突然だが貴方は前世というものを信じるだろうか。私は何があろうとも信じないというスタンスを貫きたい。このような言い回しをするのは、私の身には前世を信じるに値する感覚が多すぎるほど宿っているからだ。
私には複数の人間として生きて死んだ記憶がある。記憶だけでなく身体感覚として残っている場合もある。例えば、好きな食べ物、好きな色。どことなく苦手な人の種類。そういうのが、記憶の中の、私ではない男と重なる時が少なからずあるのだ。
記憶から見る他人の一生は一編の物語のようだ。どれもが甲乙つけられないほどドラマと情感に溢れている。中でもアーロンという男の記憶は物語として人の耳をとても楽しませてくれる。時代はいつだか分からないが、不思議な力の使い手として王女の統べる城で働いていたアーロンは、とある戦争を止めることに尽力し、平和と引き替えに命を落とした。どうだ、彼の人生は本当に物語、伝説のようなのだ。
このアーロンなる男の記憶は他のどれよりも強く残り、私に影響を及ぼし続けている。アーロンの記憶がわたしに一際強く宿った理由は、彼が劇的な人生を歩み、終え、そして未練をも抱いて死んでいったからであろう。
実は、私はそんなアーロンがあまり好きではない。理由は一心に、気ままに生きたとしても自然とアーロンと似通っていくのが、気分が良くないのだ。
アーロンが死の間際に抱いた未練。それは、ルカリオという特別な絆を持っていたポケモンを遺していったことだ。友達、主人と従者、先生と生徒。様々な絆で結ばれたルカリオを、アーロンは戦争の犠牲を自分一人にとどめたいという意志の元に、問答無用で封印を施し切り捨てたのだ。ルカリオが自分と共に命を落とすことを防ぐためとはいえ、アーロンはルカリオを裏切ったことを後悔したらしかった。
そして私は今、ルカリオを相棒としている。私がルカリオを選んだことにアーロンの記憶とは全く関係無い。私とルカリオの出会いは運命、そうなって然るべきと思えるような出来事であって相棒となったのだ。アーロンの感情とは関係無く、私は、私自身の感情でもってルカリオを選んだのだ。
……けれど証拠になるものは何も無い。それを聞いてくれる人も、またいない。
厄介なことに、彼は姿まで私とよく似ている。両者を知る人間がいるなら必ず言う。「生き写しだ」と。私の生きる世がもう少し厳しい世界なら、私の身体から余裕が奪われ、ますます彼によく似たことだろう。
アーロンと私はよく似ている。それ故に、ゲンという名を持つ私のアイデンティティを脅かす。
私は私である。どれだけ似ているとしてもアーロンとして生きているわけではない。アーロンのやり直しでもない。変わってしまった時代の中、彼の何かを取り戻すように生きることは、不服である。
だから前世は信じない。私が己の人生を生きるためには、その方が良いだろう。
しかし無意識に振り向いてしまう時がある。足を引き寄せられる時がある。歩いてみようと思った道の先、ふと目線が走ったところに数秒経ってその人が現れ、視界を過ぎる。こんなこともあった。後ろ髪を引かれるような心地で立ち止まると、小さな人影が私を追い越していく。
その全てに必ず、ひとりの女性が絡んでいる。わたしは彼女が来る場所を、未来予知したかのように無意識に先取りしてしまうのだ。
子供の頃から私は妙に身体感覚が鋭かったが、それだけで説明出来ない。その人は言うなれば、引力を持っている。私自身に訴えかけるような引力を。
今もそうだ。目線の先が紐で結ばれたように決まっている。そら、彼女が通るぞ。少々うんざりした気持ちで帽子を傾けると、やはり彼女が駆け足で通り過ぎて行った。
彼女のことはまだよく知らないが、その人とよく似た人のことならよく知っている。私の知り合いではない。彼女、は“アーロン”の記憶に棲みついている。
彼女は、アーロンの愛した人なのだ。