キバナの家に、クリスマスツリーを飾り付けに行く。その提案に私が頷くより前に、キバナは不思議なくらいの行動力を見せてくれた。
まず、この辺をもう通販で買ったんだ、とスマホで注文済みの飾りやツリーの画像を見せてくれた。多分、クリスマスシーズンに合わせた写真を撮りたいという自己プロデュースの一面があるのだろう。見る限り、様々な飾りを多数注文したらしい。しかも闇雲に買ったわけではなく、ちゃんとキバナのセンスで選ばれていてどことなくおしゃれな飾りが多い。これは素敵なクリスマスツリーになりそうだ。
『こういうの、好きだろ?』
そうやって画面内で指し示されたのは、陶器製のオーナメントだ。生き生きとしたポケモンたちのミニチュアながらよく再現されている。
『あ、こういうのも好きそう』
次に見せられたのはフェルト製のオーナメント。中に綿が詰められてぷっくりと膨らんでいる。その上に刺繍糸でビーズが縫い止めてあって胸がくすぐられる。
『見た目は大事にしたいから、余るのを見越して多めに買ってある。いくつか持って行っていいぜ』
素敵だなと思っていたものをそのまま差し出そうとするキバナ。目を見開いて驚いていると畳み掛けるように言われる。
『あとバイト代にツリーと、イルミネーションもオレさまが買ってやろう』
なるほど。多忙なキバナに変わってクリスマスツリーを私が飾り付ける。その代わり、キバナは各種オーナメントを私に分けようと言うのだ。それにツリーに電飾までつけてくれると言う。今更クリスマスツリーのために様々なオーナメントを買い揃えるのは大変だ。けれど、働きの対価にそこをサポートしてくれようとしているのだ。
今年はクリスマスツリーなんか外で見るだけで終わると思っていた。
自分ひとりではなかなか手が伸びないクリスマスツリー。購入のいいきっかけにはなるし、この流れに乗るのも悪くないかも。そう思って、私は次の休日、キバナの家に行くことを了承したのだった。
「なんだその格好」
玄関で出迎えてくれた私服姿のキバナ。だけど第一声はそれだった。ツッコミを受けることは覚悟していたので、私も冷静に言い返す。
「今日の私は業者だから。クリスマスツリー飾り付け代行業者」
髪はお店に立つときのようにまとめて、コートの下にエプロンをかけてある。駄目押しに、社員証っぽいものを首からかけてある。これで私がこの家に出入りした姿をもし誰かに見かけられていても、清掃業者かなにかに思われて、変な誤解は受けないはずだ。
「でしょ?」
そう駄目押しで問えば、キバナもめんどくさそうに肩を落としながら、中へと招き入れてくれた。
キバナの家に来たのは記憶にある限り、二度目だ。引っ越したばかりの時に、彼が新居記念のホームパーティーを開くと言うので顔を出させてもらった。引っ越したらパーティーって開くものなのか、キバナらしいな、なんて思いながら自分なりに手土産とおめかしをして出向いたのだが、しれっと有名トレーナーが遊びに来ていて、なんだか浮いた気分になってしまったのを覚えている。話しかけてくれる人も何人かいて、積極的に会話をしてみても、結局うまく馴染めなかった苦い記憶もある。
そんな私のあまり楽しんでいない様子を見透かしてか、キバナからもあまり大きな集まりに誘われることもなくなってしまった。以来、家がここにあるということは知りながらも、訪れることはなかった。
部屋はしっかり温められていて、キバナ自身も今が冬の真っ只中とは思えないほど薄着だ。私も慌ててコートを脱いでいたが、その手はすぐに止まってしまった。
キバナの家にお邪魔して出迎えてくれたのは、飾り付けを待つ深緑のモミの木。驚いたのはその高さだ。
枝たちの広がる様子は雄大で、てっぺんが天井に着きそうなくらいで、お店のよりも大きいクリスマスツリーに思わず歓声をあげてしまった。
「すごいね!」
