聞きなれない音がして目が覚めた。寝ぼけながらも体を起こして見回すと、視界に飛んで入ってきたのはスマホロトム。キバナからの、誕生日プレゼントだ。
「はぁ……」
昨晩の出来事が一気に思い返される。閉店間際のお店にキバナが来てくれたこと。誕生日を覚えていてくれたこと、予想もつかないプレゼントをもらったことはとても嬉しかった。しかも色々親切に設定してもらい、言われるがままにアカウントを作ってもらった。おかげでスマホロトムに入ってるアプリからキバナが日々あげている写真を見られるようになった。だけど、それが昨夜の私を情緒不安定にさせた。
キバナが撮って、キバナが写っている。なのに、別世界のような写真たちだった。
彼をやっぱり反則級にかっこいいなぁと思う反面、辛くなってしまった。私の知らない表情がたくさんある。そして写真一枚ごとに、たくさんの”いいね”が集まっている。
深夜の自室なのに襲いかかってきたのは、昔逃げ出した感覚だった。スタジアムの歓声のなかで際立つ、自分のちっぽけさや、なんでもなさと同じだった。
あ、いけないな、辛いなと思ったのにキバナが載せている写真をずっとずっと過去まで遡る手は止まらなくなって、それで、心がぐちゃぐちゃなまま、私は意識を失ったらしい。
だるい体を起こして、歯を磨いて、自分のためのコーヒーを入れて。そして。なんでか気づいたらまたキバナのアカウントを見てしまっていた。
しかもまた新しい写真が載っている。30分前の投稿で、朝のトレーニング風景のようだ。そしてリアルタイムで増えていく”いいね”の数。”いいね”が増えていくのを見ていると、この写真を見ているのが私だけじゃないことがよくわかる。
プロフィール画面で、キバナの名前の横に書いてある数字。見ると、それも昨日より増えている気がする。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、……」
やっぱり何度数えても、すごい数だ。キバナ曰くこれを、フォロワーと言うらしい。聞くと、キバナの写真に興味を持っている人たちの数という理解でいいらしい。
教えてもらった時も驚きすぎて「これ全員キバナの知り合いなの?」と素直な疑問を抱いたのだけど、キバナからしたらかなりバカな質問だったらしい。キバナに「そんなわけないだろ」と冷たい顔をされてしまった。ちょっと傷ついた。
わたしのアカウントにも名前の横にフォロワー数が書いてある。その数は”1”だ。キバナとは雲泥の差である。
0から1になった瞬間も、キバナは見せてくれた。
『ほら。オレさまがフォローしてやったぜ』
そんなドヤ顔で言うことか? と思ったけれど、とりあえず0よりはいいかと思って私はお礼を言った。
『ありがとう?』
『まぁ、使ってみろよ』
『う、うん。使うってつまり、写真を載せるってこと? でも何載せたらいいかわからないかも』
『なんでもいいんだよ。空が綺麗だったとか、そんなんでも』
そう言われてもぴんと来ない。
『それは自分が綺麗って思えばいいんじゃないの? わざわざSNSに載せた方がいいの?』
『細かいこと考えずやってみればいいだろ。載せたら誰かが見てくれる』
『誰かって、誰?』
『オレサマが見る』
『え。キバナ、私の写真が見たいの?』
『……まぁな』
『ふーん……』
写真を載せろって言われてもなぁ。何もわざわざ撮るようなものがない。
きょろきょろと部屋を見回して、どうにかそれっぽいものを見つけた。ロトムに撮ってもらい、投稿画面に進むと、どうやら写真の説明文もつけたほうがいいらしい。
“キルクスタウンで買ってもらった、ユキハミのキーホルダーです”
これだけ打つのにもかなりの時間がかかってしまった。ロトムがいなければ、私にはやっぱりこういう機械は無理だったなと思う。でもどうにか形になり、投稿の文字をタッチすると私の何もなかったプロフィール画面に、新しい写真が載った。
初めての投稿が終わった。正直どっと疲れてしまった。これを毎日のようにやっているキバナをちょっと尊敬する。
ふとスマホロトムが震える。画面を見ると、お知らせが来ていた。
”キバナさんがあなたの写真に「いいね!」をしました”
キバナ、私の写真に気づくの早くないか? キバナのスマホロトムはかなりの働き者らしい。なんてことを思いながら、私はにんまりしてしまった。キバナみたいにかっこよくないし、きらきらもしてないけど、ユキハミのキーホルダーの写真をキバナはいいと思ってくれたらしい。
なるほど、ちょっとキバナがハマる理由がわかる気がした。自分の大したことのない日常でも、いいねと言ってもらえるのはなんだかんだ嬉しい。
また、スマホロトムが震える。
“キバナさんがコメントしました。「いつ、誰と行ったんだよ」”
「はぁ?」
一人暮らしの家で思わず声に出てしまった。
キバナに言わなかったっけ。母親を親子で旅行に出かけたこと。ユキハミのストラップがあまりに可愛すぎて、たまにはお母さんに甘えて買ってもらったのだ。ユキハミの透き通る体とかもきちんと再現されているし、良い記念にもなったし、お気に入りのキーホルダーだ。というかキバナはユキハミの可愛さに同意しろ。
これ、コメント返したほうがいいのかな。でもまたスマホで文打つの、ちょっと大変だな、なんて思っていた。
異変はその直後だった。
“xxxさんがあなたをフォローしました”
え。メッセージの通りなら、フォロワーが増えたらしい。私のアカウントに興味がある人が増えた? にわかには信じられない。
しかも名前を見ても、心当たりがない。アイコンの顔写真も知らない人だ。これは猛烈なユキハミのファンとかだろうかと思っているうちに、次のお知らせが届く。でもそのお知らせはひとつではなかった。
「なになになに!?」
スマホロトムが震えて止まらない。お知らせが次から次へと届いて、読む隙もなく押し流されて行く。しかもスマホロトムに触るとどんどん熱くなっていっている。
どうしよう。私が機械音痴すぎてスマホロトムをおかしくさせてしまったかもしれない。せっかくの誕生日プレゼントなのに、もう壊してしまったんだろうか。っていうか中のロトムがかわいそうすぎる。
待って待って、お願い、壊れないで。
涙目になりながら急いで着替えて、外に飛び出す。
誰かわたしのスマホロトムを救ってくださいお願いだから。