「さん」
店長に呼ばれて振り返りながら、なんとなく店長が私に言いたいことは感じ取っていた。11月を終えてのカレンダーをめくった時からそろそろだなと予想したいたことだし、それは彼の足元に置かれてるダンボール箱を見つけた時、確信に変わった。
「あ、もしかしてクリスマスツリーの飾り付けですか?」
口に出してから、もし違ったらどうしようと思ったのだけど、店長は話が早いとばかりに嬉しげに頷いた。
「そうそう。お客様が少ない時間帯に頼むね。飾りは先週のうちに一通り拭いてある。それにご近所さんのマラカッチに手伝ってもらってにほんばれの光を当ててあるよ」
なるほど。冬の日光は少なく晴れの日も稀だけれど、そこはポケモンのちからを借りたらしい。ダンボールを開けてそっと中身を伺うと、マラカッチのにほんばれに当てられ、天日干し済みの飾りが眠っている。
「ツリーはここに置いてあるよ」
店長に指し示されて物置の影を見る。立てかけてあるのは、ネットをかけてあるモミの木だ。
「ああ、だからだったんですね。今日来た時にいい匂いがするなと思ったんですよ」
「ほんのりいい匂いがするでしょ」
「はい。今年も生のクリスマスツリーを使うの、嬉しいです」
「やっぱり生きてる緑があるとお客様や、働いてる僕たちやポケモンたちも癒されるからね。少し小ぶりになったとしてもこっちを選ばせてもらったよ」
一介のカフェで毎年生きているツリーを運び込むのは多分、ちょっと贅沢なことだ。だけど居心地の良い店内作りに対する店長のこだわりなのだろう。
これの飾り付けを任されるのは嬉しいことだ。だけど私は思わず言葉が途切れてしまった。
「どうしたんだい、さん?」
「あの、クリスマスツリーの飾り付けってとっても楽しいじゃないですか。私これでお給料もらちゃっていいのかなって……」
「なんだ、そんなことか。さんは飾りつけが上手だし、売り物のツリーみたいに仕上げてくれるから」
「そ、そうですかね?」
「それにさんなら楽しんでやってくれるだろうからね。僕が苦労して、ふうふうため息つきながら飾り付けるよりずっといいよ」
意外な指摘だった。ツリーの飾り付けを考えた時、店長のような人には楽しさより苦労が勝るのかもしれない。
「頼んだよ」という言葉に頷きながらも、その時に私は自分がクリスマスツリー向きの人間に見えている、と自覚したのだった。
「いや、上手いよ」
お客様の波が過ぎ去った時間帯。今日は朝に冷たい雨が降っていたせいか客足は少なく、店内には二人程度だ。そのうちの一人、キバナはカップ片手にじーっと見ている。何かっていうと、クリスマスツリーの飾り付けの様子だ。
ただ人が仕事をしている様子を見て、何が面白いのかわからない。また最近も忙しそうにしているキバナなりの息抜き中なのかもしれないと思い、放っておいたのだが、あまりに視線が刺さってくる。
無言に耐えきれなった私は、世間話のつもりで、事務所での店長のやりとりをかいつまんで話したのだ。これでお金をもらうのは忍びないけれど、私が楽しくできることもそうじゃない人もいるんだよね。こんな感じだ。
そしてキバナは言ったのが先ほどのセリフだ。
「上手い、かな?」
私はほとんど完成に近づいたツリーを見上げた。バランスに気をつけながらも、気分に素直にオーナメントをつけただけなのだけれど、キバナはこの飾り付けを上手いと感じるらしい。
「こういうの任すとハズレなしだよな、オマエ」
「誰でも普通にやればこんな感じなると思うんだけど……」
「多分、アクセントのつけ方が上手いんだな。オーナメントの偏りも皆無だ。家にあるツリーより、ちゃんとホテルのロビーとかにありそうな感じになってるぜ」
「そ、そんなに!?」
「もちろん機械を渡したあとの惨事もハズレなし。普通にやれば壊れないだろ? と思うと、壊す」
