That's easy for you to say


会見の終わりが近づいて、つかの間の休憩時間も終わった。みんな手に持っていたカップをおいてそれぞれの持ち場に戻っていく。
テレビを前に一服できたこと、そして今日すべき仕事がほとんど終わろうとしていることで、みんなが疲れを携えながらも晴れやかな顔をしていた。目の前にニンジンがあると、やはり生き物は目の輝きが変わる。

わたしの胸にも確かな達成感があった。楽ではなかったけれど、物事がちゃくちゃくと進んでいると思うと歩調が弾む。自分だけの力ではなかった。まだ初日だ。気は抜けない。けれど、リーグのみんなの力を合わせて高い壁を越えたという事が快感なのだ。




「みなさんもお力添え、ありがとうございました。どうぞ、これからよろしくお願いします」


会見に使っていた部屋へ近づくと明るいツワブキダイゴの声。それに次いで、無数の拍手が彼を迎えていた。
17時の夕日が満ちた廊下で、わたしはそれに遭遇した。

手を叩いているのは記者たちだろう。彼は見事に今日一番の仕事を終えたのだ。それが耳から伝わってくる。ああ、良かった。こればかりは自分のことのように嬉しくなり、安堵した。
なんだかんだいって、わたしはツワブキダイゴの事が心配で心配で、たまらなかった。





さん!」


待機用の部屋に彼が帰ってきた。
さっきまでテレビに毅然と映っていた男はわずかに息をきらしていた。興奮で、頬が少し赤い。このときに、汗をかくツワブキダイゴを初めて見つけた。

やりきった、と彼の全身が言っている。


「お疲れさま」


そう声をかけずにはいられない。
後輩としてのツワブキダイゴへの愛着はとっくのとうにわいていた。



「あれ、ワタルは?」
「置いてきたよ、もちろん」
「………ま、まあワタルってマイペースだしね」


ツワブキダイゴはここまで走ってきたようだ。そして置いてきたって言葉が出た。あがっていた息も、うっすらかいていた汗も走ったせいだとしたら……。
やめよう、感動を何も、自分で壊さなくたって良いよね。


「で、さん。僕は記者会見、それなりに成功させたと思うんだけど?」
「……なに、その目。ご褒美とか用意してないわ」


期待するような視線。なにを言いたいのかはなんとなく分かった。ここまで目を輝かせたツワブキダイゴを見たのは初めてだ。


「ご褒美じゃなくて。僕はさんが喜んでくれてるか聞きたいんだ」
「え、喜んでるか?」
「うん」
「そ、そりゃあ……」


喜ばしくは思ってるけど……。

なぜここまでツワブキダイゴはわたしに期待しているんだろうか。頭の中で合点いったのはツワブキダイゴにだいぶ見つめられてからの事だった。

もしかして、もしかして。

『わたし、ダイゴくんに是非記者会見成功してもらいたいな』

この言葉を彼を真に受けたんだろうか……。
“ダイゴくん”なんてなれなれしい呼び方をした、同情から語尾を丸めたあの言葉を?
半分社交辞令みたいなこの言葉を、本当に?
そして今も効力を発揮している?

可能性は無いとは言い切れなかった。
ツワブキダイゴの甘ったるい表情は、あの台詞に呼応したものと思えばストンと理解できてしまう。

どうしよう、非常に責任を感じる。あの発言は意図的に彼を持ち上げるものだったから余計に。



「ご褒美をくれる気があるなら僕を誉めてよ」


チラ、と見上げる。ああ、待ってる。待ってるよこの人。尻尾振って、わたしの言葉待ってる……。
原因は自分にある上、確かにうまくあの場を納めたツワブキダイゴを誉めてやらない道理は、無かった。


「えっと、ありがとう。上手くやってくれて、わたし嬉しい、よ?」


半分は彼のご機嫌取り、もう半分は本当の感謝の意を込めた。


「うん、僕も」


言葉選びがちょっといやらし過ぎただろうか。少し心配になって見上げたら、ツワブキダイゴはただ頷いて、満足な笑みを浮かべていた。
心の底から嬉しそうな笑み。今日の疲れなんて、ツワブキダイゴの表情の上では全く無かったことになっている。


「頑張ったね」


別に抱き合ってるわけじゃない。手を取り合っているわけでもない。
適当に離れて立ちながらだけれど、わたしたちは確かに喜びを分かち合っていた。見つめ合って、笑顔を見せ合うことでそれを成していた。


「……なによ」
「いや、別に」


気づけばワタルがニヤニヤとこちらを見ていた。


「違うんだからね!」
「違うって何が?」
「何がって……!!」


言葉を連想して、わたしの恥ずかしさメーターが一気に振り切れた。
追い打ちをかけるようにワタルが一言。


「気にするな! 別にリーグは恋愛禁止じゃない!」


的外れなワタルのせいで、嗚呼、顔が赤いの。止まらない。