食堂は酷い混雑に見舞われていた。ごった返す人の隙間をかき分けて、ようやく受け取ったお昼の軽食。こんなところじゃゆっくり食事なんて出来やしない。
 そこからまた隙間を縫って退場し、わたしは木の下に腰かけた。人の多すぎるところは苦手だ。せっかくこれから食事なのに、気疲れしてしまった。ため息が出てしまう。

 木の器に転がるクラッカー。火の通って角が丸くなったお芋と少し混ざったハーブ、それにジャム。これが本日の食事。外の空気と一緒のお昼もきっと悪くない。こっそり、誰の目も留めない内に食べてしまおうと口を開けた。


「こんなところでどうされたんですか」
「っアーロン殿」


 はしたないところをアーロン殿に見られた。急いで背筋を取り繕ってクラッカーを器に戻す。
 そのままアーロン殿がわたしの横の木の根に腰かけるのだから、にわかに緊張が高まった。


「食堂は?」
「なんだか兵士の皆様で盛り上がってまして」
「それで追い出されてしまったのですか」
「わたしが勝手に出てきました。きっと料理長殿から何か精のつくものでも用意されたのでしょう」
「なるほど。今日は第三金曜日でしたね」
「はい。皆様、素敵な笑顔でしたから、もしかしたら甘い物かもしれません」


 先ほど見上げた兵士の頬は興奮の色に染まっていた。


「その様子に気が引けましたか」
「……どうして分かるのですか」
「勘です。当たりましたか?」
「はい」


 アーロン殿の言うとおり。皆が浮き足だった笑顔だったことも、食堂を出てきたひとつ理由になったと思う。
 わたしは大勢が楽しそうにしている中で居場所を見つけるのが大変苦手だ。何度馴染もうとしても出来ないのだから、わたしは生まれながらの根暗の素質を持っているのだと思う。


「貴女もこの城の一員なのだから、堂々としていれば良いのに」
「すみません」
「謝る必要はありません」
「すみません、どうしても苦手なんです。水を差してしまいそうで」
「楽しそうにしている人々が貴女がいることで気分を変えられる、と思うんですか」
「そう、ですね。暗いことを言ってしまいますが」


本当に暗いことと思っているのなら、言えない。後ろめたいと思いながら、自分の考えるそのままを話し出す。
いつも耳を傾けてくれるアーロン殿もきっと今日もそうしてくれると甘えた算段を立てて、話し出す。


「わたしは誰かがわたしを見て感情を揺らす様を見るのが、とても苦手です」
「………」
「例えどんなことでも。わたしが他の方の何かを変えてしまうのは怖い、です……」
「なんだか貴女の言葉と思えません」
「わたしはずっとこうです。人の目の色を伺って生きている臆病者なのです」


 やはり気持ちを曇らせてしまう話題だった。アーロン殿は押し黙ってしまった。申し訳ない気持ちになって、暗い話題の出口を探す。


「でもきっと、人の目を伺えなければわたしの仕事は成り立ちませんので臆病者で良かったと思うことにしています。それに、アーロン殿はいつも冷静でいらっしゃって、有り難いです」
「私が?」
「いつも落ち着いている、と言いますか」


 この方はわたしなんかが影響を及ぼせる方じゃない。わたしの何かで気持ちを変えることは無く、アーロンという人物の形に痕を残すことは決して無い。アーロン殿の静けさは別種の信頼を抱かせてくれる。そういうところが安心を与えてくれるのだ。


「……貴女を見ている私は、あまり感情が揺れていないように見えると言うんですか」
「はい」
「それはなんと言うか……残念な報せですね」
「え?」


 なんでもありません。木陰の下でアーロン殿が笑う。


「それより、食べないんですか」
「アーロン殿がいらっしゃいますから」
「私の目など気にしないでください」
「いえ」


 アーロン殿がいるというのに食事に勤しむなんで出来やしない。遠慮しているのもある。でも第一に、あまりこちらを見られていては食べにくいというものだ。


「何かご用事がおありなら……」
「いえ。私の用事は終わりです。ごきげんよう」


 そう言って去っていったアーロン殿はものの数分、わたしがクラッカー二枚目を食べ終わらない内に木の器を持って帰って来た。


「私も隣、良いですか」
「どうして……」
「ここがとても気持ち良さそうだからです」
「そう、でしたか」


 波導使いのアーロン殿。戸惑いを覚えるほど、物好きな方だ。


「食堂、本当にすごい人でした。見てください」


 先ほどと同じ、わたしの横に伸びる木の根に腰かけたアーロン殿はひとつの包みをわたしに見せた。


「私もちゃっかり貰ってきました。みんな何に並んでいるかと思ったら、チョコレートだったようで。チョコレートなら納得ですね」
「はい。やっぱり、甘い物だったんですね」


 いつもは威厳と威圧感を走らせる兵士の全員が、チョコレートを待って顔を綻んだばせた
のだと思うと微笑ましい。
 日々の労働の見返り、そしてたまの楽しみとして差し出されたチョコレート。その甘味を皆は口にしたのだろう。

 そのチョコレートがアーロン殿の手の中、翻り、わたしの前に差し出された。


「これ、いつも頑張っているさんに」
「………」
「受け取ってください」
「で、でも。これはアーロン殿の物です」
「私はもう食べました」


 そう言って、アーロン殿は欠けたところの無いチョコレートをわたしに握らせる。
 波導使い殿だからと、たまにのチョコレートをふたつ、貰えるものなんだろうか。わたしには分からない。


「食べないのですか?」
「……大事にとっておきます」
「そうですか」
「ありがとう、ございます……」
「いいえ」


 どんな顔をしたら良いのか分からない。そんな顔を、わたしはしていたことだろう。