注意) ミクリ×主(←ダイゴ)、みたいなお話です。両片思いのミクリ&夢主を見守るダイゴさんの構図です。当て馬ではないですが……。気をつけてください。




 スーツに穴を開ける気なのかと思うくらい、ボクの腕を掴んで指を食い込ませてくる彼女の手。ぎりぎりと手の方が悲鳴をあげそうなくらい力が入っている。なのにボクの方は痛みを訴えるほどではないのが、やっぱり女の子だなぁ、なんて思う。
 ぽろぽろ落としているその涙を見せる相手はボクではないだろうに。でもはボクを呼び出し、そして言った。

「どうしよう、ミクリ、勘違いしてる」
「勘違い?」
「アイツ、私が好きなのはダイゴだって思ってる……」

 ああ。なるほど。その気配は感じていた。ボクがわずかにしか驚いていないことを見るなり、は幼子のように悔しさで顔を赤くした。

「それもこれもダイゴの顔が良いせいで……!」
「え、ボクかい?」
「どうしてそう、モテる要素を兼ね備えて生まれてきた! ダイゴが完璧すぎるせいで、ミクリが勘違いしただろうが!」

 一体それは、賛辞なのか罵倒なのか。わからなくてボクも曖昧に笑うことしかできない。

 まあまあ座って、と言いたいところなのだけれど、ここは洞窟。女の子が腰を落ち着けるにふさわしい場所ではない。と思ったらは気にせずに、座り込もうとしている。
 なのでボクは、慌ててボールを手に取り、メタグロスに出て来てもらう。
 ポケモントレーナー、特に旅を経験していると、自然と触れ合って汚れることに対しては寛容になってしまう。そういうものだとわかっているけれど、ボクの方が落ち着かない。ボクの心境を理解してくれたメタグロスは、静かにその背中をボクとに貸してくれた。

 ボクとミクリとの色々と奇妙な三人組。この縁がいまだに続いているのは、お互いの距離感の取り方がちょうどよかったからなのだろう。
 お互いを認め合いつつも、ボクはボクでチャンピオンをこなしながら好きなことをやっているし、ミクリはミクリでジムを背負いながらもコンテストでの活躍も目覚ましく、ホウエン地方を引っ張る存在になっている。
 そんなボクらに気後れすることなく「相変わらずだね」なんてどこか呆れながらもマイペースなのがだった。依存せずにいられる、という関係に依存するようなボクたちだった。

 けれど今、はボクの前で泣いている。零しているのはなんの涙なんだい、と聞いたらきっぱりと「悔し涙」と強気に返って来た。それはボクから言わせればとてもらしいのだった。

「ミクリ、どうしてそうなるのよ。自分が一番美しいって、余裕で思ってるのに」
がそれらしい態度取ってこなかったからだろ」
「………」
「それも理由のひとつだと、ボクは思うよ」

 さめざめと泣きながら、ボクを見た。その目尻は赤くて、潤んだ目は見るものをどきっとさせる。
 その状態の自分自身をそのままミクリの前に持っていけば、優しくしてもらえると思うのだが。長年の友人関係ならそれもできただろう。けど、友人関係に卑屈な恋心が混ざってしまった今、そんなむき出しの感情はとことん相性が悪いのだった。

「隠していた気持ちをぶつけるように告白する、というのもセオリーだ。けれど、ボクたちの年代になると、行動を起こさせるような何かがないと動き出せなかったりしないかい?」
「行動を起こさせるような何かって?」
「期待とかだよ」

 いまいちわからない、という顔をはしている。

「例えば、ミクリからちょっと自分を好きかも? と思わせるような行動があったら、もやりやすいと思わないかい?」
「うーん、そんな攻めの姿勢はとれないと気がするけど……」
「けど多分、どきどきすると思わないかい?」
「おも、う」
「そのどきどきに乗せられて間違えてみたりするのが、ボクたちの年代がする”恋愛”だよ」
「……それはご自身の経験則ですかね、御曹司サン」
「御曹司は関係ないよ!」

 まじめにを応援するつもりで語っているのに、から送られて来た視線はいやにじっとりしている。

「ボクは、がミクリにアプローチしているところを見たことがない。だからミクリはキミに期待しないのかもしれないよ?」
「………」
「好意を匂わせるなんて、キミからすると小賢しくて嫌だと思うかもしないけれど、は少しミクリに期待を握らせてあげても良い。そうボクは思うんだ」

 ミクリの勘違いを、ボクの顔が良いせいだとか彼女は言った。けれどボクから言わせてもらえれば、は一途すぎる。の気持ちは決して軽いものではないはずなのに、は気持ちを秘匿しすぎている。
 まあそれは、ミクリもなのだが。

「私もこれで良いとは思ってない。それにダイゴの言う通りだと思う。大半は私が、自分の気持ちを隠し続けて来たせいだよね。だから、ミクリが変に勘違いしちゃったんだよね」

 ボクはわずかに息を飲んだ。まるで殺すかのように好きな気持ちを表に出さなかった。時に痛々しさを感じながら、ボクはそんな彼女見守っていた。
 もちろん彼女の気持ちに報いたくてボクも同調した。彼女の恋慕なんてまるで無いようにしていた。だけどまさか意図的だとは思っていなかった。

