店舗によってルールが違うらしいけれど、私が勤めるお店では休憩時間には好きなドリンクを一杯飲んで良いことになっている。作ってもらうもよし、自分で作るもよし。
私は基本、自分で腕を磨きたいドリンクを作って休憩に入る。
今冬の期間限定ドリンク「クリスマスラテ」はすでにかなり作り慣れてきたけれど、今回もつい作ってしまった。限定トッピングのコオリッポのアイシングクッキーが可愛くてたまらないのだ。コオリッポのクッキーは、甘いホイップの上にそっと刺して提供される。暖かいラテで溶けかかったホイップをぺろりと舐める。
「やっぱり甘いなぁ」
新作ドリンクはとりあえず飲んでかつ自撮りを欠かさないタイプの人間・キバナにも、このクリスマスラテを作ったことがあった。キバナはコオリッポのクッキーにはあんまりいい顔をしなかったなぁ、なんてことを思い出す。
多分ドラゴンタイプが苦手とするこおりタイプだからだろう。加えてあのメロンさんもよく使うポケモンだったのもあってか、一口でガリっと良い音を立てながら食べられてしまったのを思い出した。
甘めだけれどお気に入りだったこのドリンクとももうすぐお別れになる。クリスマスを過ぎれば、クリスマスラテも売られない。そういうことだ。
クリスマスも過ぎた来週にはお店が一週間ほどお休みになる。ニューイヤーを控えて街のお店のほとんどが休業する時期がやってくる。
長い休みをどう過ごすか、私はまだ決めていなかった。たまには実家にでも帰って、ポケモンたちの様子を見にいくのも良いかもしれない。実家から特別に連絡が来ていないから、あの子たちは元気にしているはずだ。
「さん」
「はい」
ぼうっと故郷と大好きなポケモンたちを思い出している中、店長に名前を呼ばれて、私は慌てて姿勢を直した。何か仕事の話をされると思ったのだ。けれど店長が続けたのは気の抜けた世間話だった。
「もうすぐクリスマスだね。さんはさ、自分へのご褒美とか、何か欲しいものの目星でもつけてる?」
「ご褒美、ですか?」
「そうそう」
まず私は、自分にご褒美を買うだなんてことを全くもって何も考えてはいなかった。今年も確かに色々あったけれど、ご褒美を設定しなければ乗り切れないような辛い一年ではなかった。
けれど、確かに今年の私は頑張った。まだまだなところもいっぱいあるけれど、成長もいくつかはあった。なるほど、そういうお金の使い方もあるか。
「こういう時期なんだからさ、ちょっと特別なプレゼントとか考えてごらんよ。どう? 何か思い浮かぶ?」
「ちょっと、特別なプレゼント……」
店長の言葉にひとつ、心当たりがある。それは今朝も、仕事を始める前も、何度か眺めていた商品だ。
「自分へのご褒美とかは特には考えていなかったんですけど、でもこれ」
ロトムに画面を開いてもらうと、一番に店長に見せたかった画面が出てくる。何度も見たし、最後に見たページでもあるからだ。
覗き込んだ店長が「へえ」と驚いた声を出す。
「キバナくんのパーカーが発売するのかい?」
「はい、もちろんレプリカですけど」
私が見せたのは、ナックルジムの公式サイトに載っている、レプリカパーカーの商品ページだ。ちなみにキバナがSNSで、自らの写真とともに宣伝していたので知った。しっかり売る気満々だし、多分売れることだろう。だって私もちょっぴり欲しいと思ってしまったのだから、同じように欲しい人間がいそうだ。
数量限定販売らしく、安売りしないのがまたキバナらしい。
「キバナ、いつもこのパーカー着てるからあったかいのかなぁとか着心地良さそうだなぁとか……。実は勝手に想像してたんです。これ買ったらこっそり試せるかなぁとか、思っちゃったんですよね」
ファンとしては幾重にも手に入れる意味のある商品だ。私は単に、いつも着ているあれをちょっと着てみたいなぁなどという好奇心だった。
彼の本当は柔軟ながら硬い体を、ゆるく包んでいるあのパーカーは、柔らかそうにも丈夫そうにも見える。好奇心だけなら何回も抱いたことがあるのだけれど、もちろんキバナに言ったことは無い。
でも好奇心を満たすためだけに買うには、このレプリカパーカーのお値段はお高いのであった。多分ちょっと前にキバナが、宝物庫の修繕費が高くついたのでジムの維持費がきつい、みたいなことを言っていた。だから今年はグッズが少し多めなのだろう。
限定と書かれてしまうと買ってしまうのだろうか。洋服としてはとても高く感じるけれど、ナックルジムの維持費に使われるのなら買ってしまうのもありだろうか。でも買ってもどこにも来ていけない。特にキバナにはどことなく恥ずかしくて、絶対に着たところは見せられないだろう。
そんな風にぐるぐると考えてしまって、私はこの商品ページを見ては消し、消しては見てを繰り返しているのだ。
「こっそり試すって、さん……」
ふと見ると、店長が眉間に手を当てている。
「ど、どうしたんですか?」
「ちょっとおじさんなりに気をきかせようかと思ったら、やけどした気分だよ……」
「はい? え、まさか買ってくれるつもりだったんですか? だとしたら私、全く慎みがないことを……!」
「決してそういうんじゃないんだけどね……」
店長が困り果てている意味がわからず、私まで困惑してきた。
どの発言がいけなかったのだろうか。もっと女性らしく、ブランドものの服なんて言っておけばよかったのだろうか。
でも、今一番気になっている、買えるものと言ったら、やっぱり私にとってはキバナのレプリカパーカーなのだ。ふとスマホロトムの画面に目を落として、私の喉から呆然と声が出た。
「あ」
商品ページに朝はなかった赤い字。在庫なし。次回入荷未定。
数量限定のキバナのレプリカパーカーは私が迷ってる中、瞬く間に売り切れていたのだった。