期待を裏切らない


※ゲーム本編ストーリー中だけど、謎の時空になっちゃってます。細かい部分をつっこまないでいただけると嬉しいです。



 窓の外は久しぶりに見たと思うほど、綺麗に晴れていた。時間通りに玄関のベルを鳴らしてくれたキバナを出迎え、見上げると、彼はその見事な青空を背負っていて、私は爽やかなときめきを覚えた。

「いらっしゃい」

 歓迎の言葉に目尻を垂れさせたキバナの表情から甘さが香って、今日はきっと良い日になると予感がきらめいた。

「今日はありがとうな」
「いえいえ。お安い御用だよ」
「……カレーのいい匂いがするな」
「うん。わが家のカレーパーティーにようこそ」

 キバナとどう休日を過ごすか。迷いに迷った。
 他にもどこかに出かけるとか、何かのチケットを買うとか考えたけれど、外に出るとキバナはいやでも注目を浴びてしまうだろう。そしたらキバナもジムリーダーとして振る舞い始めてしまいそうで、休日の意味がなくなってしまう。
 それに、あまり私に似合わないことをしても仕方がない。キバナは休日を休日らしく過ごしたいと願ったのだから、私が思う休日に彼を巻き込むことを考えた結果、行き着いたのが自宅での食事会だ。
 今のところキバナの反応は上々である。

「カレーパーティーか。すげえ平和な響きだ」
「無難だけどカレーなら失敗なしで美味しく作れると思って。でも今回は本当に上手にできたの! 大量に具材を一気に煮込むと、やっぱり美味しさが違うみたい!」

 もちろん最初は凝った料理を作るという選択肢もあった。けれど私は料理の腕前については残念ながら並である。だめというほどでもないけれど、はりきって披露するほどのものでもない。
 しかし今回作ったカレーには自信がある。
 単に味見したら今までにないくらい美味しくできていただけの話だ。けれど今までで一番の出来なのは確かだ。キバナもきっと喜んでくれるのではないかと思うと、胸を躍った。

「ホップくんにキャンプ用の大鍋、借りておいてよかったよ」
「……ん? ホップ?」
「まあ入って。もう始まってるよ」

 ドアを閉めリビングに戻ると、先に着いていた四人の少年少女たちはテレビを食い入るように見ている。四人もいる割には静かだなと思ったら、みんなは私がおすすめした厳選バトルビデオ集に見入ってたようだ。

「あ、さん」
「どう? 面白いでしょ、このバトルビデオ。大舞台で三連続まもるが決まるところ、本当に熱いんだよね」
「ぼくならこんな戦い方はしませんけどね」
「でも追い込まれたら、失敗する可能性が高くてもやるしかない時はあるよなぁー!」

 追い込まれた盤面での三連続まもるの選択は正しかったか、自分ならどうするか。口々に自分の意見を述べていた彼らだが、私の後ろに立つキバナに気づくと顔をあげて、軽く頭を下げてくれた。
 なんとなく、背後の空気が硬くなったのを感じた。まあ確かに、キバナにとっては予想外のパーティー参加者だろう。ここは私が仲立ちせねばなるまい。レジカウンターで鍛えた笑顔で私はキバナを振り返った。

「じゃあ、えっと、今注目のジムチャレンジャーたちだからキバナも知ってるかとは思うけど、一応紹介するね! ホップくんです!」
「知ってる……」
「その隣はユウリちゃんとマリィちゃんに、ビートくん。ホップくんが声かけて、連れてきてくれたんだ」
「いや、知ってるわ……」

 だ、だよね〜! ユウリちゃん、マリィちゃん、そしてビートくんとは今日が初対面だけれど、ここにいる四人全員が今シーズン注目のトレーナーだということは私も知っている。私が知っているのなだから、キバナが知らないわけがないだろう。
 ホップくんに「来たいひといたら、連れて来ていいよ」と気楽に声をかけた結果、いつの間にかわが家には注目のジムチャレンジャーたちが四人も集まってしまったのだ。