「……ミクリってさ、自分が最高って思ってるところあるじゃない」

 ミクリの自己評価は高い。それは掛け値なく肯定できる。ボクが思わず複数回頷くと、どんだけ頷くのとは吹き出した。

「だからさ、ミクリは自分というものがあれば満足できて、一人で生きていける男だと思うの。同時に、私って多分いらないって思った。だったらそんなミクリをそのまま邪魔にならないように応援するのも愛かな、って思っちゃったの」
「なるほど……」

 ぐうの音もでないほどに納得してしまった。忙しく人に囲まれて、ミクリは表面上の孤独とは無縁だ。自分に心底満足している様子の彼だ。誰か自分を受け入れてくれる他人を求めている様子も見せない。
 期待を抱かせなすぎる、アプローチをしなさすぎる。何よりも気持ちを隠しすぎている。それはミクリも一緒なのだ。

「いつもはあんなに堂々と振舞ってるのに、どうしてミクリは自分が好かれるはずって思えないんだろ……。女の子は結局、ダイゴを好きになるって思ってるのかな」
「違うよ」

 やけにボクがきっぱりと否定することに、は不意を突かれたようだった。
 友人の気持ち、その全てを言うことはできないのでボクは様々な言葉を削ぎ落として言った。

「ボクになら、ミクリは負けを認められるからだよ」

 ミクリは本当はを誰にもとられたく無い。
 だけど恋はわからない。誰が誰を好きになるか、それが真にコントロールできるものではないことはミクリも経験で知っているのだろう。彼は、に関してだけは急に臆病になるところがある。
 だけど恋が叶わなくても唯一、ミクリが救われる方法がある。彼女の相手がボクなら、諦められると思っているのだ。

「だってこのボクだからね」
「なんとまあ……」

 が呆れた視線を送ってくる。だがボクからすると自明の理だ。
 実際、ボクと彼女とミクリで成り立つ三人の輪に、誰か入れようとすれば一番難色を示すのがミクリなのだ。
 例え近所の知り合いや店員相手でも、にボク以外の男が近づくと急に余裕をなくすミクリを、に見せてやりたいくらいだ。

「そうだ。トウキあたりにお願いしてみるのはどうだい? 付き合ってるフリしてほしいって」

 ボクじゃミクリの方が身を引いてしまって、務まらないからだ。
 トウキの実力もミクリは認めている。だけど怖気付いたりはしないだろう。

「頼み込んだらやってはくれそうだけど。トウキくん、いい人だし、爽やかだし」
「うん。かっこいいよね」

 でもボクには敵わないんだけど。そこが、さらにミクリを刺激することだろう。

「トウキ相手じゃなくてもいい。がボク以外の男を見てるって知ったら、多分ミクリは今までと違う反応をすると思うよ」

 意地悪なひらめきだ。けれど見て見たい気がする。荒れ狂うミクリ。ミクリ自身もまた、自分の感情に翻弄されることだろう。きっと見たことのないしかめっ面をするんじゃないだろうか。うん、ぜひ見てみたい。

 ミクリは本当はを誰にもとられたく無い。そのくせボクとくっつくのがの一番の幸せだと思っている節もある。
 だけは諦められないけれど、とボクが組み合わさると途端に一人勝手に納得している。
 だけどこっちにだって言い分はある。

 ボクがボクでなければ、例えばボクがミクリであれば、違う道があったんじゃないか?

 ありえない話だ。今ありえている現実は、ボクがツワブキダイゴであること。ダイゴでありミクリではなかったから、彼女の気持ちは向けられない。

 いい人という優しい表現をされたトウキくんにボクはシンパシーを覚える。いい人の枠にきっとボクも片足が入ってしまっていることだろうから。昔馴染み、親友、そしていい人。
 が誰を好きになるかはコントロールできやしない。けれど、ボクがボクでなければ、ミクリの良い恋敵にもなれたのかもしれない。

「……私、フられるのは構わない。覚悟もしてる」
「うん」
「だけどね、私の気持ちを勝手に決めつけられるのは違う」
「そうだね」

 彼女を見ずにボクは笑む。彼女が自ら、答えを導き出した姿にまたボクは惹かれて行く心地がした。

「トウキに頼むのかい?」
「ううん。頑張って、ミクリにわからせてやるから」

 そっと、ボクは見てきた石の記憶のページをめくる。彼女を表すのにぴったりな石があるようで、なかなか見つからない。ずっと探しているのに、見つからないのだ。

 不意にボクたちが体を預けていたメタグロスが体を揺らした。そろそろいいだろう、と言いたいのだろう。

「メタグロス、ありがとう」
「ありがとうね。あなたの気遣い、ありがたかった」

 二人でお礼を言ってからメタグロスにはボールに戻ってもらった。は泣き止んで、目の赤みも引いて来たことだし、ボクは提案する。

「ボクの石集めもひと段落してるし。ここから出ようか」
「うん」

 洞窟の中でする、秘密の話はほどほどにしておきたい。そうじゃないとまたミクリが、限定の臆病さを見せてしまう。
 ボクとは友人なので、手を取り合ったりはしない。ふたりの導きになれたらそれもまたボクの幸せだ。だけど陽の下でまた笑う彼女と彼を見たいから、彼女を出口へと案内をするのだった。