待ち伏せかよ。
そんな突っ込みが即座に浮かんだ。かろうじて口には出さなかったけど。
出来る限りの残業をして帰宅しようとしたわたしの前におかしな事にツワブキダイゴが立っている。なにがおかしいってツワブキダイゴは随分前、先に帰ったはずなのだ。今は20時。彼は18時前後にあがっているから、約2時間待っていたことになるけど……。
いやぁ、それは無い無い。……無いよね?
リーグの出入り口。コートの前をきっちり締め、マフラーをなびかせるツワブキダイゴ。彼は満面の笑みを浮かべて言った。
「ご飯食べに行こう!」
「気が早いわっ!!」
開口一番がその台詞か!
一度誉めてやったせいで、調子に乗せてしまったんだろうか。夕方の事が今の結果を生んでるとしたら……。わたしの背中に汗がダラダラ流れ出した。
「ごめんなさい。わたし、疲れてるから」
「じゃあその疲れを忘れさせてあげよう」
「気持ち悪い発言はやめて!」
「やだなあ、何を想像してるの?」
「……!」
「デートはいいよ、断られたから諦めてる」
「そうなの、じゃあわたしこれで……」
「だから、チャンピオンの仕事について教えてください。あ、もしかしてデートと勘違いしてた?」
「……ち、違う!」
「あれ、デートが良いんならデートにしようか?」
「食事が良いです!!」
「じゃあ決定。食事、行こうか」
は、はめられた……!!
やましい事、山々のくせに……!!
「あ、呆れた! そ、そっちがその気なら……!」
あたりを見回す。すると、日頃の行いが良いせいだろうか。ちょうど良いところにちょうど良いものを見つけた。
「ワタルー! ツワブキダイゴがチャンピオンの仕事について聞きたいって!」
「え゛」
「あ-、なんだって?」
「食事でもしながらゆっくりどうか、って言ってる。ツワブキダイゴがおごってくれるみたい!」
「ちょ、さん?」
固まった奴の笑顔。良い気味だ。
「良いな、ちょうど夕飯のこと決めかねてたんだ」
「あら、ぴったりね。ワタル、ツワブキダイゴにつき合ってあげてよ」
「もちろんもくるよな?」
今度がわたしが「え゛?」と笑顔を固まらせる番だった。
ぶんぶんと振ろうとした手をワタルにがっしり捕まえられて、わたしに抵抗する術は無くなったのだった。
「……ねえ、ほんとに行くの?」
「なんだよ、が誘ったんだろ」
ツワブキダイゴの口車と、ワタルの強引なペースに乗せられ、現在わたしは夜空の中。
逃がさないぞ、と言わんばかりに横にピッタリつくツワブキダイゴのせいで、クロバットはやりにくそうだ。
「ワタルもツワブキダイゴも、あんな事があったのに?」
あんな事とはもちろん、ワタルが下したツワブキダイゴへの処分だ。処分とは言え、ワタルがふるったのは暴力だ。
男の人というのは、拳のやりとりがあったその日に一緒にディナーへ向かえるものなんだろか。
ワタルをこの食事の席へつきだしたのはわたしだけれど、まさかこんなに乗り気になるとは思わなかった。
「あれは仕事のうちだしな」
部外者のいない、だだっ広い空の中。
ワタルもツワブキダイゴも態度を崩し、ぽつりぽつり話し始めた。
「本当はさっさと片づけられるべき事項だったから、俺がやったまでだ。それだけだ」
「そうそう」
「で、でも……」
「悪かった。そこまで怖い思いをさせるつもりはなかったんだが……。あんまり気にするな。俺はちゃんと手加減したぞ」
「そ、そうなの? すごい痛そうだったよ……?」
「……手加減はともかく、まあ下手なパンチではなかったよ」
そう言われても信じられるわけない。あんな、骨と骨がぶつかり合う音がしたのだ。
いつもポケモンを戦わせているので、そういったものに自分は慣れているとばかり思っていたけれど、正直恐ろしかった。
「心配しないで。ほら、顔に入れられた割に、あざになってない」
示されて、まじまじとのぞき込むとツワブキダイゴの言うとおりであった。
少し名残はあるものの、言われなければ分からない。
「じゃあ本当に手加減してたってこと? あれで?」
「口の中は切れてるけどね」
「ダイゴくんがもっと弱そうなヤツだったらしなかったよ。会ったら思った以上にちゃんとした奴だったからつい、な」
「つい、って……」
じゃあ、あの手の握り潰し合いがなければワタルは別の方法でツワブキダイゴに処分を下していたと言うんだろうか。
「受け止められない奴を追いつめたりはしないさ」
わたしの視線を読みとったんだろうか。のんきな調子でワタルは答え、それがこの話題を締める言葉となった。
地上に降りてから、わたしは自分が思った以上に疲れていることに気づいた。
わたし、ツワブキダイゴ、そしてワタル。3人で並列しての飛行は予想以上に疲れるものだった。
原因は多分、ツワブキダイゴのエアームドがぴったりと寄り添ってきたからだ。寄り添うだけなら朝と同じ状況だ。けれど今回は、わたしとワタルの間に割り込んできたもんだから、わたしもクロバットも余計な体力を消費させられた。
ワタルに話しかけようとする度に張り付けた笑顔のツワブキダイゴに邪魔されて、話しづらいったら無かった。見知らぬトレーナーからの威嚇を受けたワタルのカイリューもかわいそうに……。
地上に降りてわたしもツワブキダイゴも胸をなでおろしていたように思う。ワタルだけはピンピンしていたけれど。
ついたのはカジュアルな洋食のお店だった。
カジュアルと言っても軽々しい雰囲気は無く、むしろ静かで密やか。
ツタの絡まる壁に、ぎりぎりまで落とされた照明。店内までの中庭にも木々が程良く茂り、入っていく者を木の葉の手のひらで隠してくれる。
人の入りは十分あるのに、外から客を守る空気があるお店だった。
「良いな。もっとけばけばしい所に連れ込まれるかと思ったよ」
率直な感想をワタルがもらす。わたしも同意、だ。
ツワブキダイゴの誘いは強引だったけど、お店のチョイスは気の利いている。
「本当に特別なところは大事な日のためにとってありますから」
「なるほどな」
「今日はいきなり三人に決まりましたからね。ここは顔は利くんです。それでもって」
「融通が利くんだな」
「そういうことです」
わたしにはなれなれしい言葉遣いのくせして、ツワブキダイゴは一応、ワタルに敬語を使っているんだな。二人の会話を聞きながら、そんなことをわたしは思った。
第一印象が最悪のツワブキダイゴだけれど、彼は一応場をわきまえることが出来る人間のようだ。
彼はデボンの御曹司として生きてきた。その側面に関してツワブキダイゴは本物で、良識は申し分なく持ち合わせている。
なのに、わたしに対してはふざけてばかりなのが気にくわない。
よくよく考えればわたしとツワブキダイゴはまだ会って二日だった。たったの二日。だけれど、ツワブキダイゴの情報は荒波のように流れ込んでくる。
最初に見た凶悪な笑顔。彼はわたしを貶めるためにきた、と言った。テレビでは延々とツワブキダイゴの顔が流れていた。彼の上辺はそこで思い知らされた。山のような仕事の中で、リーグの人間の中で、ツワブキダイゴはいかんなく自らを発揮していた。
わずか二日でわたしの中に確として存在し始めているこの存在を、わたしは図々しく思っている。
「さん、行こう」
ぼーっと考えていたわたしを、店のドアを開けてその図々しいの手招いている。
暖を求め、わたしはその誘いに吸い寄せられていった。