恋愛体質の友人は言う。春は出会いの季節だと。秋は美術館や紅葉を見るデートがしたいと言い、冬は寒い中恋人同士手をつないでクリスマスを過ごしたいと語る。そんな彼女の意見を、私はそういう考えもあるのだなあとぼんやり聞き流す。毎度のように私が響かない返事をするので、「は今日もポケモンが一番なんだね」と友人が笑うのがおきまりの流れだった。
 まるでバカの一つ覚えみたいにポケモンが好き。それは周りからなんども言われて来た言葉であるが、私自身も認めるところ。そんな称号も喜んでしまうくらい、ポケモンバカの道を突き進んでいた。

 しかし、この夏。私に彼氏というものができてしまった。あのツワブキダイゴさんと真剣交際をさせてもらうことになったのだ。私もダイゴさんも、どっちが告白するのもありえないように思えたけれど、一応ダイゴさんから好意を告げられて、私たちは恋人ということになったのだった。

 ダイゴさんが私の彼氏になった。彼氏という言葉のふわふわ感が落ち着かない。それくらい予想外で、いまだに意識するだけで衝撃が頭をガツンと殴ってくるような出来事であり、だけど現実だ。
 今日も、私はダイゴさんとの待ち合わせるために家を出る。ダイゴさんが私と個人的なお出かけに行く、そのためにこの先で彼が待っているだなんて、やはり信じられない思いがする。逆に待ち合わせ場所に誰もいなくても、やっぱりそうだよね! と、納得できてしまうくらいだ。
 でも、ダイゴさんはいる。待ち合わせ場所に誰もいない方が信じられるのに、私を待っていてくれている。

「ダイゴさー……」

 内心ひゃああと叫びながらかけた挨拶も、挙げた手も、中途半端なところで止まる。
 彼の顔ばかりに目が行っていたけれど、振り返られてようやく気づいた。あれ、ダイゴさん、いつもとなんか雰囲気が違う。いや、雰囲気ってレベルじゃない、全身が、違う。
 ダイゴさんはいつもこの亜熱帯なホウエンでも涼しげにスーツをまとっている。それが今日は雰囲気をガラリと変えて、手足ともに涼しげな半袖半ズボンになっている。薄手の紺の上着をさらりと羽織っていて、足元も開放的に裸足にサンダル。インナーの黒いシャツには、サンセットカラーのサングラスがかかっていて、今日が彼の休日だと表しているようだった。
 スーツの所々、ダイゴさんらしさとともに光る、シルバーより硬く、白金よりも強く輝く白光のアクセサリー。それらは今日も忘れずに身につけられ、ダイゴさんの指元や左の手首にさりげなく光っている。そして胸元の石も。
 基本的にはサイユウシティの人たちが特に夏場、親しんでよく着ているゆったりしたサマーウェアと同じ様式。なのに高貴さはそのまま。多分、こんな道端で普通に会うような人じゃないオーラは変わらない。

 ていうか、肌が私より白いんじゃないだろうか。洞窟に潜ってたり、スーツやシャツの布地に守られていたダイゴさんの肌が惜しげも無くさらけ出されているではないか。
 私が、どうしたんですか、と言う前にダイゴさんが笑う。あ、なんか今日、笑顔も、いつもよりも明るくてハツラツとしている。

「やぁ、ちゃん! 今日はどこかで水着に着替えるのかい?」
「み、水着!?」

 今日はダイゴさんが最近育てあげたサンドパンをじっくり見せてくれるってお話じゃ……。しかもホウエンで見かけるじめんタイプのサンドパンじゃなく、アローラ地方だけで見られるこおり・はがねタイプのサンドパンという話だったはずだ。
 なのに、水着、ですと? 全くもって予想外なワードに頭を真っ白にさせていると、ダイゴさんは苦笑いした。

「そうか……。みんなで海に行こうよ、って言えばさすがのちゃんもバトル抜きでボクに会ってくれるかと思ったんだけどね」
「す、すすすすみませんポケモンバカで!」
「いいや。ボクもはっきり言えばよかったね、キミの水着姿が見たいって」
「ほんっとうにすみません……」

 ああまたダイゴさんが爆弾発言をしている。顔を茹であがらせながら私はうなだれた。
 きっと恋愛上手な友人なら、ばっちり準備をして水着だけじゃなく、バッグも髪型もアクセサリーも変えて、気合十分で参戦しただろうに。私が今日のために準備したことといえば、リージョンフォームのサンドパンの動画を家で見て来たことだろうか。