「ホップくん、ユウリちゃん、マリィちゃんにも紹介するね。私の昔からの友達、キバナです」
「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
「わざわざ紹介していなくても知っているぞ!」
「うん、でも今日は私の友達のキバナってことで来てもらってるから。よろしくね。……うん、これで今日のカレーパーティーの参加者はだいたい揃ったかな。時間も良いし、準備してくるね」
「さっきからずっと良い匂いしてるから、お腹空いたぞ!」

 バトルビデオは流したまま、私はキッチンへ移動する。カレーを温めなおしながら、「カレーパーティーか、なるほど、なるほどな……」とぶつぶつ呟いているキバナにナプキンやスプーンをまとめて渡すと、キバナはすぐさま察して配膳してくれた。わが家で休日を過ごすということは、客人としてもてなしを受けることではない。一緒に過ごすことなのだ。

「あ、可愛いライス型使いたい人は自分で盛り付けてね」
「わぁっ、いっぱいありますね!」
「すごか……!」

 定番のモンスターボール型から、ピカチュウ型、ワンパチ型、カジッチュ型なんかもある。引っ張り出して来たライス型たちを並べると、特に女の子たちが目を輝かせてくれた。

「オマエ、こんな趣味もあったのか」
「ラテアートみたいなのに凝る人間だからね、つい買っちゃうんだよね。クッキー型とかも無数にあるよね……」
「電子オーブン、操作がわからなくて怖くて使えないのにな」
「それは言わないの。あ、ポケモンも一緒に食べる人は言ってね、お皿もっと出すからね。あ、ビートくんはピカチュウ型にするの?」
「えっ! いやこれは!」
「盛り付けてあげようか。私、こういうのだけは上手だよ!」
「違いますから!」

 一人暮らしの部屋だが、最初はポケモンたちと暮らすことも考えて借りた部屋なのおかげで、スペースには困らない。
 こんなに賑やかなのはいつぶりだろう。キバナと一緒に楽しく過ごせたらと思って考えたカレーパーティーなのに、カレーの香りとともにしばらく感じていなかった楽しさが湧き上がって、ずっと素のままで笑っていた。




 食後はみんなでゲームをすることになった。実はこのためにユウリちゃんには家からswitchを持って来てもらっている。とりあえずみんなができるもの、ということでレースゲームをやり始めた。アイテムありのレースは毎回乱戦状態で、今現在かなり盛り上がっている。ちなみにルールは負け抜け。勝てばコントローラーを握り続けられるが、負けたら交代だ。

「ま、負けた……」

 悔しがるビートくんからコントローラーを受け取る。

さんの番だぜ!」
「よし。マリィちゃん、何連勝中? そろそろ退場してもらおうか?」
「うわ、集中攻撃とかさん卑怯!」
「大人げない!」
「あたし、負けないから」

 妨害に徹したプレイではあえなく最下位に転落してしまった。けれど楽しかったし、ホップくんなんかが特に私の卑怯なプレイにウケてくれたので満足だ。さっさとキバナにコントローラーを手渡して、私はまたキッチンに立った。ホップくんに借りたお鍋を返させるよう、洗っておかないといけない。
 それと、おやつ用に用意していたケーキの準備だ。
 冷ましておいたパウンドケーキを切り分けて、お皿に乗せていく。お店のマホイップから店長の許可をもらって分けてもらったホイップクリームをスプーンひとすくいして乗せる。やっぱりマホイップからもらうクリームは最高だ。甘い香りを吸い込むだけで幸せな気分になれる。仕上げにミントで彩りを加えていると、キバナが顔を出した。

「うわっ」
「な、なんだよ。こっちが驚くだろ」
「前からうちにキバナが来たら頭色々ぶつけそうだなぁと思ってたんだけど、今ほんとにぶつけそうで。怖かった……」

 とても、不思議な気分だった。自分の家のドアのふちを見ては、この高さはキバナが頭をぶつけるな、なんて何度か想像していたのだ。それが今日は現実にキバナが私の家の、中にまで入ってきている。
 キバナにとって頭上はいつでも注意しなければいけないのだろう。ドアのへりを摩りながらするりと通り抜けて、「まあ、気にするな」と軽く言われた。

