本物じゃない


 リーグ委員会の公式グッズとして、現在のメジャーリーグに属する8名のジムリーダーと、チャンピオンのぬいぐるみ化が発表された。
 もう一度言おう。ぬいぐるみ化が発表された。
 戦争じゃないか。その一言で、ガラル地方でトレーナーファンの心は一つになったことと思う。

 全国各地でほぼ同時発売。オンラインで先行発売するものの、情報を追えば追うほど、やっぱり戦争にしか思えない。
 前回のキバナのレプリカパーカーでさえ買えなかったのに、ぬいぐるみはさらに手に届きやすいお値段ときた。しかも、しかも、これがなかなか可愛いのだ。例えばネズさんの血色を消したまぶた、特徴的な目元、もちろん独特の髪型もきっちり再現されている。
 個性豊かなポケモントレーナーたちがうまい具合にデフォルメされ、だけどそれぞれの個性を存分に生かしたデザインだ。

「これは人気だろうなぁ……」

 売る側の広報の仕方を見ても、いつも以上の気合を感じる。だけど、このぬいぐるみたちを購入したい、揃えたい、あわよくば埋もれたいという人は予想を超えて出てくるだろう。
 やっぱり、戦争だろうなと、次の瞬間まで私は一歩引いて考えていた。

 ふと、目があってしまったのだ。画像の中でちょこんと座る、キバナのぬいぐるみに。
 どうかしてる。普段、というかほぼ毎日のように会う人物のぬいぐるみに心くすぐられるなんて。でも頭で考えるより先に心が反応して、口まで動いていた。

「……かわいい」

 そして私はオンラインの先行販売戦争に負けた。




 たまたまオンライン先行販売日が仕事の休みだったため、朝からロトムと待機していた。以前、キバナのレプリカパーカーが発売された際は、ちょっと迷っている間に売り切れてしまった。だから今回は後悔しないように、スタートダッシュを決めると私も意気込んだのだ。
 人気だろうなと思ってはいたものの、10時ぴったりに注文すればさすがに買えるだろう。そう思っていた私はまだ戦争を知らない未熟者であった。

 見事な負けだった。
 一瞬、商品ページが表示されたものの、購入画面に行こうとした瞬間にページが真っ白になってしまった。信じられない気持ちでもう一回購入しようとすると、「ただいまメンテナンス中です」というホルードが頭を下げている画面になり、そこから何も変わらなくなってしまったのだ。
 私の戦いは、ものの10秒で終わってしまったのだった。

 となると残る入手手段は、初売りの店舗に突撃する他はない。私は涙を飲んで次の日出勤し、事務所につくなり頭を下げた。

「店長! お願いがあります!」
さん、シフトの変更だね?」

 店長がニヤリと笑う。

「もしかして、バレちゃって、ますかね……」
「うん、来ると思ったよ。やっぱり欲しいんだね、キバナくんのぬいぐるみ」
「は、はい……」

 まあ、キバナのファンであることは隠していないので、恥ずかしさはあるけど大丈夫、耐えられる範囲だ。

「まさかオンラインで買えなかったことまでお見通しとは思いませんでした」
「僕の奥さんもマクワさんのぬいぐるみが買えなかったって嘆いてたからね、多分さんが買えてたら奇跡だなぁって」
「あああそれは、心中お察しします……」

 というか店長の奥様はマクワさんのファンだったのか。ここに勤めてそれなりの年月が経って来たところだけれど、初耳である。

「すぐ繋がらなくなっちゃって、気づいたら売り切れていました……」
「予想されてたことがその通りになったんだね」
「最初はどうにか繋がらないか粘っていたんですけど、ロトムにあまり負担をかけるのも怖くて。撤退しちゃいました」

 画面が頭を下げたホルードから変わらなくなったあの後、我が家は落胆に包まれていた。
 キバナに対しヤキモチをやくことがあるにも関わらず、意気込んでくれたロトムをいたわり、そして自分をいたわるつもりで、その午後は冷凍して保存してあったケーキを出し、お互いを慰め合ったのだった。

「店頭発売日っていつだったかな?」
「明日です。急なお願いで本当にすみません」
「いいよ、行っておいで。こういう自分だけの幸せが仕事にも張り合いを持たせてくれるんだから!」
「ありがとうございます……。あ、午後は来ますので。午前は、実店舗をささっと見て来て、買い物終わったらすぐ出勤します!」
「とか言って、さん。本当はお休みにしたいんじゃない? 戦争だよ?」

 やっぱり店長も熾烈な争いが起こる、という認識だったらしい。
 急に明日お休みをいただくなんて、申し訳ない気もした。けれど状況も、ファン心理も、ものすごく理解をしてくれている店長に今回ばかりは甘えることにして、私は第二次ぬいぐるみ購入戦争への出陣を決めたのだった。



 オンラインでは歯が立たなかったので、当日は開店前に並ぶことを決意した。開店15分前。ひんやりとした朝の中、ナックルジム備え付けのグッズショップに赴けば、同じ目的と思われる人だかりがすでにできていた。

「すご……」

 圧倒され、思わず呟きながら、最後尾についた。

 私はそわそわと辺りを見渡す。こういう場所は苦手だ。右を見ても左を見ても、キバナファンばかり。みんなの目には純粋なキバナへの好意が浮かんでいる。私なんか目じゃないくらい可愛らしい子が肩にかけているのは、ナックルジム限定のマフラータオルだ。リュックには重いだろうに、大きめのナックラーのぬいぐるみまで下げている。
 私だって、キバナへの好きな気持ちは負けない。そう思うのに、私ほどのファンの代わりなんて山ほどいるんだなと気づかされてしまう。いや、心のどこかで本当はいつも思っていることだ。私が抱いている気持ちは特別と思いたいのに、結局はなんでもない人間だとじわじわと染み入るように感じてしまう。だから、スタジアムに行けなくなったんだよな、と不意に思い出してしまった。

 ほんのりと熱を持ったスマホロトムが、頬ずりをしてくる。見ると、時計は9:57。開店まであと3分。

「もうちょっとだね」

 でも、この胸の苦しみを耐えてでも、欲しいものがあるのだ。
 今回だけは頑張ろう。買えずにあとで売り切れ画面を見て後悔するのは嫌だ。そう意気込んで、私は自分のしんみりした気持ちを振り切った。