どうしても、一目で分かってしまう。なのに何度も光にかざしたりして、わたしはその筆跡に目を凝らした。ティーセットに添えられたカードの上に並んだ文字。名前はもちろん書かれていない。なのに、ペン先の運びにも彼が宿っている気がした。
 いつもわたしが盗み見て来たビートくんと同じだ。インクの溜まり方を見て、そんなことを発見してしまうのだから、わたしはやっぱり相当彼が好きなのだ。

 ポプラさんの元で学ぶ忙しい日々の中で、彼がこのカードに時間を割いてくれたことが嬉しい。だけどわたしはその事にそっと目を伏せて、少しばかな女の子のフリをする。

「ビートくん、見て見て。すてきだね」

 そういってわたしは熱心にノートを読み込んでいるビートくんに声をかけた。

「このカード、可愛くて好きだなぁ」

 パステルカラーがベースになっているカードはやわらかい雰囲気だ。まるでミストフィールドが広がっているような空間に、オスとメスのポニータたちが額を寄せ合っている。とても可愛らしくて素敵なのだけれど、カード選びの趣味を見ると、思いっきり目の前の彼らしいカードであることに気がついた。ビートくんは果たして、自分が差出人だと隠すつもりはあるのだろうか。
 一瞬悩ませられたけれどビートくんは「そうですか」と言って、澄ました顔をしている。わたしはやはりこのカードの差出人については気づかないふりをした方が良さそうだ。

 カードをもう一度隅々まで眺めてから、わたしはティーセットに取り掛かった。真っ白なティーカップとソーサーがふたつずつ、箱の中でつるりと光っている。

「すてき! きれい! 色も形もだいすき!」

 差出人が隣に座る男の子だとは気づいていない風を続けながら、わたしはそのティーセットを褒めちぎった。やはりビートくんは涼しい顔をしている。
 ビートくんが最近いくつかの試合に出て、そのバトルとパフォーマンスで、どんどんファンを増やしているのも知っている。バトルが強い彼は、ジムチャレンジャー時代からあまりお金については困った様子がなかった。それでも、わたしには豪華すぎるプレゼントだ。

「大事にする」
「……なんでぼくを見て言うんです」
「今のはひとりごとだよ」

 あっけらかんと言い抜けて、わたしは早速、ティーセットをキッチンに持っていく。お湯を沸かしながら、新品のスポンジを下ろして、優しくカップとソーサーを洗った。同じく新品の布巾で水を拭き取れば、さらに輝いて見えた。

 カップの底に寝かせたティーバッグは、毎日飲んでいるのと同じものだ。なのに、お湯を注いで立つ香りは特別なものに思える。
 紅茶の香りとともに幸福感を深く深く吸い込んでから、わたしはそれをビートくんの待つテーブルに運んだ。

「どうぞ、ビートくん」
「………」

 ビートくんは紫の目をちらりとわたしを見たけれど、何も言わずにノートを閉じて紅茶に口をつけた。
 ビートくんを視界に収め、わたしもだらしない顔をしながら、あたたかな紅茶に、真新しいティーカップに口をつける。ああ、ビートくんからのバレンタインデーのプレゼントだ。そう思うと急に胸のどきどきが早くなった。紅茶の味はわからなくなっていた。

「……今まで生きた中で一番幸せなバレンタインデーかも」
「まだ10代で何を言ってるんですか」
「年齢なんて関係ない。今までで一番幸せなバレンタインデーなの、若くたって本当のことに変わりないよ」
「……それは」
「ん?」

 本当に、ごく僅かな、迷いだった。ビートくんのまつげの先が、唇が迷いながら震えて、わたしに尋ねた。 

「好みのティーセットが届いたからですか」
「何、言ってるの」

 やっぱりビートくんはわたしの好みをお見通しだったんだ。わたしが何が好きか、どんなものに憧れているか、知っててこれを選んでくれたんだね。そんなことまで知ってしまった。

「幸せなのはビートくんと今を過ごしているからだよ」

 冷たく嘲笑されるものと思ったけれど、ついに彼のポーカーフェイスは剥がれた。元からたくさんの感情を胸いっぱいに抱えているくせして、そんな自分を知らないふりするなんて。でもそれがビートくんにとってきっと、一番の背伸びだった。
 背伸びなんてしなくてもわたしはきみが好きだ、でも背伸びしているきみも丸ごと好き、好きで仕方がない。でもわたしはまだ、カードの差出人に気づかない女の子だ。なので言いそうになった愛は飲み込んだ。暖かな、二口めの紅茶で。