扱い方がわからない



 ワイルドエリアの向こうに陽は暮れて、穏やかな一日が終わろうとしている。
 閉店30分前、ラストオーダーを済ませ、コーヒーマシンのクリーニングも終わった。ゴミ箱の中を空にしていつでも閉店できるぞ、という時にその長身の男は現れた。

「ハッピーバースデー! ! オレさまが直々に祝いに来てやったぜ」
「は、はあ……」

 何度もここに通ってくれているキバナは店長も顔なじみだ。いやそれ以上に名前も顔も売れまくっている有名人なのだから、顔は知っていて当たり前なのだが。とにかく私とキバナの仲がいいことを理解してくれている店長は二つ返事で私がカウンターを離れるのを許可してくれた。
 清掃はほとんど終えてるし、お客さんも静かにコーヒーを飲むおじさま一人だし。私は店長にお礼を伝えてからキバナの座る席に向かった。

「バイト終わりに悪いな」
「いや、それは大丈夫。今日は比較的穏やかな一日だったから」

 スタジアムが開場すればこのカフェもさながら戦場になるけれど、休みの日はだいたい常連さんだけが訪れる憩いのカフェになる。近所の愛されているお店としての経営は、働く側も疲れ方が違う。

「でも誕生日は明日なの、キバナも知ってるよね?」
「このまま0時までいれば一緒だろ」
「キバナが一番に祝ってくれるんだ? うん、嬉しいかな」
「………」
「何か飲む? ご馳走するよ。コーヒーマシンはもう清掃しちゃったから、ペットボトルのジュースとかになっちゃうけど。……キバナ?」

 キバナがうつむいて固まっている。
 急に疲れがきたか? 今日も彼なりにトレーニングなどしていたのだろう。

「おーいキバナ、大丈夫?」
「おう……」
「無理しすぎないでね、ほんと。……で?」

 キバナはハッピーバースデーと言って店内に入ってきた。傍には箱を抱えている。正直少しくらいは期待してもいい状況なんじゃないかと思って、私から聞くとキバナもニヤと犬歯を見せた。

「もちろん誕生日プレゼントだ」
「うわあ、なんか改めて祝われると恥ずかしいね」
「開けてみろ」
「うん」

 キバナはブルーの目を爛々と光らせて、私の反応を待っている。キバナからのプレゼントってだけで、もうすでに舞い上がりまくっているというのに、それがキバナには分からないらしい。悪いことではない、私はあまり自分自身の感情をひけらかしたくない人間だ。特にキバナ相手には。

 差し出された箱は手のひらを少しはみ出るサイズだ。文庫本よりもひと回り小さいわりに、ずしりと重い。
 なんだろうこれ。中身は検討もつかなくてキバナを見ると彼はへにゃりと笑うのみだ。むず痒い気持ちでラッピングを破き、出てきたパッケージに私は驚きすぎて固まってしまった。

「これって……!」
は持ってなかっただろ」
「え、ほんと? 中身これ本物入っているの?」
「オレさまが偽物を贈るわけないだろ。本物のスマホロトムだ」

 赤みの強いオレンジにブルーがアクセントのパッケージ。中身は精密機器とくれば、そりゃ重いはずだ。

「もしかしてこの中にロトムがいるの?」
「それはロトムのみが知る。入ってなければ、手伝ってくれるロトムが入って来るのを待てばいいさ」
「はあ……そういう仕組みだったのね……。えええでも良いのかな、こんな高価なもの」
「前から何度も勧めてるのに一向に買わないオマエが悪い。だからオレさまからのプレゼントだ」
「それは言ったでしょ、私、機械類は苦手だって」

 そう、私は機械が苦手。自他共に認める、見事なまでの機械音痴だ。
 コーヒーマシンだって何度も何度も緊張しながら取り扱って、ようやく一通りのことを覚えたくらいだ。それも決められた手順以外のことは怖くてできやしない。いつか下手な操作をして壊すかんじゃないかと気が気でないのだ。
 コンピューター系はもってのほか。なのでポケジョブの依頼などの仕事が一切できなくて店長からは「働き者なのにそこだけが残念だ」と度々言われている。

