I'll blow your cover


横にぴったりとついてくるエアームド。
昨日、コテンパンにされた悔しさだろう。クロバットは敵対心を隠さず、翼をいきりだたせる。
そんなクロバットをなだめながらわたしはリーグを目指した。

十数分であの、ものものしい建物が見えてきた。
チャンピオンロードの入り口で、黒山は今朝も蠢いている。


「ねえ、やっぱり先に行ったら?」


きょとんとした視線を返すツワブキダイゴ。


「一緒にリーグになんて行ったら、また勘違いを呼ぶわ。面倒は避けた方が良いと思うけど」
「僕は構わないけどな」


ああ、この人に様々な自覚を促すこともきっとわたしの仕事になるんだろう。
朝から肩が重い。


「面倒は避けた方が良いとお、も、う、け、ど?」


笑顔と一緒に意見を押しつける。それでもツワブキダイゴはひょうひょうとして、わたしの隣に並ぶのを止めない。
それどころか、さらにエアームドとクロバットをくっつけた。器用なものだ。


「僕はチャンピオンになる。人の目やマスコミなんて、そんな小さなものに構ってられない。そう思いませんか? 元・チャンピオン?」
「構ってられないんだから避ければ良いって言ってんの」
「避けるほど大したものじゃない」
「……勝手にすれば」
「一応、人目に晒されるのはなれているんだ。それにさんとのスキャンダルってちょっと良いなって思う」


……さっき思いっきりフったばかりなのに、どうしてこういう風に考えられるんだろう。意味不明だ。


「わたしはゴメンよ」


横の男を含めたこれからの面倒事を考えるとため息をつかずにはいられない。


「……本当は来たくなかった」
「うん。むしろ来たのに驚いたよ。仮病使われるんじゃないかなって思ってた」
「あっ」


その手があったか!
どうして気づかなかったんだろう、わたし!


「なんだ、気づいてなかったの?」


爽やかに笑うツワブキダイゴ。上辺だけで言うなら本当に清楚なのが憎たらしい。


「あのね! わたしはこう見えてマジメな人間なのよ。あなたにチャンピオンの仕事、全部押しつけるために来てやったんだからね。覚悟しなさいよ!」
「はい、分かりました」
「チャンピオンの立場、なめないでよ! 大変なんだから!」
「知ってるよ」
「あなたに全部押しつけてやるんだから!」

「うん、是非そうしてよ」


どうしてそこで笑顔になるんだこの人は。
どうしてそこまで奥ゆかしく笑えるのだろうこの人は。


「あなたって、すごいヘン。変人」


昨日と今日でツワブキダイゴの様々な部分を知ったけれど、それはまだまだ上辺だけ。今もツワブキダイゴは不可解な人物としか思えない。訳の分からない場面でよく笑うし、不穏な発言もけっこう多い。

『あなたを引きずり落としに来ましたよ。さん?』

一番鳥肌立ったのがこの台詞だ。あの時の笑顔も同時に思い出してしまい、背筋がふるえた。
何かワケあっての言葉だろう。けれどその意図をつかめるほど、わたしはツワブキダイゴをよく知らない。彼の考え方はしっぽさえもまだ掴めていない。


「……ねえ、どうしてホウエンリーグに来たの?」
「そんなのチャンピオンになるために決まってるよ」


そうは見えないからわたしは不安になると言うのに。

チャンピオンになりたかった?
そう言う割にツワブキダイゴの瞳には地位への憧れが無い。目の色が今までの挑戦者とは明らかに違う。8年もあの座を守り続けてきたわたしにはそれが分かる。

ツワブキダイゴはチャンピオンという栄光など見ていない。その先にある何かをねらっている。
わたしから勝利をもぎ取ったとき、達成感をさほど露わにしなかったのがその証拠だ。

何を、ねらっているんだろうか。何を求めているんだろうか、ツワブキダイゴは。
生来の健やかさをまとうツワブキダイゴは悪い人間には見えない。けれど計り知れない野心を彼は持っている。わたしにとって彼は、見た目以上に貪欲な男に見えた。

あまり、気を許さない方が良いのだろう。仕事仲間としてはうまくやっていけたら良いとは思うけれど、それ以上を望む気にはとうていなれない。
むしろこれっきりにした方が良いと、自分の第六感が告げている。

微笑するツワブキダイゴを見ると、さらに強く頭の中の危険信号が点滅した。
空に朝日が満ちていくように、自分の中に暗雲が広がる。最初に対峙したときのような不安が、とめどなく沸き立つのだった。