夢の中で、私は空を飛んでいた。
見知らぬ風景だ。シンオウ地方では無いどこか。
水色の山脈。どこまでも広がる大地にビルは無い。家屋はあるが、石と木の古ぼけた建築様式。きっと現代では無い世界の空を、私は飛んでいる。
体が風に乗って浮く。
まさに夢心地で、とても気持ちが良い。空には何も制限がなく、どこへでも飛んで行けそうだ。
けれど、私は何故か振り向く。
ここからは何も見えない。けれど何かが、私を呼んでいるようだった。予感が胸を締め付け、私は何かに呼ばれるまま方向を変えて飛ぶ。
羽ばたきながら高度を落とすと、崖が見えた。
崖の上には道があるが、ぬかるみ、ひどく荒れていた。ただでさえ、柵も何も無い道。呆然と見やりさらに降りていくと、私は崖下にあるものを見つける。
それは血まみれの死体だった。
色あせた衣服。つぎはぎのスカートをまとった女性の死体だった。
崖から落ちてしまったようだ。岩に肌を擦ったのだろう、彼女が滑ってきたところに掠れた血の道が出来ていた。
横に降り立つ。と、彼女の、今まさに失われようとしている瞳の光がわたしを捕らえた。
まだ息はあるらしい。
彼女を助けなければ。そう思うのだが、周りに誰もいないということは今まで空を飛んできた私がよく知っている。直にすでに彼女は助からないだろうと悟った。
例え今すぐの処置があったとしても、彼女は死ぬ運命なのだろうと私には思えた。
私は彼女のことをよく知っていた。
彼女を取り巻く世界が優しくないことも知っていた。
彼女が若いとしても、すでに若さなど燃やし尽くし、命の限界まで生きてきたことを私は知っていた。
“あの人”がいない今、彼女のこの先にさほどの幸せが無いであろうことも、知っていた。
痛みからか声を発することができない彼女は、私を見つめるばかりだ。その瞳が、謝罪を伝えようとしているのだと私には思えた。
そんな顔をしないで欲しいと思った。
涙が私の唇を伝った。
程なくして彼女の瞳が濁った。
ああ死んだのだな、と思った。全身に痛みを受けて、瞼を閉じずに、死んだのだな。
彼女の死を見届けた後、私は黙々と彼女の葬儀を行った。
うつ伏せに倒れていた彼女の顔を空に向けてやる。ひしゃげた手足をどうにかそろえ、人間っぽくさせてから、そこら辺に何故か舞い散っていた花をかき集めた。それが無くなれば私はまた空へ飛び、花や、良い香りのする枝葉を摘み、彼女の上へ被せた。
そして彼女の痛々しい姿が隠れ、この景色の一部になるまで私は繰り返し花と草木を摘み、運んだ。
それが、私に出来る弔いの方法だった。
私であれば彼女の遺体を抱え、人間たちの元へ連れて帰ることも出来た。けれど、私は彼女をこのまま大地とひとつの存在にしてやりたいと思ったのだ。
城に連れ帰っても、彼女の死を一番に痛む人はもうそこにいないのだ。
アーロンも、波導の中に溶けていったのだから。
彼女もそうなるべきだと、私は思ったのだ。
夢から飛び起きた私からは、ああ、というような嘆きの声が漏れた。
ひどい夢を見た。紛れもない悪夢。決して美しく死ねなかった、さんの死体を弔う夢。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
動悸が収まらない。夢の中見た光景が繰り返し目の前で、瞼の中で、光る。
悲しいと感じるよりも前に体が反応を起こして、私の頬を濡らした。
夢なのに鮮明で、けれどアーロンの記憶ではない、今まで欠片も知らなかった惨劇。
私は何を見たのだろう。想像の産物か、記憶か。
誰かの知らない人間の死に様ならこんなに胃をかき回されることなんて無い。だが吐き気がこみ上げる。アーロンの愛したと、私と同じ世に生きるさん。二人がそっくりであることを私はひたすら呪った。