ダイニングルームにやせいのホシガリスが入って来たように、このお屋敷はやせいのポケモンたちが自由に出たり入ったりします。お屋敷の周りには、広大な敷地が広がっていて、お庭でさえバトルスタジアムがすっぽり入ってしまいそうなくらいに広いのです。敷地はお嬢様の家名の元に守られていて、人間は誰も勝手に使うことはできません。その代わりポケモンたちが自由に暮らしているのでした。
お嬢様がこの辺りの主であるように、インテレオンはこの辺り一体のポケモンを見守るような存在です。
インテレオン自身は偉ぶって振る舞ったことは一度もありません。ですがいつの間にか皆がインテレオンの豊富な知識と、柔らかな威厳を認めていました。この自由な土地に乱暴者が現れるとポケモンたちはインテレオンに来てもらって、この土地では威張らずとも安心して生きていけると伝えてもらいます。不意に誰かがひどい怪我をすると、やはりインテレオンに来てもらって知識を借りるのです。
インテレオンは随分と昔、お嬢様とガラル地方を旅しました。全ての街を巡り、手練れのポケモンとトレーナーと手合わせをし、チャンピオンとして冠を戴くものとも戦いました。その戦いをお嬢様とくぐり抜けて来たインテレオンなのです。彼の技や知性に敵うポケモンは早々いません。戦わずともインテレオンがモノクル越しに目を細めているとポケモンたちが毒気を抜かれてしまう、というのはよくあることでした。
そんな頼みの綱インテレオンを、ホシガリスが導いたのは敷地の森の中でした。歩いているうちにやはり何かが起こっていることがわかります。普段なら悠々と暮らす森のポケモンたちが、ある場所に集まっているのです。他のホシガリスや、サッチムシやココガラといったポケモンたちは何かを心配するような目で何かを見つめていましたが、インテレオンが登場したことに気がつくと、ほっとしたように表情を緩めました。
「あ、あそこ!」
ちいさいおじょうさまが指差した先に、ポケモンたちが注目するそれはありました。太い木の上に、大きく、丸々と育った尻尾が見えています。
「ヨクバリスよ!」
おじょうさまの言う通り、木の上から覗いているのはヨクバリスの尻尾です。木の向こう側に回って、ヨクバリスを正面からよく見ると、ヨクバリスは木の太い枝の間に挟まって、宙ぶらりんになっていました。どうやら挟まって動けなくなってしまったようです。ヨクバリスの重たい体重の分、尻尾はしっかりと太い枝に食い込んでいます。
「あのヨクバリス、かわいそうね」
いつもは小憎たらしい顔をしているヨクバリスですが、ずっと降りられずにいるヨクバリスはぐったりと疲れ切っています。ちいさいおじょうさまも、胸を痛めています。
「どうしたら助けてあげられるのかなぁ……」
インテレオンが冷静によく観察をすると、ヨクバリスは手まで赤く腫れ、ところどころの体毛が抜けています。おそらく、ココガラたちが助けるために爪の先で掴んだ、けれどヨクバリスは重すぎたし、ヨクバリス自身も痛がったので断念した。そうインテレオンは推理しました。インテレオンの推理は当たっていました。ココガラたちも力を合わせ、助けようと手を尽くしました。けれどどうしようもなくなってしまったので、インテレオンが呼ばれたのです。
そのインテレオンが来たのだからもう安心です。
まず、インテレオンはヨクバリスに食事をさせました。ホシガリスたちが尻尾からきのみを取り出し、ヨクバリスに手渡し、食べさせます。インテレオンの朝食であったチーズも、ヨクバリスはのそのそと食べました。そしてヨクバリスの気力が持ち直して来たところで、インテレオンは次の行動に移ります。
周りを見て、木々を品定めします。ちょうど良い太さと高さの木を見つけると、インテレオンは指先から水を勢いよく吹き出して木を切りました。インテレオンの力があれば、吹き出した水の圧力で、木を切ることも簡単です。危ないからと、ちいさいおじょうさまを下がらせると、インテレオンはその木を支え、ヨクバリスが捕まり、ふんばりが効きやすい位置に立てかけました。
周りに何もないままだと、宙ぶらりんのヨクバリスはもがくことしかできませんでした。けれどヨクバリスはポケモンです。ホシガリスの進化系でもあります。支えがあれば、本来のポケモンがもつ力強さを発揮さえできれば、ヨクバリスが抜け出せないことはありません。
「がんばれ、ヨクバリス!」
そこからはあっという間でした。支えの木に手足をかけると、本来もっている身のこなしと、さきほど食べたきのみとチーズの力も借りて、ヨクバリスは見事自分の力で抜け出したのでした。森の中がようやく不安な気持ちから解き放たれました。インテレオンを呼びに来たホシガリスの瞳は、今日一番の嬉しそうな光を湛え、それからインテレオンに感謝の念を抱いたのでした。
「すごい、さすがだよ、インテレオン!」
ちいさいおじょうさまも弾けるような笑顔でインテレオンを称賛してくれました。インテレオンは目を細めて、照れました。
一件落着し、インテレオンはちいさいおじょうさまと一緒に、森からの帰り道を辿っていました。おじょうさまは道を外れて丘の上へと行きたがりました。
ぐんぐんと丘を登って行くちいさいおじょうさまに、インテレオンは涼しい顔でついて行きます。ちいさいおじょうさまはこの丘から見る景色が素晴らしいことを知っているのです。それに今日は素晴らしい晴れの日です。きっと遠くまで見渡せます。
「わぁ……!」
丘の向こうは期待を越えるほどの風景でした。くっきりと向こうの丘がいくつも見えます。草原でのびのびと暮らすウールーたちや、糸のように細く見える道の上を歩くバンバドロとドロバンコの親子がわかるほどです。
二人で草原の上に座り込むと、ちいさいおじょうさまは未だ興奮した様子でインテレオンを見つめます。
「今日のインテレオンもすごかった! ヨクバリスの力で抜け出させてあげるなんて……。わたしだったらヨクバリスを引っ張るとか、後ろから押すとかの方法しか考えつかなかったと思う。うん、確かにあの森のポケモンの中じゃ、ヨクバリスは強い方だもんね」
おじょうさまはまたもインテレオンに感心した様子ですが、インテレオン本人は、内心でその賞賛をそっと否定しました。
インテレオンはあまり自分を素晴らしいポケモンだとは思っていません。むしろ自分がポケモンからしたら変わりものだという自覚があります。だから他のポケモンに頼られ、呼ばれ、こうして褒め称えられるといつも居心地の悪さを感じてしまうのです。
ポケモンたちに頼られるのは老いたインテレオンにとっては苦労が伴います。それでもインテレオンは今日もお節介を焼いてしまいました。理由はたったひとつでした。頼られるということは、お嬢様が今は遠い旅へと出て、そばにいない寂しさを慰めてくれるからです。
丘から見える青い、遥かな空に意識を吸い込まれ、インテレオンは思います。ああ、お嬢様に会いに行きたい、と。