるんだから、本当に今日の私は役得だ。
舌鼓を打っているとアカネちゃんがぽつりをつぶやきを漏らした。
「……よかったぁ、が元気そうで」
あぶない。アカネちゃんが急におかしなことを言うから、ジェラートをスプーンから落としそうになった。
「え、なんで? 元気だよ」
エンジュシティで一人暮らしを始めてからしばらく経っていてもう慣れたものだし、アカネちゃんが知るとおり基本私は健康体だ。心配なこと何もないと思うけど……。
「エンジュジムのマツバさんと、まだ付き合うとるん?」
「う、うん」
改めて言葉にされると顔が熱くなってしまう。
私の付き合っている人、マツバさん。エンジュのみんなから慕われている優秀なジムリーダーが自分の恋人になった時は信じられない気持ちでいっぱいだった。でもマツバさんは私をとても大切にしてくれて、順調にお付き合いを続けている。
週末ごとに二人で一緒になにして過ごすかを、マツバさんはリードして決めてくれて、だけど予定の押し付けはしない。私の様子をいつもさりげなく見て提案してくれるところなんかに、やっぱり年上の男性らしい余裕を感じる。
きっと今日も少し遅くなったら「迎えに行くよ」って連絡をくれる。言葉だけじゃなくマツバさんはどんな遅くなっても本当に迎えに来てくれて、柔らかい手のひらで手を繋いで、家まで送ってくれる。
マツバさんが一緒だと夜に出歩くことも好きになってしまった。私は多分、人生で一番、今が幸せなんじゃないかと思う。
だけどアカネちゃんは「そっか」と言うと笑顔を曇らせてしまった。
私はあえて明るく、なんでもないという風に言う。
「よくわからないけど、何も心配いらないと思うけどな。マツバさん、とっても優しいよ」
「……優しい、なぁ。マツバさんはまだしも、うちが気になるのはポケモンたちの方や」
「ポケモンたち? それって……ゴースやゲンガーたちのこと?」
マツバさん絡みのポケモンといえばやっぱりすぐに思い浮かぶのゴーストタイプのポケモンたちだ。
「そうや。あのな、。ゴーストタイプってやっぱり根本的な性質が他のポケモンたちと違うと思うんや」
アカネちゃんはスプーンを置く。
「なんて、言うんやろ……。良いとか悪いとかやのうて、ゴーストタイプのポケモンたちって、他の生き物の命を求めずにいられへん。そういう性質があると思うんや」
アカネちゃんの言うことは、少し、分かる気がする。マツバさんと暮らすポケモンたちと接していると、みんな人間が好きなのだと感じる。
本当に人間や他のポケモンたちが嫌いなら、遠ざかって決して見つからないように暮らすだろう。結局人間たちの反応が彼らにとって好ましいから、驚かしたりいたずらしたりするのだ。
「うちだってポケモンといたらいろんな影響を受ける。一緒に生きてるんやからそれは当たり前のことや。ええことの方が多いけれど、気ぃつけることだってめっちゃあんねん」
「………」
「うちのノーマルタイプのポケモンたちにも気ぃつけてほしいことがあるんやから、ゴーストタイプはなおさらやと思うねん。マツバさんは、そういうポケモンたちからのこと守ってくれとる?」
そんなこと、考えたことなかった。
だってゲンガーたちはみんな良い子だ。けれどマツバさんの家に遊びに行けば必ず彼らなりの挨拶をしてくれて、時には私の手伝いをしてくれたりする。
私だって最初は怖いと思うこともあった。うっかり体に触れてしまった時、体温の無さに背筋が凍ったこともあった。だけど。
「アカネちゃん、大丈夫だよ。あまり意識したことがなかったけど、マツバさんのポケモン……、ううん、ゴーストタイプのポケモンたちはみんな、良い子だよ」
「………」
「ありがとう、アカネちゃん。せっかくのモーモーミルクカフェだよ、食べよ?」
「……うん」
アカネちゃんは尚も思いつめた表情をしている。
友達がこんなにも私のことを思っていてくれている。それもひとつ、このカフェで味わった私の幸せだ。
アカネちゃんと別れて、私はポケモンセンターの前に一人立つ。
マツバさんが心配するとわかっているから今日も早めに帰るつもりだったのに彼は迎えに来てくれるらしい。
以前の私だったらそんなの申し訳なくてどうにか断らないといけないを焦っていた。だけど今は申し訳なさが消えたわけではないけれど、彼を待つ時間が愛しい。
早く来てほしい。そして手を握ってほしい。もし夜風でマツバさんの方が冷えていたら私が温めてあげるんだ、なんて考えてしまう。
ただ立ってマツバさんを待っていたのだけれど、次第にぼんやりしてくる頭。今日は楽しい予定で、少しはしゃぎすぎてしまったかもしれない。
考えのまとまらなさを感じながら、ふと、アカネちゃんの言ったことが蘇る。
『ウチが一番気になるのは、マツバさんなら当然わかっとることを、どうしてまだに言ってへんのかやで』
別れ際、やっぱりどうしても言わずにいられないとアカネちゃんが私の手をつかまえた。彼女の手は燃えるように熱く感じられた。
『大事なことなのに。どうして今、ウチが説明しとんの? マツバさんがほんまに優しいなら、ちゃんと言ってくれるはずや』
「ちゃん?」
「……っ」
目の前にゆらりと現れたマツバさんが私を見下ろす。その紫の瞳は私を心配そうに覗き込んで来る。
「気分が悪いのかい? 上手く言えなくてもいいから、正直に教えて」
私がくらくらしてることを見抜いて、選ばれる言葉。やっぱりマツバさんは優しいなと胸が震えてしまう。
「心配いらないです、ちょっとぼーっとしているくらいで……。今日が楽しくて、興奮しすぎたみたいです」
「そうか。良かった、迎えに来て。大丈夫だよ。僕がちゃんと連れていくから」
そして手が繋がれた。望んでいた体温とマツバさんのささやきで、私はどこまでも安心できる。
このひとがいれば大丈夫。きっと目を閉じたままでも無事に帰れる。
その直後、私を本物のめまいが襲った。さっきのものとは比べ物にならない大波のような酩酊感。ぐにゃと視界と意識が歪んで、天と地がわからなくなる。
無意識に手から伝わる体温を離さないように追い求めた。
「大丈夫だよ」
かろうじてその声を拾って、私はすがるように何度も頷くと、ゆるりと手が引かれた。
目が開けられる状態でなかった。だからマツバさんが私を連れて行く先だけを信じて私は歩き出した。それが家へ帰る道だと信じて。