「昨日の朝イチで来た」
その枝を一房とって、少し擦りながら鼻を近づけると微香性のすっきりとした香りが広がる。
初めは大きさに圧倒されたものの、確かにキバナや、キバナのポケモンたちが並ぶにはこれくらいの高さがないと画面内で負けてしまいそうだ。それにまた、幾人もの客たちがキバナの元を訪れてこのツリーを見る。キバナも客人もこのツリーの前で写真を撮ったりもするだろう。
それを見越せば決して大きすぎることもないし、私のように多少の心得がある人物に飾り付けを頼むのも納得だ。
「それじゃあ、頼むぜ。脚立は用意しておいたが、無理せず上の方に何かつけたい時はオレさまに言えよ」
「うん」
頷いて、私はいまだ裸のツリーに向き直る。このクリスマスツリーがキバナを始め、たくさんの人の心を温めるかもしれない。そう思えば、やる気と同時にプレッシャーが湧いてくる。
じんわりと手に滲んだ汗。それを自覚したと同時に、自分が緊張しているという自覚もみるみる水位をあげようとしてくる。だけどそれを意外にも静かな声で断ち切ってくれたのは、やっぱりキバナだった。
「大丈夫」
いつの間にか私と同じ目線の高さまで腰を曲げていたキバナは、昼過ぎの空のような、凪いだ顔で私を見つめて、再度「大丈夫だ」と繰り返した。
「オマエが楽しんでやってくれればそれでいい」
「……うん、そうだね」
大丈夫。お店のクリスマスツリーでやった時のように楽しめば、多分店長よりは上手くやれる。自分を鼓舞しながら、私はシャツの袖をまくったのだった。
作業を始めれば、キバナの励ましの通りになった。取り掛かる瞬間は緊張で体が重たく感じられた。だけどもいざ初めて見ると、すいすいと手が動く。ひとつくくりつけて行くごとに、次はアレが欲しい、ここにコレが欲しい、と道筋が見えるようなのだ。迷いがなく物事が進むのだから、私もすぐ楽しくなってしまった。
キバナの方は机に書類や本を広げながらも、やはり私がツリーを飾り付けていく様を無言で見ている。何かが彼の琴線に触れて面白いのか、それとも暖炉の火を見るような気分になっているのかわからない。けれど、視線は常に感じていて、私が手を上の方に伸ばすとすかさず立って引き受けてくれるのだった。
「手伝うぜ」
「ありがとう。助かる」
そうやってキバナにオーナメントを手渡せば、軽々とひっかけてくれる。何も言わずともキバナはちょうど寂しいと感じていたぴったりのところに付けてくれるので、さすがのセンスの良さを感じた。
「ありがとう。ちょうどそこにつけたかったんだ」
「はは! オレさまたち息ぴったりだな」
「う、うん?」
「だってそうだろ。下の方はやってるうちに絶対腰が痛くなるからにやってもらって正直助かるしな」
「なるほど」
「なんか他にも上の方につけたいやつあるか?」
「えっと、じゃあ電飾の位置とか緩みを調整して欲しいかな……」
「ん」
ちょうどあらかたのオーナメントを付け終わり、微調整の段階に入っていた。
私は距離をとって、遠くから見た時のツリーのバランスを確認する。下の方が私が自分で直し、上の方はキバナにお願いをする。二週目の雪の結晶のもう少し上に、などの細かなお願いもキバナは上手に拾い上げて調整してくれ、ぐっとクリスマスツリーのクオリティが上がって行く。
「いい感じになって来たな。でも少しは飾り、残しておけよ」
「あ、こういうのは外させてもらってるよ」
私は別に分けてあるオーナメントたちからひとつを取り出した。モンスターボール大の丸いオーナメントなのだが、表面が鏡のようになっていて、覗き込んだ私とそれからキバナの家の様子までが歪みながらも写り込んでいる。
キバナに渡せば、すぐにこれが除外された理由はわかってもらえた。
「そうそう。こーいうの映り込んだりするんだよ」
「やっぱりね……。このツリーで写真撮ってまたSNSとかに載せるの?」
