ツワブキダイゴが選んだお店に連れていってもらうのは二回目だ。高層階にある、前回に比べるとかなり本格的な店構えのレストランだ。
広いフロアに悠々と並べられたテーブルたち。ほとんどがゆったりとしたスペースと、二脚のイスを蓄えている。
こちらにも共通しているのは、お店の良さにしては人の入りが並であるということだ。廃れているわけじゃないけど、流行りすぎているわけでもない。テーブルをもっと配置するなりすれば儲けられるであろうに、それをしない。
足を運んだふたつともが静かな評価を受け続けているお店、という感じで、そしてそのどちらにも品がある。
たぶん、彼の店選びの基準は味よりも、その場に流れる空気だ。その場に自分が落ち着けるか。それがツワブキダイゴにとっての重要項目なんだろう。
もちろんこの店の味だって文句のつけようのない。羞恥心でいっぱいだったわたしの意識をこの場に引き戻してくれるほどの威力はあった。けれど、少し油の強い料理たちは、彼がこの店を選んだ一番の理由にはなり得ない。そんな気がしたのだ。
無意味に眺め続けられるものがあると、人は安心するものなんだと知った。夜景は絶好の視線の逃げ場だった。
彼も、意識を奪う美しさを持つこの景色を逃げ場にしたことがあるのかもしれない。ぼんやりとそんなことを考えた。
そういえば沈黙が続いてる。ふとそれに気づいた頃に、ツワブキダイゴはしゃべり始めた。
「僕は趣味が石集めでね。あまり似つかわしくないってよく言われるけど、もうずっとそれが趣味なんだ」
語られ始めたツワブキダイゴについての話。
社交辞令半分、単純な興味半分でわたしは相づちを返す。
「石といっても宝石じゃないよ」
「でしょうね」
「え?」
「これはただの予想だけど……、原石とか鉱石とかが好きなんでしょ。加工されていない、自然のままの石が好きだったりして」
「どうしてそれを……?」
「分かるわよ。あなたのポケモンを見れば分かる」
ついでに言えば、“自分が好きなのは宝石ではない”と釘をさした理由もなんとなく分かる。
大方、御曹司だからと高価な宝石を集めるのが趣味だと勘違いされたことがあるのだろう。
相手に勝手にイメージを植え付けられ、それを押しつけられることはわたしにもよくあった。
「僕が鋼や岩タイプのポケモンを使っていたから?」
「うーん、っていうより……育て方が」
言いながらわたしは初めてツワブキダイゴと対戦をしたときのことを思い出していた。
実は今でも、ツワブキダイゴが使ってきたポケモンを全て覚えている。繰り出してきた技も、ほとんどの展開もわたしは記憶していた。一応、その道を極めるトレーナーとしての性だ。久しぶりの黒星だったから、というのもちょっとあるけど、やはりひとりのトレーナーとしてツワブキダイゴのポケモンにはすごく興味をそそられた。
とりあえず、目の前に現れた挑戦者の言動よりは遙かに頭に入っているあのバトルを頭に思い描く。するとやはり見えてくる。ツワブキダイゴというトレーナーの癖、考え方が。
「だってあなたは迷わずに自分の好きなポケモンを選んで育てていた。それに、ポケモン自身の個性を真っ直ぐ生かし、そのままの彼らを最大限に生かすサポートもよくされていた。そのままの彼らを愛していたことがすごくよく伝わってきた」
「………」
育て方ってやっぱりトレーナーの個性が出ちゃうんだよね。ときに育て方は選んだポケモン以上にトレーナーを映し出してくれる。目は口ほどに物を言うのと同じだ。ポケモンもまたトレーナーをよく語る。
それが分かっているからポケモンの育成は手を抜けない。
「ポケモンをそういう風に愛した人ならば、って思ったの」
まがいものはまかり通らないこの世界を通して実際に感じた彼の人格だ。信じない道は無かった。
「そういうトレーナー、わたしは好きだわ」
別に、他意なんてかけらもない言葉だった。自分を破ったトレーナーが、しっかりとポケモンへの愛情を知る人物だったことを誇りに思って、つい出た言葉だった。
「……どうしたの?」
いきなり押し黙られて怪訝に思い声をかけると、ますますツワブキダイゴの顔は染まっていく。
いきなり照れ始めたツワブキダイゴ。その反応に思い当たる部分を見つけ、わたしは呆れた。
「ねえ。もしかして、“好き”って言葉に反応してるの?」
「………」
返事がない。ただの図星のようだ。
「……別に、“あなたを好き”って言ったわけじゃないじゃない。トレーナーとしてのあなたの姿勢が“好き”。それだけよ」
