To hell with you


「本部から派遣されたの、ワタルだったんだ! どうして? でも嬉しいなぁ……」
「確かに最初は本部の人間数人の予定だったんだけどな、大変そうだからベテランの俺が呼ばれたみたいだ。すでにかなりの注目を集めてるみたいだしな!」
「あはは、ベテランって自分で言う?」
「実際そうだろ? 曲がりなりにもトップだ。俺が来たぶん、派遣人数は削られたみたいだけどな。気合い入れてサポートするよ」
「ありがとう、よろしくお願いします」


相変わらず良い体つきのワタル。
久しぶりに会ったけれど、力強さは全く衰えてない。話すだけで彼の満ち満ちた精力が伝わってきた。


「そっかぁ、ワタルが来てくれたのかぁ……」
「嬉しそうだな」
「だってすごく心強いから。よろしくね、ワタル!」


彼が持つポケモントレーナーとしてのオーラと、自信に裏打ちされた力強い表情。
マント姿と立った髪型も手伝って、浴びる側が気持ちいいと思える威圧感を生み出している。

実績に確かな人柄が組合わさった彼を、頼もしいと思わない人間はいない。


「なんだよ、そんなに見つめて」
「久しぶりに会えたなぁって。元気そうで良かった」
「……俺も、が元気そうで安心したよ」
「え?」
はずっと負け無しだったから、さ」
「久しぶりの負けで落ち込んでると思った? わたし、そういう女の子じゃないよ」
「ああ。顔を見て思い出した」


ワタルが歯を見せて笑えば、わたしもつられた。
今、変わろうとしているホウエンリーグに、ワタルはいとも簡単に昔と変わらない雰囲気を吹き込む。


「で、どこまで進んでる?」
「同意書関連はほとんど終わってるよ。あと、今日中に終わらせたいのは保険関連かなぁ」
「そうか、じゃあもうすぐで休憩できるぞ。16時からの記者会見はの代わりに俺が出ることになったから」
「え?」
は表に出さないで、さっさと済ませようってことになったんだ。出すとしても、もう少し落ち着いてから。支部長が提案してくれたんだが、俺もそれが良いと思ってな」


わ、ワタル最高! 支部長最高!!
二人の判断を聞いたわたしは胸の中で高々とガッツポーズをした。

ワタルと支部長はまともな人間だったみたいだ。
ワタルが例え時代に逆行したファッションの人間でも、ツワブキダイゴの、そんなのかまわない!という結論とは反対の決断を下してくれた。それだけで、彼は常識人に大決定だ。


「ありがとう、ほんとうにありがとう……!」


立場があるので言えなかったけれど、心の底では「ツワブキダイゴとは並んで歩きたくない!」と叫んでいたわたし。その願いが回避されたこと、それも信頼する人々の手によってなされたことであるのがありがたくてたまらない。


「俺も役に立てて嬉しいよ」


変わらない笑みを浮かべるワタルに、つられ笑いをしてしまうわたしだった。






再会の喜びを味わっていたわたしとワタルの空気は、「16時ってもうすぐですね」というツワブキダイゴの一言でいったん打ち切りとなった。
さっき軽く昼食をすませたばかりというのに早回しをしたみたいに、確かにその時間は迫っていた。

様々なことが未確定の今、記者会見をする意味は無いに等しい。けれど世間がそれを望んでいるからわたしたちは情報の開示をしなければならない。こういう所で「リーグって公的機関なんだな」としみじみ感じてしまう。


「まずは自己紹介といこうか。俺はドラゴンつかいのワタルだ」
「存じ上げてます。僕はツワブキダイゴです。どうぞよろしく。まさかリーグ本部長とお会いできるとは思いませんでした。光栄です」


この時、わたしは初めてツワブキダイゴの“ビジネス用笑顔”というものを見た。
相手に不快感を絶対に与えまいとする完璧な笑み。さりげなさも完成されている。対戦する前に見た不敵な笑みや、今朝の、本音で話す時間がなければわたしも気づかなかっただろう。
決して不自然ではない。不自然ではないのだけれど、今朝を思えば目の前のツワブキダイゴは人形のようだ。

ツワブキダイゴはこんな表情もするのかぁ……。
笑顔を張り付ける。これはきっと、ツワブキダイゴがその生い立ちの中で、必要に迫られ会得した能力なんだろう。笑顔を人から執拗に求められる瞬間、笑顔がどうしても必要になる瞬間にはわたしもよく立ち会った。


「ダイゴくんか、よろしくな」


ワタルが手を差し出した。彼の豪傑な手のひらに、細くとも十分男らしいツワブキダイゴの手のひらが重ねられた。ふたりが熱く手を握り合う。それはもう、ガッシリと。


「お、見た目に反して結構力強いんだな」
「それほどでも」


……何がこの男たちの闘志に火をつけたんだろうか。気づけばふたりは手の握り合いを開始している。
お互いの手を握り潰さんと力む二人。ギギギ……、と骨の軋む音まで聞こえてきて、思わずわたしは自分の肩を抱いた。


「なあ、ダイゴくん」


見てるわたしからしたら痛そうで痛そうでたまらないのに、ワタルはしれっとした様子だ。


「なんでしょうか?」
「君の所属は今日からポケモンリーグだ。分かるか」
「……もちろん」
「諸々の書類にサインが終わったということは、直属では無いにしろ、君は俺の部下にあたる。分かるよな」
「何が言いたいんでしょう」


声の調子は変わらないが、どこか含みのあるワタルの言葉。笑みは崩さないにしろ、ツワブキダイゴの片眉は反応を見せていた。


「いや、俺にはお前に説教する権利があるという事をまず確かめておきたくてな。分かっているなら遠慮なく」


説教、と聞いた時点でヒヤリとしたのに。ワタルがしたことは説教以上にこちらを震え上がらせるものだった。
手は握り合ったまま、彼は半身を後ろに引いて、そして一発。
拳が空気を裂いて、聞いているだけでこっちの頬が痛んできそうなグロテスクな音がした。


「ワ、ワタル!?」


殴った、ツワブキダイゴを殴った。ワタルが、殴ったのだ。
綺麗なフォームにて繰り出された拳は見事、ツワブキダイゴの美しい頬骨の下へ吸い込まれた。


「……っ」


くぐもったツワブキダイゴのうめき声。けれど、吹っ飛びはしなかった。なぜって手を握り合ったままだったからだ。
よろめくツワブキダイゴもかろうじて倒れることはしなかった。ただ少し目が回っているようだ。

誰もが事態に固唾をのんで、身を固まらせていた。突然の事にみんな思考が固まっている。わたしも支部長も、ただただ状況を飲み込むので精一杯だ。どうなるのだ、と行方を知りたがる目さえも無かった。

ただ一人、ワタルの時だけが悠々と流れていた。


「処分がまだだって聞いたんでな」


痛みに耐えるツワブキダイゴにもワタルは目の色を変えない。淡々と、俯くツワブキダイゴの後頭部へ告げる。


「内容は分かってるだろ。半分はリーグ内でした事について。成人しているんだろ。TPOはわきまえろ」


ワタルの顔は別に怒りを映しているわけじゃない。それがまた、怖い。
というかこれからメディアの前に出さなきゃいけない人の顔を殴るなんて……。


「あと半分はうちの可愛いによくも手を出してくれたな、って事だ」