新チャンピオンの登場。それによりリーグは劇的に変わる。
『もうね、1からリーグ作る方が早いんじゃないかって思うよね』
これはわたしが就任したときの支部長の言葉だ。
チャンピオンのパーティに合わせたリーグの再編成。データの書き換え、他の地方への通達、マスコミへの対応、各部所への挨拶などなど。
また引継ぎのためには数回、儀式めいたことしなくてはならないので、その準備・手配にみんな追われる。
全てがいきなり襲ってくるのが一番恐ろしい。もはや事故である。
この事態に、専門の特設部署は超必須だ。
平時のリーグなら基本的に平和なため、元々配置されている人数が少ないので、今日のうちに本部から人員が派遣されるだろう。
もちろん、この一大行事にわたしは無関係ではいられない。
わたしは前チャンピオンとして、彼が立派なリーグチャンピオンとして一人立ちするまで面倒を見なくてはいけないのだ。
仕事自体も面倒そうなのに、よりによってあの男となんて……。
目覚めは最悪だった。
最低の気分の中テレビを点けたら、丁度昨日のキスシーンが大写しになっていた。
朝からわたしはちょっと泣いた。
新聞の見出しもわたしと彼だった。読まずに新聞を捨てたのは初めてだった。
チラリと見たそれらはとても見事なショットだ。画面越し、紙面越しに見れば映画のワンシーンのようだ。
数々の映像を他人のものとして見られたらどれだけマシなんだろう。
自分の顔の形を忘れられたら。本気でそう思った。
テレビからはツワブキダイゴに関する個人情報がよく知れた。
ホウエンでトレーナーにとって無くてはならないものを生産し続けるデボンコーポレーション。彼はそのデボンコーポレーションの御曹司らしい。出会った時に感じた清潔感、自信に溢れた瞳はこの生まれから滲んでいたのだろう。
テレビ越しになってやって彼の顔まじまじと見ることができた。
客観的な目で見たならツワブキダイゴからはとても爽やかな印象を受ける。好青年という言葉がよく似合うと思った。
テレビの中に彼の父・ツワブキ社長の顔写真も見つけた。こうして二人を見比べてみるとなるほど、確かに親子である。ツワブキダイゴは父親のフェミニストな印象を上手く引き継いでいた。
それにしても、懐かしい。
ツワブキ社長はずいぶん前に会ったきりだけれど、元気にしていらっしゃるかしら。
『しかしリーグの、それもチャンピオンの間でこんな不埒な行為をするなんて……最近の若者はもっと恥を知るべきだとね、私はつくづく思いますよ――』
そんな罵りが聞こえてきたところでわたしはニュースを見るのをやめた。
電気周りのチェックをして、戸締まりを確認して、いよいよ家を出る。となるとやっぱり気分が落ち込んだ。
あの気が知れない男から逃げ出したい気持ちは山々だ。
けれど、激動するリーグの中で一番辛いポジションは新チャンピオンだ。リーグに勤務する人間よりも、誰よりもキツくなってくるのは本人である。そのことをわたしはよく知っている。
ツワブキダイゴを待っているのは栄光ではない。激務だ。
誰かのサポート無しにあの環境に放り込まれるのは地獄なのだ。
実際の経験があると、どうしてもツワブキダイゴに対して同情してしまう。
(わたし、バカだなぁ……)
ツワブキダイゴをかわいそうと思うなんてバカだ。
同情で逃げられなくなるなんて、ほんと、バカバカしい。
けれど、逃げ出すことは出来ない。
いくら考えても、彼を放って逃げるなんて選択肢を選べるわけがなかった。
プライドとか同情とか、そういう自己中心的な想いがわたしを縛っている。
(頑張れ! わたし!)
やるしかないのだった。