「あ、あんまり! 好き好き言わないでくれないかな……」
「わたしがいつ、ツワブキくんを好き好き言ったのよ!? わたしがあんまりあなたのこと好きじゃないの分かってるでしょ?」
「そうだけど、やっぱりいざとなると……」
「いざって何!?」
「そ、それは……」
追求すれば彼はあっけなく言葉を失った。
……なんなんだ、この男は。
「ほんとに本気で照れてるの……?」
「見ないでくれ」
情けない顔をしている自覚があるのだろう、彼は顔を背けている。
実際、耳を真っ赤状態にした彼の顔は情けないという言葉がピッタリだ。
彼が自分の顔を見せられないとは珍しい。わたしはここぞとばかりに視線を送りまくる。
わたしがめそめそしてた時にさんざんかまい倒してくれた仕返しだ。
「いつもは余裕ぶった顔してるくせに」
「そんなことないよ」
「でも、そういう自分であろうとしてるでしょ、いつだって」
「確かに余裕ぶってることはある。でも、余裕なんていつも無いよ。なんとなく周りを見ているとね。しっかりしなくちゃって気分になるから、そういう顔するだけなんだ」
……信じられない。気分で作り上げた体面で、あんなスムーズに仕事がこなせるものか。
舌巻くわたしの心情を読みとったみたいだ。
わたしの理解を得ようと彼は必死に言葉を継ぐ。
「昔からそうなんだ。どの状況にどんな人物が必要なのかがよく見える。人が何を必要としているかも見えちゃうんだ。状況に何をプラスしたら良いだろうかっていうのがすごく、直感的に分かるんだよ」
「ふーん……」
ツワブキダイゴのそういう才能は分からないでもない。これもまた、彼と一戦交えたから分かることだった。バトルの際に見せた判断能力は申し分ないものだった。
そういう、状況を見極めるセンスがあるからあの戦い方が出来たのだと分かる。
ツワブキダイゴの努力を否定しようとは思わない。努力抜きに倒されるほどわたしも甘くない。
けれど、全ては彼に才能があったからなのだとも思う。誰もが認めざるをえない才能があったから、彼は自分の好きなポケモンにこだわり抜いたパーティ編成が許されたのだ。
「お父様から受け継いだものなのかしらね」
「さんは父のこと知ってる?」
「ええ。何度かだけどお会いしたことがあるわ。ツワブキくんはお父様似だよね。目元がそっくり」
「母を知っている人からは母に似てると言われるよ」
「そうなの?」
「顔は確かに父に似てるんだけど、性格は母寄りだね。僕、実は放浪癖があってさ。母もよくフラリと出かけてはとんでもないところを探検してるような人だったって聞いてる」
「……ツワブキ社長もかなりの自由人じゃなかったかしら?」
「母にはかなわないっていつも言ってたよ」
それからツワブキダイゴは母親の話をしてくれた。母親と幼い自分のエピソードもたっぷりと含めて。
深い親しみを込めてツワブキダイゴは母親を語る。聞くうちに「気質は母に似ている」という言葉を実感させられた。
だって、まるで彼女が自分の一部であるかのように雄弁に語るのだ。母親のこと冗長に語られれば普通は飽きる。けれど、そこはツワブキ社長に「かなわない」と言わせた人物だ。彼の母親の行動は予想をはるかに越えて突飛で、だけど魅力的なものばかりだった。
それに、どの話の中にも彼がツワブキダイゴという人間に至るルーツが少しずつ隠されていて、聞くのは思いの外楽しかった。
遺伝子的に受け継いだ才能もあれば、目で見て手で触ることで得たセンスもある。その両方が彼を包んでいるということがよく分かった。
「今日はよくしゃべるのね」
つい、そんな台詞を口を突いた。今夜のツワブキダイゴは本当におしゃべりだ。単に口数が多いだけじゃない。生き生きとしてる彼の瞳から指先から、いろんなものが伝わってくる。
ふんだんにツワブキダイゴの情報をそそぎ込まれている。そんな心地がした。
リーグで会うときよりどこか身振りの大きいツワブキダイゴ。彼はこんなに好奇心旺盛な人物だっただろうか。もっと器用で大人びている彼をずっと感じていた。どちらも偽りじゃないんだろう。状況を引っ張る才ある青年の姿も、年相応に残った子供の表情も、どちらもツワブキダイゴなのだ。
今なら彼とわたしと同い年という事実も受け入れられるとわたしは思った。
「二人きりだからね。この前はマント趣味の男がいたし」
「……もしかして根に持ってる?」
「いいや。とても楽しかったけど?」
ああ、根に持ってるんだ。今のはそういう笑顔だ。