 ガラル地方でスマホロトムを持っている人はかなり多い。ジムチャレンジャーはほぼ全員持っていると言っても過言ではないだろう。便利で、何よりもロトムが可愛い、なんてのも聞く。キバナ以外の人にも幾度となくすすめられてきた。でも機械全般に対する苦手意識の強い私には到底扱えないものだと思っていた。

 ついにきてしまったか。機械音痴がスマホロトムを扱う日が……。
 プレゼントは嬉しい。けれど、露骨に不安がる私に、キバナはなぜか笑っている。

「なんかあったらオレに聞けばいいしさ」
「わざわざキバナ呼ぶの?」
「そう」
「ええ〜?」

 そんなの、めちゃくちゃ迷惑かける未来しか見えない。

「とりあえず、開けてみろよ」
「うん……」

 まあ機械音痴の気配を感じ取って、中身のロトムが逃げ出している可能性だってあるわけだし。むしろ私に振り回されるロトムがかわいそうだ。キバナには申し訳ないけれど、ロトムのためにそうであってくれ、と願いながら開封する。
 人差し指で触れた途端、画面が起動して、スマホロトムが宙に浮く。

「わああああ!?」

 ロトム確かに可愛い! でも私が触れると間違って爆発でもさせてしまうかもと思って飛びのいてしまった。

「大丈夫だって。ほら、初期設定するぞ」
「え? え??」

 私が戸惑っているうちにキバナはすすいのすいっとスマホロトムを操作する。まずは私が持ち主であることをロトムに覚えてもらい、それからよく使う機能のセットアップなんかを魔法のような速さでやってくれた。

「ほら、こうやると写真を撮ってくれるんだ」

 不意にキバナの手が私の肩を掴んで引き寄せる。キバナの手が大きすぎて、肩というか二の腕までがっつりつかまるくらいだ。ロトムにビビりまくっていたのと、突然のことに私は全く反応ができなかった。キバナの顎にこめかみをわずかにぶつけてしまった、と思えばパシャっと音がする。

「ほらよ」

 キバナが言うとロトムは撮れたばかりの写真を見せてくれた。そこには虚を突かれてアホっぽい顔をした私と、角度も表情も完璧に決まっているキバナが小さな画面に並んで写っていた。キバナの映りが良すぎる。元がいいのもあるだろうけど、さすが、慣れている。
 機械音痴には何が何だか理解できないままオーバーテクノロジーを見せつけられて、良い感想も思い浮かばず、ただただ感嘆してしまう。

「はあー……」
「オレの連絡先入れておくから」
「うん?」
「ああそれともアカウント作ろうぜ。このスマホロトムでオレが色々写真あげてるの見られるようになるぜ」
「う、うん」
「アカウント名は何にする?」
「待ってアカウントって何? なんの?」

 私はそんなこともわからないのに、キバナは嫌な顔をせずアカウントのこと、写真を載せるSNSのことを教えてくれた。

 次第に閉店時間になって、私が退勤しても、キバナは帰り道に付き添って私のスマホロトムに色々仕込んでくれた。便利なタウンマップや、時刻表がすぐ見られるようにしてくれたり。

 そして本当に0時になった時、キバナは律儀にも笑顔を浮かべた。

「ハッピーバースデー、。これからもよろしくな」
「う、うん」

 冷える夜道をキバナは白い息を吐いて帰っていく。私はそんな彼の姿を呆然を見送った。
 すごい誕生日の幕開けだった。キバナからもらった誕生日プレゼント自体もすごいと思うし、キバナが一番に祝ってくれたのも、嬉しい。嬉しいと認めてしまったら止まらなくなりそうで怖い。だけどどう考えても、嬉しすぎて参ってしまう。

「はぁ〜……」

 このため息に篭った気持ちは言葉にできない。


 そして夜中、スマホロトムが見せてくれたキバナのアカウントとやらがあまりに顔が良くてこりゃファンも爆発的に増えると納得の写真の数々で、私は全く眠れない誕生日の前半を過ごしたのだった。