「みんなは楽しんでる?」
「ああ、今はマリィ対全員のチーム戦で盛り上がってるぜ」

 どうやら目を離している間もマリィちゃんは勝ち続けているらしい。それを証明するようにホップくんの悔しげな悲鳴がキッチンまで伝わってきた。

「キバナはいいの?」
「オレさまはやりたいようにやってるぜ」
「そっか。良かった」
「なんか手伝うか?」
「じゃあまたフォーク出してくれる? デザート用のちっちゃいフォークがそこの引き出しにしまってあるから」

 ゲームで盛り上がる、別の部屋の喧騒。私とキバナのいるキッチンは反対に静かなもので、そこに添えられるのはフォークの擦れる音、ポットが湯気を吹く音などの生活音だった。
 まだ外は綺麗に晴れているようだ。明かりは消してあるのに、キッチンには光と陰の色に溢れている。キバナが私の家にいることは日常ではない。なのに溢れる音、光の色は呆れるくらい平和な日常に流れるものと同じだった。


「なに?」
「オマエ、他に誘うやついなかったのかよ」
「ホップくんに声をかけたのは、やっぱりキバナのためにカレーパーティーしようって思ってたからだよ。私の知り合いたちを呼んで、キバナに会ったら多分もっと……、喜びすぎちゃうんじゃないかな」

 純粋さは、年齢で簡単に測れるものではないと思うけれど、なんとなく同年代の知り合いをキバナに合わせるのは気が引けた。そもそもキバナと私が不思議な縁があり、大人になった今もよく会っていること、こうして案外仲良くしていることは私もあまり言いふらしていない。
 昔だったらキバナとは友達だよ、とさっぱり言えていたかもしれない。けれどトップジムリーダーを何年も続けて、キバナの認知度は昔とは比べ物にならない。そして魅力的な男性としての人気も、昔とは違う。どんな反応をされるか想像しただけで、私の方が辟易してしまう。

「……キバナに休日を一緒に過ごして欲しいって言われてから、結構いろいろ考えたんだよ。それで、みんなで集まって、カレー食べて、お話とかゲームとかしてだらだらしたら、それが私にとっては良い休日の過ごし方な気がして。楽しいんじゃないかなと思ったんだよね」
「そうか」
「だけどキバナと私だけだといつも通りすぎて、何も起こらないそうじゃない?」
「そうか……」
「で、ホップくんたちなら、キバナにもフラットに接してくれるんじゃないかなって思ったの。おかげさまで私は楽しいよ。というか、みんなで食べるカレーは美味しかったな」

 カレーが出来上がって一番に味見をした。奇跡的に今までで一番の美味しさに作れたことを誇らしく思っていた。でもいざみんなでカレーを食べるとそれは味覚以外の部分からもじんわりと染み入ってくるような、特別な美味しさを持っていた。
 また、リビングから悲鳴ともとれる歓声が聞こえてくる。「今のすっごく惜しい!!」というユウリちゃんの声が聞こえてきたので、やっぱりまだマリィちゃんの独走状態らしい。楽しくて微笑ましい限りだ。微笑ましいのだけど、でも。

「なんか、想像してたのと違う集まりになっちゃった」
「オレさまも。想像してたのとだいぶ違うな……」
「えっ何想像されてたの!? やっぱりカレーパーティーは庶民派すぎた!?」
「そこじゃねえ」

 じゃあどこなんだろう。もし期待を裏切ってしまったのなら申し訳ない。でも私がベストを尽くした結果なので、これ以上を望まれると苦しくなってしまう。

「私もキバナみたいに友達や知り合いが多かったら良かったんだけどね」
「ポケモンはやたら懐かせるの上手いのにな。しかもオレさまの苦手なタイプばっかり」
「ポケモンたちは優しいからね」
「オマエも怖がらないしな」
「ん? 別に怖がってはいなくない?」

 引っかかる言い草だ。私が疑問に思ってるのをわかっているだろうに、キバナには「カップはどれを出す?」と話題をそらされてしまった。そのまま今の話題を掘り返すタイミングもまた、無かった。