どうしてわたしはツワブキダイゴとキスをしているんだろう。
そう、きす。きすである。恋人同士がするであろう、アレである。
ツワブキダイゴが怖い目のままわたしに近づいてきた。と、思ったら腕を掴まれて、それで、それで。
この人、香水してるんだと気づいたの。
そうして嗅覚に意識を奪われていたら顔が近づいてきて、その、唇が押しつけられて……。
わたしの頬には、ツワブキダイゴの鼻とまつげの感触。
手のひらとか、背中を合わせるのと同じ要領で幼く唇が触れあっている。
これ、すごくおかしいよ。わたしと彼、さっきまでポケモンバトルをしていたんじゃなかったっけ?
わたしと彼、今日初めて会ったトレーナー同士じゃなかったっけ?
事故のごとく出くわした突然すぎる状況に、わたしは身動きできなくなっていた。
腰が強く引き寄せられた不自然な体勢に、背中がきつくなってきた頃。
「失礼します! 新チャンピオン誕生、おめでとうござい……ま…………」
まわるカメラ。を備えたカメラマン。を連れて入ってきたアナウンサー。
彼らが固まった。
わたしも固まった……。
「…………」
「…………」
「…………」
「……、今のって、もし…かして………放送……」
「も、申し訳ないことに、全国生中継です……」
「へえ」
「いっ……」
いやああぁぁーーっっ!!!
全国ってなに!? 生って!? 中継ってなんなの!?
「と、止めてください!! 今すぐ!」
「あ、えっと、トラブルがあった模様ですのでいったんスタジオにお返ししまーす!」
「カメラこっちに向けないで!! あなたも早く離しなさいよ!!」
「あ……」
肝心の本人はなぜかほうけ顔だった。自分が何をしてるのか分かっていないようにも見える。
バシンッッ!!
カメラが下を向いたのを確認してから、わたしがすぐしたことは今の音で分かってもらえただろう。
カメラマンの男が「うわぁ、痛そう……」と漏らした声が間抜けに響いた。
「何て人!? 信じられない!」
「いや、僕はツワブキ……」
「名前じゃなくて! 自分が何したか分かってるの?」
「分かるよ、それくらい。キ……」
「そうじゃなくて!!」
「ごめん。なんだか我慢できなくって」
「最低!!」
もう一度、バシンとやる。
入ってきたときは美男子だと思ったのに、中身はとんでもない奴だ。
「あの、インタビューよろしいでしょうか……?」
「よろしいわけ無い!!」
「で、ですよねー……」
「ちゃん大丈夫!?」
「ぷ、プリムさぁん……!」
ああ、なんということでしょう!
長いスカートを翻し、プリムさんという名の助け船が現れた。プリムさんは毅然とした大人の女性だ。扱うポケモンも氷タイプがメインだし、目の前の男にもきっと負けない。
オニゴーリのごとく、冷たくあしらってやってくれプリムさん!!
わたしはすぐにツワブキダイゴを突き放し、プリムさんの後ろに隠れた。
「この人、変態なの!」
「えぇ!?」
「ごめん、そんなつもりじゃ……」
「どんなつもりだったのよ!!」
「ちゃん落ち着いて」
プリムさんはツワブキダイゴにではなく、わたしに向きなおって真剣な目をした。
そして静かな声色でわたしに言い聞かせる。
「今、あなたがしなくちゃいけない事、分かる?」
「え?」
「この人はリーグを制覇した。殿堂入りさせなきゃ。殿堂の間には現チャンピオンと新チャンピオンしか入れないのよ。ホウエンリーグのチャンピオンとして、ちゃんがやらなくちゃならないの」
「う、ん………」
冷水のような言葉が、すっかりひっくり返された脳に染み渡る。
「出来るよね?」
「うん……」
彼女の視線に射抜かれて、わたしは平静を取り戻した。スーッと、頭に上っていた血が下へ下へとおりていく。
「しっかりしなさい! ホウエン最強のリーグチャンピオン!」
プリムさんの手がわたしの頬を包む。そして少したたかれた。
「もう……、最強じゃないわ」
そう返せば、プリムさんはホッとした笑みを見せてくれた。
思いやりのある手のひらに救われて、わたしはもう一度ツワブキダイゴと向かい合う。
まだ少し、頬にビンタの後が残るツワブキダイゴ。彼にわたしは告げた。
「あなたはわたしに正々堂々のポケモンバトルで勝ちました。あなたを新たなチャンピオンとして認めます。あなたの名前を優れたポケモントレーナーとして永遠に残すため、これから殿堂への記録を行います。ついてきてくれますか?」
「……、はい」
そうしてひと癖もふた癖もあった挑戦者、ツワブキダイゴの殿堂入りはどうにか達成された。
ただ、殿堂の間では、
「それ以上近づいたら、痴漢としてすぐに警察に突き出すから!」
この台詞を10回は言ったけどね。