Don't play the gentleman


ツワブキダイゴのチャンピオン生活初日。
それは、拍子抜けするほどスムーズに消化されていた。


ツワブキダイゴは何事も柔らかな物腰でこなした。
入り口で待ちかまえていた無数のレンズを軽く笑顔でかわし、見た限り何のダメージも負っていない。
これだけでもはや常人とは呼べないというのに、仕事が始まってわたしはまたも舌を巻かされた。

ツワブキダイゴはスマートな印象そのままに、わたしの言うことを綺麗に飲み込んだ。
施設内の地理を一瞬にして身につけ、各部署の名称も暗記した。リーグのシステムを一瞬で理解し、これから自分がすべき事柄のほとんどをすぐに推測した。

ツワブキダイゴはまさに一を言えば十を分かる人間だった。十どころか十二をも理解した。そして初めてとは思えない仕草でこなすのだった。

バタバタと皆が施設内を駆け回っている。その慌ただしい空気にツワブキダイゴは決して飲まれない。リーグの雰囲気に身をとけ込ませながらも、動揺は見せず、汗一つかかない。

この場に一番不慣れなのは彼なはず、なのに冷静さを保ち続ける様子は華麗。この一言に尽きる。



「ねえ、これっておかしくない……?」
「何言ってるのちゃん……」


ぼそり、フヨウにこぼせば苦笑が帰ってきた。


「良いことじゃない。物事がうまく運ぶって」
「うまく運びすぎて怖いのよ……」
「ええー? ちゃん考えすぎ」



フヨウはゴーストタイプをよく扱うトレーナー。ゴーストタイプを好んで扱うのなら、きっと鋭い感覚を身につけてるんだろう。だからフヨウなら分かってくれると思ったのに……。
ツワブキダイゴの存在が不安で不安で仕方ないのは、どうやらわたしだけみたいだ。

みんな、ツワブキダイゴの手際の良さに笑みを浮かべている。ツワブキダイゴも笑顔でその流れにのっている。
ツワブキダイゴというイレギュラーを迎えてまだ初日というのに、リーグには良い空気ができあがっている。
それを感じるたび、わたしは変な汗がブワッとなるのだった。


「ダイゴくんって実家の会社でも有能だったって聞いたよ」
「でもツワブキダイゴは今日が初日なんだよ!? この手際の良さ、ありえないって……」
「落ち着いてよちゃん」
「フヨウこそ、落ち着いてツワブキダイゴのこと見た方が良いよ……」
「んー……、爽やかだね?」
「違うんだってばー!」


ああどうして伝わらないんだろう!
冷静になって、ちゃんと見ればわかるはずなのに!


ちゃん、自分の時が大変だったから認めたくないんじゃない?」
「そんなこと無いよ! ……たぶん」


認めたくないわけじゃない、と思う。
ただ、信じれない。わたしはあんなにてんてこまいになって右往左往したのだから、ツワブキダイゴも同じようになるはずだ。あんなに器用に振る舞えるとはとうてい思えないのだ。


「あの時のちゃんは12才、今のダイゴくんは20才なんだから比べても意味ないよ」
「それはそうだけど……」


わたしがいつまでたっても不安がっていたからだろう。少し、お姉さんの顔でフヨウは畳みかける。


「あとさ、ダイゴくんがすごいのも確かだけど、今回はうちの人たちみんな良い働きしてるよ。みんな、ちゃんの時にだいぶ振り回されてるからそのおかげかな」
「そ、そうなのかな?」
「うんうん。ちゃん就任時にリーグ職員として鍛えられたって人多いんだよ? このホウエンリーグから本部に上がってそれで出世した人、多いんだから」
「ええ? 偶然でしょ?」
「あはは、自覚ないの? ちゃんもいろいろと伝説つくってるよね」

ちゃん、次の書類できてるよ!」


支部長のちょっと怒ったようなかけ声。


「今いきます!」
「うわ、なにげに支部長、追いつめられてるね」
「しょうがないよ。フヨウだって忙しいのに、ごめん」
「ううん。息抜き、大事だもの。あんまり飛ばしてたらもたないよ!」
「ありがと」


次にツワブキダイゴに書かせる書類をひっつかみ、わたしはかけだした。





駆けつけると、ツワブキダイゴはすでにさっき渡した書類を全て消化していた。

リーグ事務室内にある、応接時専用のソファに腰掛ける彼。
それなりにあのソファは高価なもののはずなんだけれど、彼が座っていると大変な安物に見えるから不思議だ。


「待たせてごめんね。次はこれ」
「はい」「えーと、これはね、基本の情報公開に関する同意書、です」


できあがったものを回収。そして説明をつけて提示。
こうして言葉にする雑用みたいな感じがするけれど、チャンピオン業務をよく知った人間がする説明に意義があるので、これもわたしの仕事だ。


「もちろん目を通して自分の判断で決めてほしいけど、結局は同意しないと仕事が進まないからね。断ることはできるけど実際はほぼ強制なの。大丈夫?」
「もちろん。というか“ほぼ強制”なんでしょ?」
「まあね」


今は、基本の書類に向かっている彼。ペンを持つ所作も彼は美しかった。あんなスッとした背筋で物事がこなせるなら、一生シャツにアイロンをかけなくて済むだろう。
紙に個人情報を綴る彼。チラ、と盗みみると書く文字も美しい。幼少の時、両親に与えられた“書き方ノート”を思い出した。
器用な人間もいたものだ。

しかし、そうして彼を見直した瞬間、


「ねえさん、今夜はあいてる?」


こういうことを言い出すのもツワブキダイゴという人間のようだった。しかもかなりオープンな事務室というこの場所で。
ある意味、器用っちゃ器用だけど……。

チラリと挑戦的な視線を投げかける仕草は気障だった。
同時にわたしの後ろにたっていた事務員の興奮した鼻息が耳に入ってきた。


「ちょっと気が早すぎない? そういうことはもう少し状況が落ち着いてから考えて」
「それっていつぐらいになるかな?」
「さあ? わたしがあなたに会わなくなる頃じゃない?」


こういうところがなければ、確かに完璧な男なのに。この人は何かと惜しい人みたいだ。


「その頃ならあいてるの?」
「あなたのおかげで無職になりますから」
「ちょっと、さん……」


事務員の女の子がわたしを咎める。言い過ぎだ、と伝えたいみたいだ。
わたしも伝えたい。油断するな、この男はまだまだ余裕だぞ!って。


「そうなったらたっぷり時間があるね」


ほら、懲りない返事が帰ってきた。
だからわたしも突っぱねる言葉を返す。


「確かに暇だけど誘わないで」


またツワブキダイゴが返そうとした時だった。


「ははは! 相変わらずだな、!」


豪快な笑い声が、耳にビリビリ来る通る声が、その場の流れを断裁する。わたしもツワブキダイゴも事務員の子も、思わず首を石にした。事務室内にいた、すべての人の足が止まった。
大股な歩みで近づいてくる。たくましいその男は、大振りな動作に彼がまとう艶やかなマントでいっそうダイナミックにこの場の空気をかき回した。
そして男がわたしの横に並ぶ。


「どなたですか……」
「君がツワブキダイゴ君か」


瞬時に細まったツワブキダイゴの視線。
男はそれを軽く跳ね退けた。


「ワ、ワタル……!」
「やあ、。元気だったか?」


快活に笑う、ドラゴン使いのワタルがそこにいた。