「どうしたのー?」

 消えたくなるような気持ちで、自分のつま先を見ていると、可愛らしい声がかかる。顔をあげると、ここ最近、顔なじみになってきたホウエン地方の四天王たちが立っていた。
 フヨウさんたち、先に来てたんだ。今日はもともと、”みんなで海に行くから、ちゃんもおいで”というお誘いだった。みんな、というのは四天王の人たちとその周辺、というお話だったので、フヨウさんたちが先にいるのは
 フヨウさんもカゲツさんもプリムさんも、ゲンジさんまで、それぞれサマーウェアに着替えている。今日のことを取り違えていたのはやっぱり私だけだったらしい。

「ごめん。ボクの伝え方がいまいちだったみたいで、ちゃん、水着持って来てないんだ」
「あら、まぁ」
「えー!? ごめんね、ちゃんと連絡すればよかったね……?」
「いえいえ私がうっかりしてたんです、バカだったんです……」
「海に誘ってるのに普通の格好してくるかよ、干上がってんなぁ」

 カゲツさんの言葉が刺さる。二重の意味で干上がっている。海に誘われてトレーナーウェアで来るなんて”干上がってる”し、海辺に普段の服は暑すぎて、体内の水分もガンガン干上がっている。

「というわけで、先に行っててくれるかな」
「あー、なるほど! 了解だよ!」
「ふふ。ごゆっくり。もう先にパラソルがセットしてもらったから来ればわかると思うわ」
「なんかあったら連絡してくれ」

 なんだかやけにニマニマしたみんなは早々にビーチに向かってしまった。私はこのまま海に向かうべきか、それとも一度家に帰って着替えてこようか。暑さのこもる頭で考えていたら、ダイゴさんはまた、全く予想していなかった言葉を、事も投げに言うのだった。

「よし。ちゃんの水着を買いに行こう!」





 今からダイゴさんと一緒に水着を選ぶなんて、私にはハードルが高すぎる。しかもダイゴさんに「プレゼントするよ!」とか言うので首を横に、汗が飛び散らないように小刻み振りまくりだ。
 
ちゃんは、ボクのこういう服装見られてどう思った?」
「えっと……いつもと違うダイゴさんが見られて嬉しい、です」

 新しいダイゴさんを知るのが嬉しいと言ってるようなものだ。目を見て言えなくても、ものすごく遠くに飛ぶキャモメ見ながらのセリフでも許してほしい。
 顔を見られないでいるのに、耳にはふ、と笑うダイゴさんの息遣いが入って来る。

「それと同じ。ボクもちゃんのいつもと違う新鮮な姿が見たいな」

 真剣交際とやらが始まって思った事。ダイゴさんは私に「うん」と言わせる術をいくつも知っている。まあ、私がダイゴさんに弱いのもあるだろうけど、ダイゴさんは私のちょっと頭足りないところを上手に導いて、素直にしています。

 私がいつもと違った姿のダイゴさんを見て、なんだか嬉しくなってしまった。同じように、ダイゴさんもいつもの違った私を見て、嬉しくなりたいのだろうか。私の姿で嬉しくなるなんて、簡単に信じられない。だけど、ダイゴさんの新たな一面を見て、こんな服も好きなんだ、こんな色も身につけるんだ、と嬉しくなってしまった私は確かに在ったのだ。
 駄目押しの、みんなも思いっきり楽しめないよ、という言葉についに私は負けてしまった。
 確かにみんながゆったりとサマーウェアでのんびりしている中、いつものトレーナーウェアで汗だらだらの女がいたら確かに優しい皆さんに気を使われてしまいそうだ。そう考えていると、押し流すようにダイゴさんが私を店先に導いた。

「どんな水着にする?」

 うーん、と私はいろんなタイプの水着を思い浮かべた。あんまり、体型が変に見えない水着がいい。あ、思いっきりバトルしても大丈夫なタイプでお願いもしたい。だけど一番気になってしまうのは。そろりと隣の人に目線を移す。

「だ、ダイゴさんが可愛いって思ってくれるやつがいい、です」
「……そんなこと言えちゃうキミが眩しいよ」
「え、大丈夫ですか、そのサングラスつけた方が……!」

 普通に考えれば私が発光してるわけでもなんでもないので、サングラスをオススメするのはおかしい話だ。だからダイゴさんも困ってしまって、隣で笑い出したのかなと思った。でも、見上げた笑顔は違った。

「ボクがキミに言う”眩しい”はね、また大好きになった、という意味だよ!」
「……私も、です」

  私もあなたの白い肌が眩しくて、好きな気持ちが大きくなりました。それを素直に口に出してしまったのは多分、この暑さのせい。
 夏に引き出されたあなたの笑顔もやっぱり眩しくて、また繰り返し、大好きになりました。