「ぐ……」
言い返せない。私の機械音痴は数々のトラブルを起こし、そしてキバナを呆れ返させた実績があるのだ。反論なんて思い浮かぶはずもなく、悔しげな私をキバナは意地悪く笑っている。
まあ褒められるばかりじゃむず痒くなってしまうので、いじられたことはよしとしよう。気を取り直して箱に残ったオーナメントを手に取る。金のベル、その頭につけられてるリボンの形を調整しているとキバナがぼやく。
「あー、写真撮りてえ」
「店内の自撮りは禁止です」
「自撮りとは限らないだろ」
「ダウト。撮影禁止です」
そんな軽口をたたき合いながら私も手を進める。
カップの中はすでに冷め切ってると思うのだが、キバナは帰る気配はない。机に肘をつき、大きな手のひらの上に形の良い唇、鼻、目のそろった顔を載せている。
店内はガラガラだし、メニューを注文した時点でキバナはお客様なので口を出す気もない。だけど、飽きないのかな、と本気で心配になってしまう。
「……オマエさ、クリスマスの予定は?」
「え? 特に無いかな?」
「じゃあオレさまも無いや」
「またまた。キバナはあっちこっちに呼ばれて、PRとかもあるんでしょ。これからどんどん忙しくなるんじゃないの?」
「だろうなー」
他人事のようにキバナは言う。でも実際その時になれば誰も文句のつけようがないくらいジムリーダーとしての仕事をこなしてしまうことも私はしっている。おそらくキバナは今、徹底的にオフモードなのだろう。
もしかしたらキバナは嵐の前の静けさの中にいるのかもしれないと、ふと思った。
「自分の家はもうやったのか?」
「クリスマスツリーのこと?」
「ああ」
「うちにツリーはないよ。オーナメントも買ってない」
本日来店して以来ずっと、ぼーっとしていたキバナが意外そうな顔を浮かべる。
「オマエ、ああいう細々してるの好きだろ」
「あはは。キバナからしてみればちっちゃくて、細々して見えるかもね」
なにせ彼の手にかかれば、モンスターボールも小さく見えてしまうのだ。ツリーにつけるための細かなオーナメントもキバナの視点で見てみればますます小人の持ち物のように見えるんだろうか。彼の世界は案外かわいいもので溢れているのかもしれない。そんな想像したらまた笑い出しそうになった。
「絶対、好きなの買い揃えて楽しんでると思ってたぜ」
「うーん、好きは好き。かわいいオーナメントは思わず欲しくなっちゃう。だけど、ああいうのって数を揃えなきゃならないでしょ」
「………」
「ひとつふたつ買ってもしょうがないし、それにほら、今は一人暮らしだから」
ツリーの近くに集まる家族は、私の家にはいない。リースなんかは取り出して家のドアにつけるつもりはあるけれど、クリスマスツリーは少し大変すぎる。そしてそれを見る人が自分しかいないのだと思うと、なかなか腰が上がらないというものだ。
「好きでは、あるんだけどね……」
クリスマスに合わせて世界に溢れる、キラキラとした様々なもの、私は嫌いではない。冬の厳しくなる寒さと反対に、心を暖め合うようなクリスマスの装飾は大好きだ。だけどそれを一人で追いかけるのは少しくたびれてしまう。ふとすると虚しさを覚えてしまいそうで、気が引けてしまうのだ。
だから今年はツリーなどにお金をかけない分、クリスマスケーキなどの食べ物、それに周りの人へのプレゼントにお金をかけて楽しもうというのが私の魂胆だ。
今年はジンジャークッキーも自分で焼いてみようかな、なんて一人ならではの楽しさに妄想を膨らませていた時だった。
ずっと魂が半分抜けたようだったキバナが席に座り直し、神妙な顔で言った。
「。オレの家のクリスマスツリーも飾り付けないか?」
(時系列がおかしくなりそうなので番外編とさせていただきます!)