あなたのせい


 シーズンオフ中に人混みを見かけたら、それは大体キバナに群がる人だかりだ。しかもキバナに至ってはあの頭がひとつ飛び抜けているので、ますます彼は遠目からでも見つけやすい。

 遠くから彼を眺め続けてしまったのは、ほとんど無意識だった。
 彼は私がSNSを見られないようにブロックしたらしいけれど、どんな理由があったのだろう。長年の付き合いで、彼なりになにか考えがあるはずだと思える。だけど私の、長年縁を切れないキバナへの自信の無さが、私に影をかけていく。
 一体、どうして? その問いが、つい口をついて出てしまいそうなのを堪えたところだったのに。

「あ」

 目を、逸らされた。明らかに、あのシアンブルーの目は私を捉えたのに。今は目の前のサポーターたちを見下ろし、キバナは人の良い笑顔を浮かべている。

 そうか。SNSの画面を通して届いたあれは、本当に本当の拒絶だったらしい。
 それならそれで。私はさっと気持ちが冷めていくのを感じながら自分の帰路を辿った。いつもより早足になってしまう一人の帰り道。連続三日目となれば慣れたものだ。私はクスネのにげあしを借りるがごとく、その場から離れた。

 早足で歩く。すると自然に息が上がって、徐々に体温も上がる。同じように、歩けば歩くたびに上がっていくのは、キバナへの腹立たしさだった。

「へえ……、そういう態度をとるんだ」

 彼の存在を、目をそらされた時の驚きを振り切ろうとするのに、時間が経てば立つほどなんだか腹が立って来る。

 キバナらしくない。私が嫌いになったのなら、そう言え。

 キバナなら嫌う時はちゃんと正面向かって、私の悪いところを指摘してきそうだと思っていた。まさかスマホ越しに、何も言われずにバイバイできるような関係だとは思っていなかった。お互いのいいところ悪いところを踏まえた話し合いはできる仲だと、そう思っていたのは私だけだったのか。
 ぎりりと奥歯で悔しさとやるせなさを噛み締めた瞬間、私は確かに前を見ていなかった。潤む視界で、自分のつま先を睨みつけていた。

「うわっ」

 角を曲がった瞬間鼻の頭をぶつけたのは、あのドラゴンを模したパーカーだった。
 やわらかい素材だったこと、跳ね返った私をキバナはやすやすと捕まえてくれたので、鼻が少し赤くなるくらいで済んだ。


「キバナ!」
「大丈夫か?」
「え。う、うん」
 
 どうして私が歩いてる先にキバナがいるのかと思えば、キバナの後ろからフライゴンが顔を覗かせている。フライゴンで空を飛んで先回りをしたということだろうか。いや、先回りをしたなんて言い方だとキバナが私を探していたみたいで、違和感がある。

 お互いにお互いを見つけて、なぜか一瞬お互いに何も言わない時間が流れる。
 キバナは何か言いたげに私を見下ろしている。私も言いたいことがあると、負けずに彼を見上げた。ほとんどましたから見上げるので首に負担がかかるが私は意地になって上を向いた。
 何から言おうか、なんて言えばいいんだろうか。私が歯がゆく口をもごつかせてると、かぶせるようにキバナの方から口を開いた。

「オマエ、なんでオレさまをブロックしてやがる」

 私がキバナをブロックする? そんなわけ、あるはずがない。

「……は? ブロックしたのはキバナだよ!?」

 思わず聞き返すとキバナの目がつり上がる。こうなるとキバナは黙っていてもなかなかの迫力があるのだけど、今日の私は負けない。負けたりしないと下から見返し続ける。

「はあ……? 何を言ってるんだ? オマエが朝急にブロックしてきたんだろうか」
「それはこっちのセリフだよっ、何も言わずにブロックとか! そんな男だと思わなかった!」
「やってきたのはだ」
「いや、キバナだよ!」
「じゃあ確かめて見るか?」

 さらさらとスマホロトムを操作してキバナが見せて来た画面。私のアカウントのプロフィール画面だ。そこに浮かぶ赤い字を読んだ。

さんはあなたをブロックしました』

 読んだ。だけどいまいち一文の中身が頭に入ってこない。もう一度読む。
 ”さんは”と書いてある。それはつまり……? そろそろと目線を上に上げると、じろりとキバナが私を見下ろしている。
 慌てて私は自分のスマホロトムを呼び出して、ブロックの画面をもう一度見た。二つの文面を照らし合わせれば、じわじわと理解していく。

