私に幾人か大切な友人がいるように、出会うべき人というのはいるのだと思う。友と会っている時の安らぎを思うと、縁で結ばれていると信じたくなるものだ。たださんとの繋がりを私は縁ではなく呪いのようだと感じている。
縁も呪いも、人を繋げ縛り合うという意味ではそう大差なのかもしれないが。
さんの同僚の次に、遠回しに私と彼女を結びつけようとするのは、私の横に降り立った一羽の鳥、さんのピジョットだった。
ベンチに座る私の横で大人しくしているピジョットにくたびれた声で話しかける。
「また来たのかい」
じっと対話する視線が返ってくる。
ピジョットがさんの仕事の隙を見てボールから抜け出しているのは分かっていた。
私はさんの大まかな勤務時間を知っているからだ。
何するでもなくただ私の横へ降り立つピジョットに、正直居心地の悪さを感じている。
何を求めて彼は私の元へ現れるのだろう。けれどピジョットが感情を揺らすことは無い。仕方無いので私は手持ちのパンを少し分けてやる。
「君が抜け出しているのを知ったら主人が心配するよ。大切にされているんだろ? なら君も主人を安心させてやりなさい」
聞き入るように私の言葉を受け取るピジョットの態度は服従を感じさせる。物言わぬピジョットが私は苦手だった。彼をずっと向き合っていると、アーロンと自分がシンクロしていく気がするからだ。
ピジョットも、アーロンが従えていたポケモンだった。アーロンが指笛を鳴らすとどこからともなく現れ、その背中にアーロンを飛び乗り移動を共にしていた。
ピジョットは指笛を吹いたアーロンを待たせたことが無かったし、飛び乗ってくるアーロンを落としたことなど無かった。確固たる信頼関係が一人と一匹の間には築かれていたように思う。
「アーロンという男を知っているか」
そう問いかけたのは相手が詳細な言葉を話さないピジョットだったからだった。
私にとってまだアーロンのことは、どこか答えを聞きたくない問いなのだ。
「もし君がアーロンを知っているなら聞きたい。君はなぜ、さんを選んだ」
それは答えの欲しい問いだった。
不思議だった。アーロンとあんなに息の合ったポケモンがどうして私ではなくさんの元へ身を寄せたのか。
私の記憶のある限りでは、ピジョットはさんとの繋がりを持たないのだ。彼女を一度二度、ピジョットの背に乗せたことはある。けれどそれ以上のことなどありはしない。
オルドラン城の中にあった関係性、全てが再現されているわけじゃない。けれどさんとピジョットが並ぶ図を見ていると、私の中で何かが引っかかるのだった。
考えにふけりながらピジョットを見やると、なぜか彼は闘志を目に燃やしていた。休めていた羽を震わせ、挑戦的に私を見ている。
ニヤリと私は笑う。
「やるか?」
ほこりを払いながら立ち上がる。邪魔になるであろう上着を脱いで、少し肩を揺らしてから構える。私が目を瞑るのが、アーロンとピジョット、二人の合図だった。
ばしばしばし、と力の弾け合う音、それからお互いの体の動く音が立つ。
ピジョットは大きなくちばしと羽で私に攻撃し、それを私は手のひらで流し、かわす。
それはアーロンとピジョットが繰り返し行っていた組み手だ。
もちろんピジョット側は早さ以外は手加減をしているが、くちばしが万が一手のひらにでも刺さったら相応の傷を負うだろう。昔の人の武術は本当にリスクが高い。
緊張に体の動きを奪われないようにしながらも私は必死に暗闇の中ピジョットの攻撃を探り、流した。
一通りの攻撃の型を終えたらしい。ピジョットから連撃が止む。
一礼をしてから、私は彼のくちばしを受け止めひりひりする手のひらを見つめた。
「驚いた。私でも目を瞑ったまま出来るとは」
羽を納めたピジョットもどこか満足げだ。
私も少し汗をかいた首筋に冷たい風が当たり、爽やかな心持ちだ。
「アーロンはアーロンで私は私だ。彼ほどの力は私には無い。波導は感じるが遠くを見たりは出来ない」
「私はアーロンでは無いよ」
「だから、君も今の自分を生きるんだ」
そのくちばしを掻いてやるとピジョットは目を細める。アーロンのピジョットも、こうやって可愛がられるのが好きだった。
「あの人のポケモンになったのだから君があの人を守ってやりなさい」
物言いたげなピジョットの視線をかわし、脱いだ上着に腕を通すと私はその場を発った。
「今日は稼ぐぞ」
ボールの中のポケモンたちにそう話しかける。
今日はめいっぱい稼いで、そしてしばらくは彼女にもピジョットにも縁の無い場所へ行こうと、そんな計画を私は立てていた。