フリードから唐突にもらったビデオ通話。タイミングは急だったし、私も部屋着のままだらけていた時だった。だからといって、

「なんで?」

 一番にそう言ってしまったのはすぐに後悔した。多分これは可愛くない反応に分類分けされるだろうから。
 フリードには気にした様子はなかったけれど、私は彼から見えないところで自己嫌悪のじっとりした汗をかいていた。

「まあいいだろ?」
「うん、悪くはないです……」

 手櫛で髪の毛を雑に直しながら言う。
 私とフリードは恋人を辞めて、友達に関係を巻き戻したのだ。連絡くらい好きに入れてほしい。一度付き合ったから、そして別れたからと言ってぎくしゃく余計な気を回さなきゃいけないのが一番めんどくさい。誰だってそうだろうと、私は思っている。

 画面の中のフリードを見ると背景は明るい街中。どうやら今は船から降りているらしい。そのおかげか通信も安定しているし、背景もガタガタ揺れたりしない。
 見知らぬ街に行き交うポケモンは、やっぱり私の周囲では見ないポケモンが入り混じっている。
 ああ、いいな。私も早く次の旅先を決めたいと思ってしまう。

「……あれ?」

 画面越しのフリードを前に、ふと、私の頭に何かが引っかかる。なんだっけ。数日前に見返した今月のカレンダー。スマホが自動入力してくれていた予定には、確かケーキのマークがついていた。。

「やっぱり、そう、だよね」
「ん?」
「あのさ、今日ってフリードの誕生日じゃない?」
「……そうだったか?」

 フリードの通話をつなげたまま、私はカレンダーアプリを立ち上げた。やっぱり今日の日付の下に、フリードの名前が書いてある。

「そうだったか、じゃないでしょ。自分の誕生日じゃない!」

 ポケモン博士になれるくらい頭も記憶力も良い彼が、自分の誕生日を忘れるなんて本当にあるんだろうか。私の呆れた目にフリードは誤魔化すように笑顔を浮かべている。

「全く……。でもフリード、お誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとう」
「といってもおめでとうを言うしかできないけどね」

 もしフリードが近くにいれば小さなブーケを買うとか、使いそうな日用品をそっと贈るとかしてあげられたかもしれない。
 世界のあちこちへ行ってるフリードに何かを渡すのは至難の業だ。専用のペリッパー便に相応のお金を払うか、他地方にも対応してくれてる個人ドライバーに依頼すれば多分可能だ。けれど高額になるし、そこまでするのはなんだか重たい。

「当日なのに何も出来なくてごめんね」
「気にしなくていいが……。それじゃあ俺の誕生日に免じてケーキでも食べるのはどうだ?」

 何言ってんの、と私は吹き出すように笑った。

「ケーキを食べるのはフリードの方でしょ? みんなにちゃんと祝ってもらいなよ」
「わかったわかった。もちゃんと今日中にケーキ食べるんだぞ」
「な、なんで?」
「一番好きなの思いっきり食べろよな! あそこのケーキがいいんじゃないか? 一緒に行っただろ、本屋の近くにある店だ。ジャムの乗ったチーズケーキ、すごい幸せそうな顔で食べてただろ」
「だからなんで!?」

 なぜ本人じゃなく誕生日でもない私がケーキを食べる流れになっているのか。全く掴めない。これもフリードが大事なことを言ってないせいなのだろうか。
 顔の周りにハテナを浮かべていれば、遠くで、誰かがフリードを呼ぶ声がする。フリードも遠くへ、今行くと返事をする。
 ああ、タイムリミットだ。私が察した通りにフリードが通信の終わりを告げる。

「元気そうで何よりだ。じゃあな。ケーキは食べろよ」

 そう言い切るとフリードは画面からパッと消えてしまった。

「相変わらずだなぁ……」

 自分が満足するとすぐ次の行動へと移って行ってしまうところが相変わらずだ。
 私はため息と共に肩と落とした。

 というか、なんでそこまでケーキを推すんだろう。しかも自分が食べられないケーキなのに。
 だるい頭を傾けて見た外は晴れ。でもフリードのいる場所とは違う角度の日光が、窓の外を照らしていた。



 結局ケーキは食べた。なんだかんだタイミングが合ってしまったのだ。街に出て少し疲れを覚えたところでフリードと何回か通ったカフェの前を通ってしまった。

 味は変わらず。美味しいは美味しい。ただ、1人でこのお店に来るのは初めてで、なんだか落ち着かない。ポケモンを連れた1人旅を何回もしている。ハクリューと2人きりなんて慣れたもののはずなのに、私の体はリラックスと遠いところにある。

「……やっぱりなんで私がケーキを食べてるんだ?」

 以前もこのケーキを食べた時はどっちの誕生日でもなかった。予定らしい予定もない、なんでもない日にだったかと思う。ただ彼と一緒には食べていた。
 一口くれよ。そう言ってコーヒースプーンでケーキを分け与えたことをふと思い出す。フリードの一口はケーキ相手でも容赦なく大きかった。あっという間に食べてしまうんだから手持ち無沙汰になって、暇だからって私の方ばかり見るのには困っていた。
 今はハクリューが、複雑な顔をしてケーキを食べる私に困惑している。

 すごい幸せそうな顔で食べてただろ。そうフリードは言ったけど、自分がしていたというその表情は自分で思い出せないし、うまく顔に浮かべることもできなかった。