向かいの席に座っていた友達が、大きな大きなため息を吐く。はっとした私はすぐに自分が何をやらかしたか気がついて、彼女に謝った。
「ごめん、聞いてなかった」
気持ちがどこかに行ってしまい、目の前で言われたことを聞き逃す。私の悪癖である。
もう一度ため息が吐かれてしまった。だけども数年来の友人は私の悪い癖には慣れたもので、すぐに呆れ顔を私に向けた。
「やっぱりねー。そうだと思った」
「ちょっと考え事してた、ごめん……。えっと、なんだっけ。最近出会った人がかっこよかったって話だっけ」
「惜しい。顔が良いと勝てないことが多いって話」
ケーキをつつきながら展開されるのはガールズトーク。揺れがちな話題の中、彼女が口にしたのは好みの恋愛対象との出会いについてだったようだ。
先日参加した集まりで不意に出会った男性が、彼女にとってはどんぴしゃな容姿だったようだ。
有名人の誰に似ていて、背も高くて、でもとにかく顔が強くて……と彼女は熱弁する。そうなんだ、と相槌は打つものの、私はいまいち同じ温度感で話せない。
容姿へのこだわり、情熱に差があることを感じ取り、友人はため息混じりに笑った。
「こっちにとっては顔が良い男はこうかばつぐんだけど、はイマイチだよねぇ」
「あはは、そうかも」
「の元彼の顔、すんごい良かったから共感してくれると思った」
「あー、フリードねぇ……?」
元彼。言われ慣れ、聞き慣れてきた言葉のはずなのに、フリードをそう現す違和感はまだ私の中に残っている。
「そうだよね。あれってイケメンとかハンサムって呼ぶんだよね」
「明らかにそうでしょ。生まれてから死ぬまでひたすらモテてるタイプだって」
確かに前からあちこちで告白とかアプローチされてた。SNS投稿のサムネイルに勝手に使われたとぼやいてた事もあった。
表情の豊かさや懐の深さで、老若男女の心を許させてしまうような人誑しでもあった。
私もなんだかフリードがこっちを向くとやけに眩しい、見てられないと思った時があった。
「も付き合ってて色々大変だったんじゃない?」
「大変って?」
「あの顔面レベルだったらのことさえ無視して略奪してくるヤバい奴とかいそうじゃん……」
「うーん。でもフリードって、女の人に捕まらない所もあるし」
「でたよ、その余裕」
「余裕とかじゃないって。フリードのことそういう人間だと思わない?」
実際にフリードは、告白してきた相手の誰にも捕まらなかった。そもそも誰にも捕まえらえる人じゃない。むしろ周りを巻き込んで振り回して、でも笑って許して着いていってしまう人たちの心をしっかりキャッチして、いつも中心にフリードはいた。
そんな彼は、ほんの少しだけ私の隣や、向かいの席や、同じ部屋にいた。こうやって振り返るとますます不思議でならない。フリードとの間に恋人だった時間があることが。
なんで恋人だったんだろう。もし理由があったならそれは、フリードが言わなかったのか、私がちゃんと聞いていなかったのか、どっちだろう。
「ー? 聞いてる?」
「あ、ごめん」
また自然と考えに耽っていた。友人は慣れた様子で話題を繰り返してくれる。
「だからさ、も彼にやきもちのひとつでも見せてあげればよかったのに」
考え込んでいる間にそんな話題を振られていたのか。顔を引き攣らせてしまった今では、もう聞かなかったふりはできない。
「えー……? 可愛い子が嫉妬するなら男の人も嬉しいかもしれないけどさ」
私がやきもち見せて、何になるんだか。それが本音だ。
フリードだって反応に困ったことだろう。
誰が誰を好きになろうが自由であるはずのことを、理不尽に身勝手に踏み躙る。そんな感情、存在していても心の無駄遣いなんじゃない。私はそう思ってしまう。
「一度くらいは可愛く、思いっきり嫉妬しておくと浮気防止になるって聞いたよ?」
「ふーん? でもフリードがそういうの嬉しいって感じるタイプとも思えないかなぁ」
「意義あり。結構気にしてるように見えたよ。あんまりがフリーだと思われないように立ち回ってた。これは絶対!」
友人の勢いに私は気圧される。
「だって私とと、他男女交えて何人かで喋ってると、絶対これ見よがしに迎えに来てたじゃない!」
「そうだっけ?」
確かに、雑談中にフリードが迎えにきたという場面は何度かあった記憶がある。でもそれは何かしら用事があったりしたためだ。
別に余裕そうに私に声かけてきていたし、呼び出しも全部が自然な理由だった、と思う。
それにフリードはいつも急なタイミングで現れる。別に特別な出来事ではなかったから、友達の言い方を私はすんなり飲み込むことができない。
「そういえば当時もあんたに言ったよ。彼氏が見せつけに来たね、良かったねーって!」
「えー……?」
「もしかして」
「記憶にないんだけど」
「ってことはあん時も聞いてなかったんだ?」
「うっ、ごめんなさい」
本日三回目の謝罪。となると私も少し落ち込んでくる。我ながら聞いていなさすぎである。
「でも、フリードが見せつけ? ほんとうに?」
「絶対そう。口では大っぴらに言わなかったけど、アピールしてたんじゃないの? オレたち付き合ってますよ、的な?」
「うーん……」
友人は自信満々にフリードの行動を分析する。なぜそう言い切れるのか、私にはさっぱりわからない。
『行くぞ、』
そう言って私を呼んだフリード。思い出してみたけれど、どの記憶でもなんだか読めない表情をしている。
フリードは。ポケモン博士になれてしまうくらいの頭脳の持ち主だ。だから決して何も考えていない男ではない。それなのに元の性格が単純そうに見えるから、深読みがしにくいのだ。
「あーあ。フリードの話されちゃったから、なんか色々思い出しちゃうなぁ」
「元彼、旅に出ちゃったんだよね? 今どの辺なの?」
「知らなーい。目的はあるだろうけど、ルートが決まった旅じゃないからね」
だからやりにくいって言ったらありゃしない。
あの時、どういうつもりだったの。そんなの今さら聞いても意味はないし、聞ける距離に彼はいないのだった。