「ああ! オレさまのポケモンたちの可愛い瞬間があったら迷わず載せる」
それは楽しみだ。私も家でそんなキバナたちの写真を見つけたら、思わず笑顔になれることだろう。
最後に、実際に明かりをつけ、実際に写真を撮りながら見栄えを確認する。
「これでよし、かな」
これ以上直すところがない。そう思えたところまでとりあえず到達できた。
一応雇用主のキバナにも出来を確認しようと思った。けれど、顔をあげればそこに満足そうで無邪気な横顔があり、それ見れば評価を聞くまでもなかった。
立ったり座ったりという作業を繰り返したせいで、3、4時間の出来事ながら体がくたくただ。背伸びをして体をほぐす。
「おつかれさん」
いたわりの言葉とともに、差し出されたのは湯気を立てる紅茶だ。キバナの持つカップからも同じ香りが立っている。
「ありがとう」
湯気にほだされながら、ありがたく口をつけさせてもらう。
私とキバナしかいないこの家は、しんと静かだ。手をかけて完成させた輝くクリスマスツリーも無言で輝いている。だけどそれが嫌じゃない。
キバナの家に、久しぶりに来ることを了承したのはクリスマスツリーのセットを揃えてもらえるからという理由もある。だけど、もしかしたらしばらく彼とゆっくりと過ごす時間はないかもしれないと思った時に、普段は抑えていた欲が出てしまった。
クリスマスから年明けにかけて、キバナは本当に忙しくなる。人気者の彼があちらこちらひっきりなしに呼ばれるのは毎年のことだ。私とは違う世界の話なので、私は遠巻きに大変そうだなぁと見守る。それも毎年のこと。
例年通りに行けばそろそろ終業後のたわいのない集まりも多分難しくなる。キバナに無理をして欲しいわけじゃない。お店だって多少休業する予定があるし、そうなればカフェのカウンター越しに顔をあわせることも少なくなる。
「………」
「………」
お茶を一口、また一口と飲みながらキバナとの無言の時間を味わう。
新年を迎えて少しすれば、また変わらない日常が戻って来る。その時にお互い元気で会えればそれで良いのだけど、だけど、今年は少しだけ、さみしい気持ちを自覚してしまったのだ。
カップを手で握っていれば、中身は次第に飲みやすい温度になって、するすると喉を通ってしまう。それが今日の私にはとても惜しく感じられた。
カップの底が見えて、一息入れた後に私たちは立ち上がった。
「よし、じゃあオマエの木を買いに行くか」
「……、うん!」
前述の通り、私の本当に満たされたかった部分は、ある程度埋めてもらえた。だから、バイト代と称されたツリーのプレゼントについては今更気が引けてしまい、道中何度も「本当にいいの?」と確認してしまった。だけどキバナはその度に、
「オマエの能力を無料で買い叩くオレさまじゃないぜ」
と、私の心配を突っぱねた。
たどり着いたのは中心街から少し外れた場所にある、大型のホームセンターだ。
クリスマス用のツリーはちょうど売り時のようで、半分屋外のガレージのおうなスペースに大小様々な木が、奥の奥の方まで陳列されていた。やはりここも、すっきりとした良い匂いが広がっている。
キバナと一緒に、たくさんの木に感嘆しながら、見て回る。どこもかしこも木ばかりで、ちょっとした林に迷い込んだような気持ちにもなった。キバナも興味深げに、辺りを見回している。だけどその頭は多くの木々よりも高い位置にあるのが、少し面白い。きっとキバナにはこの売り場が、私とは全然違う世界に見えていることだろう。
すみっこにはネットをかけられた状態でストックされているツリーもあり、これら全てがそれぞれの家庭に運び込まれて、飾り付けられて行くのかと思えば、それだけでロマンチックな気持ちになれた。
「で、どうする?」
「小さいやつでいいよ。これくらいの」
