理解が追いつかない


 休憩時間に入った途端スマホロトムが目の前を飛んでアピールしてきた。練習でいれたカフェラテで気分転換をしつつ画面を見てみれば、何件ものメッセージが入っている。

「んー? 何だろうこれ」

 20を越えるメッセージは全てキバナから。適当に見てみると、それらは全てカフェやレストランなどのお店のホームページにつながった。

「うわぁ……」

 ひとつ見始めると止まらないくらい、素敵なお店ばかりだ。どこも外観からして素敵だし、メニューも美味しさへのこだわりを見せつつ、おしゃれなカップや可愛いトッピングで目を引く工夫がされている。中にはオリジナルドリンクが売りのお店や、ポケモンをテーマにしたコンセプトカフェなどもある。
 どれもちょっとずつ私の”好き”を刺激するカフェたちで、夢中で見てしまう。

さん、どうしたの?」
「店長。キバナからなんか知らないけどお店の情報がたくさん来てて。さすがキバナというか、どれもおしゃれなんですよ。これなんですけど」
「どれどれ……」

 ちょうどバックに入って来た店長に、スマホロトムを渡して画面を見せる。
 私は少し冷えてきたカフェラテにまた口をつけた。
 ちなみにマホミルのラテアートを練習してみたのだけれど、頭の部分を表現するのにもう少し練習が必要そうだ。正直残念な出来なので、遠慮なく飲んでしまう。

 たくさんのメッセージから、キバナがお洒落なお店をたくさん知っていることはわかった。だけどそれを私に送る理由を考えるていると、あっさりと店長は言った。

「ああ、これ。キバナくん、誘っているんだよ。ちゃんを」

 全く思っていなかったタイミングで変に息を吸ってしまった。ズッ、と口元のカフェラテがお行儀の悪い音を立てた。





 誘っている? キバナが私を? この送られた店の数々に? またなんで急に? ほんとに私を?

 休憩を終わっても、退勤しても、家についても、ご飯を食べても、お風呂に入っても。送られて来たお店のラインナップを見返しては頭の中が疑問でいっぱいになる。

 ほんとうに? 店長の勘違いじゃなくて?

 送られて来たアドレスたちの意味なら私もわかっている。
 これらはキバナが「こういうお店も見て勉強しろよ」と言ってるに違いないのだ。

 なんとなくで始めたカフェでの仕事で、私はコーヒーの面白さを知ったり、接客の奥深さを知った。現実逃避の側面も多少はあるけれど、お店が好きだという気持ちも大きくて、どんどんのめり込んでいる自覚はある。そんな私をキバナは常々理解を示して、応援してくれているのだ。
 だからこそ、キバナはこうして、私の興味を刺激するようなお店たちを教えてくれたに違いない。

 うん。「流行りのお店を知って、見識を広めろ」。メッセージたちから、キバナのそんな声が聞こえて来るようだ。

 だけどぐるぐると疑問を煮詰めて思うのは、やっぱり店長の「誘っている」は、考えすぎだということだ。期待が一人歩きしている気がする。
 付き合いが良すぎて時々めんどくさいキバナだけど、さすがに私の勉強についてきたいなんて思うだろうか? と、考えていた時だった。
 メッセージたちの一番下に、キバナからの新着メッセージが入って来る。今度はお店の名前じゃなく、普通のメッセージだ。

“どれがいいんだ?”

 まさか本当に店長の言う通りだった? でもやっぱり私の変な勘違いだったら困ると思い、恐る恐る確認のメッセージを送る。

“キバナも一緒に行くの?”

 答えはすぐに帰って来た。

”あたりまえだろ”

 当たり前のことだったの!? 私は全く読めなかったこの展開。さらりと教えてくれた店長もやはり男で、男は男の考えてることがわかるんだなぁと感心してしまった。

 キバナは本当に、親身になって私を応援してくれているようだ。
 教えてくれたカフェはどれも興味深かったし、勉強はきっと大事だ。知れば見えて来ることもあるかもしれない。
 急にやる気が湧いて来た私はもう一度アドレスたちを見返す。キバナが来てくれるなら、一番負担の少ないところにしたい。そう思って、ナックルシティ近郊のカフェを指定した。次の休みの日を伝えるとキバナは長い時間はとれないが、と前置きをしながらも合わせてくれるようだった。

 写真はロトムに頼ろう。お店の情報をメモするためにメモ帳とペンを用意しておかなきゃ、なんて想像が膨らんで、一気にわくわくがせり上がってくる。

 翌日、私は感謝を込めて店長に報告した。

「店長、この前は助言くださってありがとうございます」
「ああ、あれどうなったんだい?」
「キバナと次の休みにまずは一件、行ってみることにしました! 店長の言う通り、誘ってくれていたみたいで」
「そうか〜。よかったねぇ、ほんと」
「はい。気を引き締めて勉強、してきます!」
「ん? 気を引き締めて勉強……?」
「あ、そうですよね。ちゃんと一人のお客さんとしても、そのお店のいいところとか感じてきたいと思います」

 確かにあまり力みすぎてもお店を楽しめないかもしれない。
 同業者としての視点も持ちつつ、お客さん側の気持ちも知れる。そんな有益な一日になったらいいなと、私は次の休日に思いを馳せたのだった。