朝起きて、窓を開ける前から素晴らしい晴れの予感が胸いっぱいにあった。だって厚いカーテンの裾がもう光っている。窓を開け放つと期待を裏切らない朝日が、東塔にあるわたしの部屋に駆け込んだ。
 オルドラン城を輝かせるのは、太陽だけじゃない。城中の水晶が朝日を反射しているからだ。水晶の光が城壁を照らしている。

 我らがオルドラン城は世界のはじまりの樹の影響を一番に受けた国土に在る。地面から芽吹いたように生えているクリスタルもその影響をよく表している。透き通った青い光を宿したクリスタルは地面だけでなく、城壁の隙間からも現れる。わたし達の生活とは切っても切れない存在だ。狭い廊下などにも容赦無く生えてくるのは困りものだけれど、こんなに綺麗な物との縁なら切れなくて良い。
 オルドラン城で働くという決してたやすくはない使命。それに従事しようと強ばる心を癒してくれるのは、こんな、自然の不思議だったりする。こうして結晶の輝きを見るとき、この国、そこに生きるわたし達は世界のはじまりの樹と共にあるのだと実感する。

 光を宿した美しいクリスタル。ここで働くうちに、わたしはその中にも他よりひとつ出て好きなクリスタルというのを見つけた。
 大木の下にそっと生え、ふくらはぎまでの高さに伸びたクリスタル。木の影にそっと生えているだけでなく、彼の横には小さな花が咲いている。普通、木の葉に遮られ木の根本には花など咲かないはず。けれどクリスタルの光が小さな花を育てたみたいなのだ。

 ここだけの話、わたしはそのふたつを、わたしとアーロン殿に見立てたことがある。
 空色を写し取ったクリスタルと、そのおかげで咲くことが出来る小さな植物。自分を花に例えるのは戸惑われるけれど、クリスタルはアーロン殿にぴったりだ。
 ほんの少し休憩を与えられるとわたしはこのふたつが息づく木陰に来て、そっと息を共にする。時たま、クリスタルの中に見えそうになる人を思って冷たく堅い表面に触れてみる。

 この水晶を想わせる人。あなたの光あってわたしは毎日頑張れています。孤独も、見向きもされない恐怖も、あなたが生きていることを思うと薄れていくのです。
 きっと一生伝えることはないけれど。

 人を惹きつける輝きを持ったクリスタルは本当に、わたしの想いまでを吸い込んでしまいそうだ。
 わたしが自分を持ち直す瞬間は得てしてこのような何も言わない命と共にあったりする。






 明日植え代える予定の花の苗を運んでいたときだった。わたしは特徴的な色のマントを見つける。アーロン殿だ。アーロン殿はクリスタルに手を当てている。次の瞬間、クリスタルが内側から光って、わたしは苗を落としそうになった。
 あれは光らせることが出来たらしい。どうやって光らせているのだろう。波導使いの力なんだろうか。
 視線を注ぎすぎてしまったらしい。アーロン殿が振り返って片手を上げる。


さん!」


 わたしは慌てて会釈をした。


「ああ待って。行かないでください。せっかく会えたんですし」
「は、はあ」
「手伝います」


 そういうわけにはいかない。わたしは慌てて荷物をアーロン殿から遠ざける。


「遠慮はいりませんよ」


 髪の毛の先が当たって痛いくらいに顔を左右に振ると、アーロン殿は苦笑しながらも手を引いてくれた。


「どうしてそんな強く拒否されるんです?」
「だって、悪いです」
「良いじゃないですか、少しぐらい。本人がこう言っているんです」
「そういうわけにはいきません。それにアーロン殿は今だって何かされていたでしょう」
「ああ、あれは」


 アーロン殿は先ほどまで触っていたクリスタルを振り返った。


「ルカリオに伝言を送っていたのです」
「伝言……」
「あれ、知りませんでしたか?」
「はい。あのクリスタルが何かに使えるということ自体、初めて知りました」
「こうするんです」


 すぐ足下にあった小さなクリスタルに手を当てる。先ほどのように内側から光が起こって、わたしのつま先を照らした。


「ルカリオに“さんに会った”と送りました。同じく波導を使える者ならクリスタルを使って通じ合うことが出来るのです」
「………」
「はは、全く理解出来ないって顔してますね」


 不可解、というのが顔に出てしまっていたらしい。
 光を治めていくクリスタルをつぶさに見つめてみる。念じるという感覚はあっても、言葉でも文字でもないことをどうやって読みとるのかが、欠片も理解できなかった。


「でもさんも使ったことがあるはずです」「いいえ、全く」
「おかしいな。数日前、流れて来たのですが」
「どんな? それは本当にわたしなのでしょうか?」
「えっと……」


 なぜかアーロン殿は明後日の方向を見ながら続けた。


「“この水晶を想わせる人”」
「!!」
「とか、なんとか……」


 髪の毛が爆発するかと思った。驚いて、顔が急に熱くなって、手がぷるぷると震えて来る。
 その出だしは、わたしが好んでいる水晶に触れて考えた言葉そのものだった。あれがまさかアーロン殿に読まれているなんて、そもそも心で想ったことが読まれることがあるなんて。
 アーロン殿は眉尻を下げてわたしを見てくる。


「やはり貴女でしたか。さんにもあのように強く想う方がいらっしゃるんですね、知りませんでした」
「わ、忘れてください!」


 もうしばらくアーロン殿の顔は見られない。よろめいて後ずさりしたせいで苗木がぼろぼろと落ちていく。それを必死で拾い集め、わたしは逃げ出した。
通路に落ちてしまった土は、この顔の熱が落ち着いた頃、片づけに行こう。