開会式のチケットにスマホロトムなど、常々キバナにもらいすぎているとは思っていた。欲しかった気持ちは否定しないけれど、彼の着ていたものを預かったことについては……、あれはどう受け止めていいかわからないけれど。特に何も持たない私が日頃から、様々なものを持つキバナにたくさんを与えられ、お世話になっているのは事実だ。
今日だって。閉店間際にやってきたと思ったら、キバナはナックルスタジアムで行われる試合のチケットを差し出した。ちなみに私にくれようとするチケットはいつもキバナが出場する試合である。
断ったのも何度目かわからないなぁと思いながら、申し訳なくて私は肩をすくめた。
「うーん、それだけは本当にごめん受け取れないよ。気持ちだけもらっとく、ありがとう」
「なんでだよ」
「この前は開会式にも行かせてもらったのにお返しもできてないし。悪いよ」
「お返しなんて気にするな。そんなのオマエがオレさまの試合を見て何か感じるものがあればそれでいいだろうが」
むしろキバナの試合を見ると、何かしら感じすぎてしまうのだ。開会式ですら自分を見失って、体調管理もできない事態になってしまった。だからこそ絶対に行かないと心に決めている、とは言えないので、私は苦笑いで誤魔化すしかない。
「ほら、ナックルスタジアムが忙しい時はお店も忙しいし。ね?」
「そうかよ」
「ごめんね、気持ちは嬉しい。ありがとう。他に行きたい人に譲ってあげてよ」
キバナが大きく肩を落として、息を吐く。不本意ながら諦めて、分かってくれた時の仕草だ。
「でも私、ほとんど受け取ったことないのに。なのに毎回いるかいらないか聞かずに持って来るのって、ちょっとすごいよね?」
「オレさまが諦めを知らない男なのは知ってるだろ?」
「まあね」
「それに必要だからやるんじゃなくて、オレがあげたいから持って来てるだけだ」
「? ふーん? むしろ私はキバナにいつものお礼がしたいんだけどな」
与えられた様々なものへのお礼はいつもしたいと思っていた。けれどキバナはだいたいなんでも持っている。持っていないものを手に入れる力もあるし、割となんでも自分の力で手に入れたいタイプでもある。
自分に似合うものはキバナ自身が知っている。それでもプレゼントとしてキバナに似合うものなどと考え出すと、ブレスレットなどが思い浮かぶことがあるが、私のセンスで選んで、かつ給料で買えるものがキバナのお眼鏡に叶うかと言われると……、かなり不安だ。
そうして迷っているうちにも、いろいろキバナにお礼したいことが増えて山積みになってきている。良い機会だと思って、私はそのまま本人に聞くことにした。
「スマホロトムも、実際に使ってみたらすごく愛着わいているし、他にもいろいろと感謝してるんだ。日頃のお礼として、何か私にできることあるかな?」
彼の眉が、バンダナの下でぴくりと動く。首筋をさすりながら、目をそらされたので、何か思い当たることはあるようだ。
「じゃあ……、次の休みを一緒に過ごしてくれないか?」
「え?」
「一人で家にいるとどうしても考え事が多いっていうか……」
「いいよ?」
「オマエといたら、強制的に気持ちもオフにもなるかと思っ、え? いいのか?」
「え? うん? そんなことでいいのなら」
キバナが珍しく言葉を濁らせ、かなり言いづらそうにしていたので、何を言われるのだろうと私もにわかに緊張したけれど、なんてことない願いで拍子抜けしてしまった。
なぜかキバナは私がそんな簡単に了承するとは思っていなかったらしい。口を開けて驚くほどのことでもないと思うのだが、キバナは今だに絶句している。
それにしても、先ほどのキバナのセリフが私の中でひっかかる。キバナは最近休めていないらしい。次の試合の日程も決まっているのに、上手に休めていないのなら気の毒だ。
一人で家にいると考え事ばかりしてしまうというのは、共感できる。特にキバナはポケモンたちのこと、育成のこと、ジム自体のこと、ジムトレーナーさんたちのことなど、考えなければいけないことが多いはずだ。それを一旦置いておいて、遊びたい気持ちもまた、すごくよく理解できた。
「そっか……」
「なんだよその目は」
「っ分かった、私に任せてよ、キバナ!」
おそらく私は、キバナに同情しつつ、彼の要求に燃え始めた目をしていると思う。彼がちょっとした弱みを見せてくれたのだ。そして休みたいからと私を頼ってくれた。キバナの期待に応えたいと、急に気持ちが張り切ってきた。
「じゃあ今度の休みが合う日、私の家に来るのはどう?」
「いいのか……?」
「準備してキバナのこと、待ってる!」
休日を一緒に過ごす。そんなことで今までのお礼がちょっとでもできるんだ。そう思うと俄然やる気が湧いて来て、私の気持ちと頭はもう動き出していた。
そんな準備をしよう、何を用意しよう、買い足すものはなんだろうと、計画がどんどん走り出す。
「あ、手ぶらで来てね、食事とかも私が作るから!」
私が自分でも楽しみにしていることが、キバナにも伝染したらしい。久しぶりに見る、キバナのはにかんだ笑顔は、長身の男に似合わず可愛さがある。そんな笑い方をされてまた私と、キバナと休日を過ごすプロジェクトの火は勢いを増すのであった。