君という名のモンスターとの出会い



 バトルフィールドの中では勝者と敗者の明暗がくっきりと、まるで異世界であるかのように別れていた。
 地に伏せたイエッサン。その体に土汚れがつく。相反するようにトゲチックは高く高く飛び上がった。勝利を喜ぶように、青空の中を、高く。

 トゲチックの重なった太陽の眩しさが目に焼きつく。はっきり言って、良いバトルだった。彼女が繰り広げたそれは、子供同士のバトルごっこから明らかに抜け出している。こんな道端で、たまたま見たものとは思えない感動がオレの胸を突いている。

 トゲチックはオレさまに縁のないポケモンだ。そもそもフェアリータイプとか、どう扱ったらいいかさっぱりわからない。
 だけど彼女を通して、頑張るトゲチックに自分の気持ちがつながったような錯覚がそこにはあった。小さな体で叩き込む「とっておき」に思わず体が前へと動きそうになり、羽ばたきに勝利への確信が乗った「ようせいのかぜ」ではニヤついてしまいそうになった。
 バトルの決着に送られた拍手と声援の量でもわかる。きっと周りの観衆も、オレと同じかそれ以上に心を動かされたのだろう。
 チャンピオンでもない、ジムリーダーもない、同い年の駆け出しポケモントレーナーなのに。彼女は見ている人の心をバトルの世界へと引き込んだ。
 自分はこの時を味わうためにポケモンバトルを見てるんだ。そう思い出させてくれる興奮の端くれが、彼女のバトルにはあった。

 オレは確信した。多分は、売れていくタイプのトレーナーだ。
 見た目は悪く無いし、仕草に汚いところがない。おぼつかないところや垢抜けてないところはあるが、広場に立つ小柄な姿はちょっと可愛らしさが漂うのだ。そんな彼女が、同じく小さな体躯のトゲチックたちと精一杯戦うのだから見ている方は自然と応援したくなる。
 トゲチック二匹という編成は難がありすぎるから、このままでは戦績が伸びるかはわからない。けど、バトルを見届けた人々は皆満足げで一様に興奮した笑顔を浮かべている。
 彼女を推薦したジムリーダーの気持ちが、オレにもなんとなくわかった気がした。

!」

 ずっと声をかけられてばかりだった。が、この時はオレさまの方から走って近寄り、彼女を呼んだ。

「良いバトルだったじゃねえか!」
「あ、ありがとう」

 ほんのりを汗をかいた。観衆の中からオレが飛び出てきたことに、あの目が驚いて見開かれている。
 は勝利の余韻や周囲の歓声に浸ることなく、ポケモンセンターへと歩き出した。その横を付き添うようにして歩きながらオレは興奮のままの声をぶつけた。

「やるな! 見事な勝ちだったし、面白かったぜ、オマエのバトル!」
「……そう?」
って追い詰められると本性出るタイプなんだな」

 からかい半分ながら、褒めたつもりだった。
 いつものポケモンと仲良くしている姿から、ただただ自分のポケモンを甘やかしてしまうタイプのトレーナーだと勝手に決めつけていた。けれど先ほどのはしっかりとトゲチックたちのことを理解し、戦略を立てていた。
 骨のあるやつじゃねえかと言ったつもりだったが、は意外なことに悲しげに目を伏せる。

「やっぱり、ちょっと性格悪かったよね……」
「は……? 性格悪いって、さっきのバトルがか?」

 は頷く。その顔はやっぱり暗く、曇っている。

「そうか……? オレが見ていた限り、卑怯だとか感じなかったぜ」
「でも……」
「アンコールで相手の行動を縛るのは立派な戦略だ。相手がサイコフィールド打ってくれて、オマエも助かったよな」

 オレの笑顔に、は曖昧に笑ったり、それを崩したりする。
 その微妙な表情でようやくオレは理解した。

「もしかして……。ずっと相手のサイコフィールド狙いだったのか?」
「……めいそうかサイコフィールド。イエッサンならどっちかは持ってると思ったから。相手を挑発したくて、何回もねがいごとをしてみたの」
「そう、だったのか」

 バトルを途中から見始めたせいで知らなかったが、どうやらは序盤から複数回ねがいごとをトゲチックに指示していたらしい。
 とくぼうの高いトゲチックを、イエッサンで突破するのはそもそも骨が折れる。そこに何度も繰り返される回復わざ。相手は火力アップのための変化技をまんまと選ばされた、というわけだ。

「な、なるほどな……。まあそれも戦略だろ。あのイエッサンはそれなりに育てられている様子だったが、交換できる別のポケモンをしっかり育ててなかったのもまたトレーナーの落ち度。オレにはそう思ったぜ」
「でも……」
「あ゛ー! どっちにしろ勝ちは勝ちだろ! もっと喜べ!」
「喜んで、いいのかな」
「はあ? ふざけたこと言ってやがるな。喜ばれない方が相手にとっちゃ嫌な気分になるだろ」