言いながら、私は自分の胸の高さに指先を添えた。やせいのポケモンたちがもしかしたら窓越しに興味を持ってくれるかもしれないが、基本的には私が一人の家で飾るものだ。そんなに大きいものは必要ない。だけどキバナは歯を見せて笑いながら、私の希望とは正反対のツリーを指差しだ。
「いや、こっちにしようぜ」
「え!」
キバナおすすめのツリーを見て、私は絶句した。そのツリーは私が想定していたのより二倍は背が高い。
「大きすぎる!」
「家には入るだろ? オーナメントが足りないって言うなら、それもバイト代ってことでオレさまが買ってやるよ」
「いやいやいや、持って帰れないって!」
「当たり前だろ、なんのためにオレさまが来てるんだ」
「でも……!」
「でもでもって言うならオレさまも言わせてもらうがな! オマエこのツリーを見た時、思いっきり目が輝いてたぜ」
途端に目尻を吊り上げたキバナ。私は何か言い返す前に両手で顔を覆った。
彼に気圧されたわけではない。だって、図星だったのだ。私がその大きなツリーを特別な視線を送っていたことがキバナの目にも明らかだったなんて、恥ずかしいが過ぎる。
「バ、バレてたか……」
「そうじゃなきゃオレさまも勧めないって」
「………」
「できたらオレさまが見に行ってやる」
「……大丈夫。忙しいのわかってるから、写真撮って送るよ」
「よし、決まりだな」
無意識ににじみ出ていた、特別な感情を言い当てられたのだ。そこから調子を崩してしまった私には、もうキバナを止めることはできなかった。観念して頷けば、
「あ、オマエの家のがどうなったかは絶対に見に行ってやるからな」
有効活用したかどうかは写真で見れば十分確認できるとおもうのだけど。意固地なセリフを残して、キバナは店員を探しに行ってしまった。
キバナがカウンターで手続きを進めてる間に、私はまたもそのツリーを見上げながら息を吐いた。見透かされていた、見てわかるほど顔に出ていたなんて、恥ずかしすぎる。寒い寒い冬の真っ只中だと言うのに、顔が熱くて思わず手であおいでしまうほどだ。
だけど、多分大きなツリーにときめいた本当の理由には気づいていないことを願っている。
そのツリーに目を奪われたのは、キバナと同じ身長だったから、なんて。自覚するとまた熱が上がって来て、私は自分を仰ぐてをさらにこうそくいどうさせた。
流石に彼も心が読めるわけではない。大きめのツリーへの一目惚れを見抜かれていたとしても、真意までは気づかれていないはずだと自分に言い聞かせて、私はどうにか平静さを取り戻そうとした。
「お待たせ」
「う、うん」
振り返ってぎょっとした。キバナがあのツリーを小脇に抱えているからだ。
さすがのキバナでもツリー丸ごとを抱えて帰るなんて、かいりきが過ぎる。と思えば、彼の肩にまん丸い目のポケモン・ニャスパーがちょこんと乗っかっていて、謎は解けた。
なるほど。キバナの肩に乗っかったニャスパーが、ツリーの重さを軽減してくれているらしい。
「そのまま持って帰るって言ったらコイツが手伝ってくれってさ」
「び、びっくりしたぁ。ニャスパーのおかげだったんだね」
「よし帰るぞ!」
そうは言っても向かう先は私の家だ。だというのになんだか楽しそうなキバナが先をゆく。
キバナと冬の街を歩く。しかも、自分と同じ身長のツリーを抱えたキバナだ。それだけでなんだかくすぐったくて、私にとっては素敵なプレゼントのような時間だ。
オーナメントに、ツリー。それだけでもなんだか貰いすぎているような気がする。 そしてまた、家の中に堂々と鎮座したツリーを見るたびに思い出すのだ。この木は彼と同じ身長だということを、クリスマスが終わるまで、ずっと。
やはり貰いすぎた。でもそれを訴えるにはキバナは先を歩きすぎている。大丈夫と聞くにしてもありがとうを伝えるにしても何を言うにしてもキバナの横を歩かねば届かない。
またも上がってきた顔の熱を冷ましながら、私も彼を追いかけた。