「キバナ、あの」
「なんだ」
「い、言い訳を……、させてもらえますか……」
「おーおー、いいだろう。聞いてやる」

 そもそも私はブロックという機能自体を知らなかった。
 私にとっては朝起きたらキバナのアカウントが見れなくなっていたという感覚で、そこに『キバナさんはブロックされています』という文面を急に突きつけられたのだ。意味が分からずホップくんに単語を伝えて、そこで初めてブロックという単語の意味を知った、というのが今までの流れだ。

「待て。なぜそこでホップに聞く」
「いや〜、ホップくんって不思議と、そういうの気軽に聞けちゃうんだよね」
「オレさまがいるだろうが!」
「そうでした……」

 まあ確かに、あそこでホップくんじゃなくキバナに聞いていればお互いの勘違いだとすぐに気づけただろう。なんとなくという理由で、聞きやすさでスマホロトムのことはホップくんに聞いてばかりいた。けれど今回ばかりは素直にキバナに聞かなかったことを反省だ。

「まあ、オマエの画面だけなら勘違いすることもなくはないか……?」
「そもそも見に覚えが無いからね?」
「とりあえず、オマエが意図的にブロックしたわけじゃないんだな」
「うん。朝起きたらこうなってただけで、私もよくわからない」
「操作ミスだろ。寝ぼけながらいじったんじゃねえの」
「そうかも」

 最近ベッドの中でスマホロトムを見ることも増えた。生活の中、どこかで操作ミスということはありえるだろう。私が肩をすくめると、キバナの方はがっくり肩を落とすのだった。

「……何か、しちまったかと思った」
「それはこっちのセリフだよ。怖いものだね」
「機械が? それともSNSか?」
「両方、かなぁ」

 私は、自分の手を離れていくもの、コントロールできない全てが怖いと思う。でも今回の一件で感じた怖さは、また別物だ。
 この端末の上では様々な物事が簡単で、気軽だ。だけど気軽な分、手のひらの上で質感や重みを感じることはできない。そうして分からない間に、大事なつながりが切れてしまうところだったのだ。

「解除の仕方分かるか?」
「いや、全然」
「じゃあ貸せ。ブロックされてたらフォローリクエスト送れないだろ」
「え、送れないの?」
「そういう仕様だ」
「ふーん、なるほどね……?」
「分かってないのに分かったみたいな返事をするな」

 キバナは自分のものをいじるかのように、またも指を滑らせて、数秒もしないうちに返してくれた。画面を見ると、もう私の方からキバナをフォロー済みとなっている。あの数秒でここまでできるのは素直に驚きだ。

「良かったぁ」

 思わずそう呟く私を、キバナのシアンブルーの目が覗き込んで来る。


 朝起きてまた、キバナのSNSに新しい更新が無いかチェックする。そんないいのか悪いのか判断に困る習慣は無事、元どおりになった。
 だけどもうひとつ、元どおりになっていたものがあった。

「え……」

 信じられない光景に、寝起きの頭がみるみる目覚める。
 画面に浮かぶのは昨日と全く同じ、『キバナさんはブロックされています』の文字だ。私はキバナをまたもブロックしてしまったらしい。

「な、なんでえ……?」

 思わず寝起きでぼさぼさの頭を枕に投げた。私、気づかないうちにまた操作ミスをしてしまったんだろうか。だけど昨日に引き続き、全く身に覚えがない。

 そもそもどうやったらブロックということができるのかすら知らない。なのに、二日連続でミスしてしまうものなのか。いくら私が機械音痴で、ロトムにいろんな操作を頼りきりだからと言っても……。

 そう考えが流れていって、はた、と気がついた。私ではなく、このスマホを操作できる存在がいたじゃないか。
 もしかして。ほとんど確信しながら、私はぽつりと問いかけた。

「ロトム、あなたなの?」

 ロトムはその機械の体を揺らしてケタケタと笑い出した。犯行を疑われたのに怒っている様子がないので、おそらく当たりだろう。
 いたずらがバレて、余計に楽しそうにしているくらいだ。だけどこっちは深いため息が出てしまう。

「ね、お願い。キバナのブロックを解除してくれない?」

 ロトムに向けて、手を合わせてお願いしてみた。頭を下げながら数秒、いや数分待ってみるもロトムはケタケタと笑いながらふゆうしている。
 どうやらロトムがロトムの意思でやったことは、私のお願い程度じゃ聞いてくれないらしい。多分手動で解除しても、またロトムに気づかれ次第キバナはブロックされてしまうことだろう。

 これはキバナがお店に来るぞ。しかも爽やかすぎる笑顔で。そしてその予想通りの彼が、店先に姿を現したのだった。