 が目を大きく見開く。そんなこともわからないのか。またオレは先輩風を吹かすように彼女に言う。

「自分から勝ちをもぎ取っていった相手には、いい顔しててもらいたいだろ」
「そっか」
「そうだ」

 オレとしては、勝者はどこまでもかっこよくあって欲しい。チャンピオン・マスタードの試合でも見ろと言いたいくらいだ。

 にオレが言わんとしてることは、一応伝わったらしい。
 歩きながらすっかり黙り込んでしまったが、表情を見れば暗い面持ちは解けている。

 トゲチックたちをポケモンセンターに預け終われば、元気になった二匹はの周りをハイテンションで飛んでいる。まるで自分たちの勝ちを祝っているようだ。
 そんなポケモンたちの様子を見るはかすかに微笑んでいる。はっきりと言葉にはしないが、彼女も一緒に勝利を喜んでいるようだった。

 そうだ。あんな良いバトルをオレに見せてくれたんだ。そういう顔をしててくれ。なんて、心のうちで呟きながら視線を注いでいたが、ふと顔をあげる。
 彼女はオレをまっすぐ見据えて言う。

「キバナ。このあと時間、ある?」







 励ましてくれたお礼がしたい。そう言ってはバウタウンの市場へと舞い戻った。手に入れた賞金であれこれ食材を買い込むと、ちょっと豪華なカレーをオレのポケモンの分まで用意してくれた。

「器用なもんだな……」

 テキパキとテントを張った手際も見事だったが、カレー作りの調理スピードにもオレは目を見張った。
 きのみから、余分な部分を切り取る手つき。鍋を底からかき混ぜる時も丁寧だ。
 出来上がったカレーも、盛り付けや色合いが鮮やかだ。炒めた食材の半分を一度取り出していた成果だろう。半分は煮込み味をなじませ、半分は後から入れることで見た目がよくなっている。
 こういう手間をかけたカレーを見るのは初めてで、オレは食べるより先にまじまじと観察しています。

「食べたらなくなっちまうの、なんだかもったいないな。写真にでも撮りたいくらいだぜ」
「そ、そこまで言う?」

 スプーンを手渡してきた顔はかすかに照れている。バトルでは一瞬殺気立ったりしたくせに、随分落差が激しいもんだな、とオレは声に出さず思う。

「……うまい!」
「キバナもキバナのポケモンも、いっぱい食べてね」

 そう言って黙々と食べ始めた少女は、やっぱりバトル時とはかなりのギャップがある。
 改めて今日、の戦う姿を見られてよかったと思った。トレーナーとして見直したのもそうだし、あのバトルには、見た目でも言葉でも語られることのなかった彼女の一面が散りばめられていたからだ。

「今日のバトル、ちょっと嫌なやり方で勝った気がしてたから、キバナが祝ってくれて気持ちが楽になったの。本当にありがとう」
「別に。オレは普通のことを言っただけだぜ」
「そっか。その普通が、私にはまだまだわからないみたい」
「ああ、オマエってポケモン以外にはあまり友達いないタイプだろ?」

 図星だったのだろう。カレーを食べていた動きがぴたりと止まる。
 ずばり言い当てすぎて、人によっては怒り出すような指摘だ。だけどは「そうだね」とあっさり同意する。どこかでその反応が予想できていたオレは、どうやらという女の子のことが少しずつ掴めているようだった。

「だからまたオレさまがまた教えてやるよ」
「ありがとう……」

 また彼女は少し照れているみたいだ。目線は斜め下。何も無い自身のつま先を見ている。だけど、頬にはしっかり感情が赤く色づいている。そのままの姿勢で、オレを見ないまま彼女は言った。

「あのねキバナ相手だから、本音を言うんだけど……」
「ん?」
「相手のトレーナーは多分、私には勝てるって思ってバトルを申し込んできたの。私自身も強そうな見た目でもないし、かわいいトゲチックが二匹相手に負けるわけがないって、こっちのことハナから見くびってた」

 は、見た目はかわいい。きっとこれからファンがつくだろうなと思えるくらいに。イエッサンのトレーナーに、見くびられるくらいには。
 その顔、小さな唇が、微かに彼女の性のかたちに歪む。

「だから、勝って、すごく嬉しい」

 ぽかん、としてしまった。不意に見せられたその性根が、あまりにバトルを生業としていくトレーナー向きだったからだ。
 まったく、本来の彼女はかなり良い性格をしているらしい。

 初めは待合室でのマナーを教えてやり、それからリーグカードのことを教えてやり。彼女の面倒を見てばかりだったオレは、彼女を顔見知りとして数えながらもどこかで見下していた。彼女を推薦したジムリーダーの気が知れないとまで思っていた。
 だけど今日、見事なバトルを見せつけられた。全神経を駆使してポケモンと共に勝ちを手繰り寄せる姿は、見た目を裏切るほど勇ましかった。
 バトルの直後は勝利に戸惑っていた。けれど後からその外面の奥を覗き込めば、そこには確かにポケモントレーナー足り得る強欲な人格が眠っている。

 端的に言えば、オレは彼女が好きになった。勝って嬉しいと溢して笑ったその笑顔ひとつで。
 を同じ頂を志す仲間だと思えたし、友人として彼女の面白さに、オレは気付いてしまったのだ。