※ややリーグ委員会等の周辺設定に捏造設定を含んでいます。




 10年無敗だったダンデさんのリザードンが倒れ、新チャンピオンが誕生した。私はその試合をまともに見ることはできなかった。
 原因はローズ元委員長の不穏な中継から始まった、後にブラックナイト事件とも呼ばれる一連の騒動のせいだ。
 ナックルシティの上空に現れたムゲンダイナ、それを抑えに走ったダンデさんの負傷、周辺は一時閉鎖され、ガラル中が騒然となった。一時はどうなることかと思ったけれど、ムゲンダイナの姿が消え、ホッとしたのもつかの間。ダンデさんが意識不明の状態で運ばれてきたのだから、私も意識を失いそうになった。

 事件後、ローズ委員長は自首し、連行。それに伴いオリーヴさんも魂が抜けたようになって、今は頼れない! と思っていたら失踪。
 ツートップを失った状態で事後処理と、ファイナルトーナメント決勝運営を同時並行で行うのだ。言うまでもなくリーグ委員会側は地獄だった。

 周囲は副委員長を暫定のトップとして祭り上げようとした。けれどリーグ委員内で、副委員長は人脈はあるがローズ委員長に負んぶに抱っこ、正直あまり役に立たないことで有名だ。副委員長の秘書が私に泣きついてきたことをきっかけに、オリーヴさんの部下だった私に話が集中してきた。
 同じ大人だというのに副委員長秘書はわんわん泣く。その他の職員にも心の折れかかってる人はいて、ダンデさんは意識不明。ローズ委員長とオリーヴさんの穴を埋めて、なんとかファイナルトーナメントを終えなければならない。一介の部下である私が。人生においてこれ以上の修羅場は今後も無いだろう。

 リーグのことを私に聞くとか、運営の指揮に私が関わるとか、冗談でしょ。そう思っていたけれど、蓋を開けたら本当に他より全容を知っているのが私以外にいなかったのだから笑えなかった。
 周りの人たちと結託して、役立たず副委員長をそそのかすことで、現場を動かさせる。立ち止まりそうになった時、皮肉なことに頭の中でローズ委員長に問いかけた。ローズ委員長なら、どうする? それは確かにローズ委員長、ひいてはオリーヴさんの意向に寄り添いながら影の仕事をこなしてきた私にしかできない芸当だった。

 あの時期、忙しすぎて、仕事の一体どこまでを自分がこなしたか、あまり覚えていない有様だ。唯一覚えてるのは。

『セレモニー終わりました? ダンデさんは? 捕まえましたか? 即入院させてください!! 検査受けさせてください!!』

 端末に向かってそう叫んだことくらいだ。なんでこんな、ダンデさんを再入院させることに叫びを上げているのだろう、こんな状況なのにあの人が心配でたまらないのは彼がスターだから? 自分でも不思議だったせいか、そこだけはくっきりと覚えている。





 お見舞い品として花束を買ったのは、少し良くなかったかもしれない。フルーツか、あの人相手なら本でもよかった。花の香りが鼻腔をくすぐると、思わず気力が抜けそうになるのが、私にはたまらない。

 ムゲンダイナが現れて以降、世界は衝撃を受け止めながらも塗り替えられたかのようにきらきらと輝いてまた回り始めている。
 しかし私は一日たりとも休めていなかった。多方面への賠償、補填、警察と第三者委員会への対応。やること、戦うべきことは山ほどあった。
 仮眠室とシャワー室を往復して、自宅には着替えに戻ったくらいだ。自宅の冷蔵庫の中身はもういくつかはダメになっているだろう。

 そっと病室を覗くと、彼は窓の外を見ていた。窓は開けられていて、彼の長い髪が風に揺れている。声をかけるのが戸惑われたけれど、不意にダンデさんの方から振り返った。

「やあ。待っていた」

 病室に踏み入って、一番に私は頭を下げた。

「すみませんでした。ダンデさんに呼ばれるまでこちらにお伺いできなくて」
「ああ、わかっている。キミの今の立場じゃオレが呼ばないと抜け出せないだろうと思った」
「大丈夫、ですか?」
「ああ、この通りだ。まあ座ってくれ」
「いえ、お構いなく」

 椅子を勧められて、癖のように一度遠慮を伝えればダンデさんは眉をしかめた。

さん。遠慮は全てやめてくれ。オレはキミのこと、友人として呼んだんだ」
「……自分のネームバリューを使って、私を呼び出したくせに?」
「その通りだな」

 皮肉を言ってしまえば私とダンデさんの間の空気はもう崩れていた。椅子に座った私をダンデさんはじろじろ見てくる。なんだか気に入らない様子だ。

「姿勢が堅く無いか? そんなに脚を揃えていたら疲れるだろ」
「職業柄、座り方は癖付けておきたいだけなので許してください。これでもリラックスしてます。ダンデさんもゆったりされてください」
「ああオレは自由にやっている。というよりオレが検査入院だって知ってるだろ。キミの方こそ心配だ」
「私?」
「ああ、ひどい顔をしている」

 女性に向かってひどい顔とか、ストレートに言っていまうあたりダンデさんらしい。
 ひどいだろうが仕方がない。私はまだなれない。いつも完璧な仕事、そして完璧な見た目をキープしていたオリーヴさんのようには。オリーヴさん、今どこでなにをしているのだろう。私の瞼の裏で、まだあの二人は消えてくれない。

「ここだけの話、副委員長があまり頼りにならなくて……」
「ああ、まあ、あの人はな」
「ふふ。ダンデさんにも同意されるとは思わなかったです」

 副委員長のポンコツっぷりに、ダンデさんでさえ気づいてるとは。おかしくて、口を押さえてながらも笑ってしまう。しばらく笑えそうな気がしたけれど、目の前のダンデさんを見たら喉の奥に引っ込んでしまった。

さん。オレに決勝戦を、ありがとう」

 ダンデさんは私を見つめ、柔らかく目を細めていた。長いまつ毛が、それこそ太陽の色に輝いていた。

「……私は、夢中で、何が何だかわかりませんでしたが……」
「最高の一日だったよ」

 夢のような言葉だ。あの日の爆発しそうな忙しさは、この人物に唯一無二のものを届けられたのだと思うと何よりも報われる心地がする。けれど同時に彼のチャンピオンとしての歴史を、最高と言い表したことが胸に重くのしかかった。ダンデさんは、強い。

さんはすごいな」
「どうしたんですか、急に」
「リーグのその後も、さんのおかげでどうにかなっている。だからオレもこうして大人しく検査を受けている。甘えさせてもらっているんだ」
「どうにか、なっているんでしょうか……」
「ああ、君が最善の手を尽くしたから”今日”という日がある」
「………」

 嵐のような日々の中で感謝の言葉なら何度か言われた。だけどこうして私を褒められる人、それが嫌味じゃなく感じられるのはダンデさんくらいだ。

「……ダンデさんのおかげです」
「ん?」
「ダンデさんは覚えていないかもしれません」

 それは私とダンデさんが出会って、割とすぐ。それでいて、何年も前の話だ。