まだ鳴り止まないスマホロトムを握りしめながら私は涙目で通りを駆け抜ける。だから、だから機械音痴は機械に触らない方がいいんだ。何をやったかわからないまま、あっという間に壊してしまうから。
久しぶりの全力疾走。髪の毛が乱れるのも無視して、カフェに駆け込んだ。私が一番頼れる人、それはずばり、店長だ。
「店長! わたしのスマホロトムが!」
そこまで言ったがすぐに口を噤む。店内で向き合う4体のポケモン。店長は現在、店内バトル中だ。
カフェ店内でのポケモンバトルは、ほかのお客様も楽しみ、参加した側も一日一個のスイーツが景品としてもらえる、定番でありながらお店の大事なサービス。しかもダブルバトルなので、店長も結構神経を使うのだ。
対するトレーナーも楽しんでいることが顔から伝わってくる。さすがにそんな場に、個人的な事情で割り込むのは戸惑われる。でも、手の中のスマホロトムはもうやけどしそうに熱い。
店長の邪魔はできない。でも、このままじゃ私にはどうにもできない。
切羽詰まった私の視界に飛び込んで来たのは、一人の少年だった。深い紫色の髪に、ヘーゼルの瞳。最近の子ならきっと最新機器に強いだろう。しかも全身からいい子っぽい雰囲気が溢れ出ている。
もうこの子しかいない!
「君! 私のスマホロトムを助けてくれない!?」
「え?」
全身からいい子っぽい雰囲気が溢れ出ている少年は驚きつつも、必死な私に引きながらもスマホロトムを受け取ってくれた。
「あっつ! なんだこれ!」
「朝なんとなく写真を載せたら、急に鳴り止まなくなって……!」
「えっと、通知を切ればいい?」
「つ、通知……?」
「たしかにこのままじゃロトムにも負担だな」
そう言うと彼はすいすいトントンと指を滑らせる。私から見ると何をやっているか全くわからないがほんの数秒で、スマホロトムは震えるのをやめ、静かになった。
「ど、どうやってやったの……?」
「この歯車みたいなアイコンから色々設定するんですよ」
「細かいことはとにかくいいや、ありがとう! スマホもロトムもダメになるかと思った……! えっと……?」
スマホロトムばかりを優先して、私は色々な礼儀をすっ飛ばしていた。髪の毛を軽く整えながらまずは自分から名乗る。
「私は。一応ここの店員、今日はオフだけど。君は?」
改めて聞くと、全身からいい子っぽい雰囲気が溢れ出ている少年は歯を見せた笑顔で「ホップ!」と、名前を教えてくれた。
「いやぁ、ほんとに助かった。昨日突然このスマホロトムをプレゼントしてもらったんだけど、私はあまりこういうの得意じゃなくて……。さすが今時の子だね、あっという間に直してくれて。ホップくん、本当にありがとう」
「直したわけじゃないん、ですけど、ただ通知を来ないようにしただけで」
「あ、もっと楽にしゃべっていいよ。私はそういうの気にならないから」
「す、スミマセン……」
ホップくんは言葉遣いを年上に向けたものにしようとしてくれたみたいだ。でも喋りにぎこちなさが出てしまってる。
苦手なりに頑張ってくれた。それだけで敬意は伝わってくる。なので私としてはあとは彼らしく振舞ってくれる方が良い。ホップくんの肩から変な力が抜ければ私も気分よくなる。
「何かお礼がしたいな。そうだ、私ここの店員って言ったよね。今日は出勤じゃないけど、何かご馳走するよ」
「え、いいの!?」
「うん。あとホップくんがよかったら、念のため連絡先を聞いてもいいかな……?」
「連絡先って、オレの?」
「無理にとは言わないけど、私ならまたロトムを困らせちゃうと思うんだ。そういうとき、よければまたホップくんに、」
「」
助けてもらいたくて、と言おうとしたところで肩に手が乗る。親指が鎖骨の端に触れて、長い指が肩から流れる。
振り返ると真後ろに長身の男。キバナの背の高さが真下へと見おろされるのは結構な迫力もある。
しかもどうしてキバナはそんな、満面の笑みなのだろうか。迫力が割り増しだ。
「なんかあったらオレに聞けばいいって言ったのによ」
向かいに座るキバナは不機嫌そうにしながら、キバナはホップくんに負けないくらいの指さばきで何かをしている。
「いや、いざとなるとそれどころじゃなくて……。思わず、お店に来ちゃった」
「………」
無言でキバナがさらに不機嫌になっていく。私は取り繕うように「ほら、キバナいつも忙しいし」と続けたが、キバナは何も言い返さなかった。
「ほらよ。関係ないやつ全員ブロックした」
向かいに座るキバナの手から、私の元に戻って来たスマホロトム。画面を見れば60人ほどいたフォロワーが、1に戻っている。そのついでか、”いいね”の数もキバナがつけてくれた1つだけに戻ってしまっていた。
というか 60人以上のフォロワー全員、私に関係ない人たちだったのか……。それはそれで恐ろしい。
「ついでに鍵アカウントにしておいた。オマエが承認したやつしか見られないようになった」
「えっ。じゃあこの写真、キバナしか見られないの?」
「今はな。オマエが誰か承認すれば見られる」
でも現状はフォロワーは1。キバナのみ。そんなこのアカウントに写真を載せる意味はあるのか、と思う。けど私の中にひっかかりを残すのは昨日のキバナだ。
十中八九、社交辞令だけど、彼は一応『私の写真が見たいの?』という言葉に『まぁな』なんて返してくれている。空が綺麗だったとかそういう、たわいもないのでいいらしい。
そんなやりとりを真に受ける自分は、どうにかしてると思うけれど。まあ、いいか。私はそういうところがある。何の見返りもなんの期待も持てないとわかっているのに、キバナの小さな言動を追っては馬鹿みたいに大事にしている。私はずっとそういう、浅はかなところのある人間だった。
スマホロトムも無事だったことだし、これでお互い解散かな。そう思って立ち上がろうとした。
「あ」
けれど、キバナが座り直してこちらに顔を近づけてくる。
「で、キルクスタウンいつ行ったんだ?」
コメントで言ってたことをまさか直接聞きに来たのか。驚くと同時に納得した。だからタイミングよく、キバナは私を見つけられたんだ、と。