The hidden window


「……あんまり見ないで」


部屋中をキョロキョロと珍しそうに辺りを見回すダイゴに言う。
ダイゴは楽しそうにリビングを見て回っているけれど、わたしの方は顔から火が出そうだ。別に何か秘密にしなければならないものが転がっているわけでも無いのに、わたしはダイゴの目を覆いたくて仕方がない。
自分の生活スペースを見せることってこんなに恥ずかしかっただろうか?


「どうして? なかなか良い家だと思うけど」
「だってお客様って久しぶりだし、あんまり人に見せるようにしてないし……」


あんまり片づいてないし、という言葉はぐっと飲み込む。
ああほんとに、ダイゴが来る前に一本連絡をくれれば万事解決だったのだ。ダイゴの訪問を断れなかったとしても、訪問に備えて片づけることはできた。


「へえ。結構渋い家に住んでるんだね。持ち家?」


そんなわたしにかまうことなく、ダイゴは大きく部屋を見回した。初訪問にも限らず、ずいぶん悠々とした態度である。


「ううん、借家」
「この広さを借りてるの?」
「ポケモンのこと考えたら広いスペースが欲しくて」
「庭もついてるんだ」
「うん。このお庭が気に入ってここに決めたんだ」


窓の向こうを伺うダイゴ。その視線の妨げになっていた半開きのカーテンを退ける。現れた光景はうっそうとしていて、わたしは言葉を継ぎ足す。


「手入れあんまりできてないけどね」


いつの間にか生えた雑草たち。そしていつの間にか枯れていた。外で空風が吹いて、水を失った花びらがカラリと流れていった。


「住所見て、結構不思議なとこに住んでるなと思ったけど、確かにここは育成には便利そうだ。これだけ広ければポケモンを自由にさせられるね」
「そうそう。僻地だから家賃もかなり安いの」


そらをとぶが使えるトレーナーでしか住めないようなへんぴな土地に立つ一軒家。それがわたしのすみかだ。
中古物件な上、今は廃れてしまった建築様式だということも含め、かなり格安の値段で住まわせてもらっている。


「生活の利便性よりトレーナーとしての環境をとったってことか」
「当たり!」


家に人に招くたびに「派手な活動をしているのに、こんな家に住んでいるの?」という顔をされてきたけれど、ダイゴもやはりトレーナーのひとり。彼にはこの環境がどれだけありがたいか分かるようだ。

突然の訪問には首をかしげる部分が多かったものの、わたしのすみかの価値を理解できる人間が現れたことは、単純に嬉しかった。





「今、お茶煎れてくるからちょっと待ってて」
「ありがとう」


ダイゴをリビングのソファに座らせて、わたしはキッチンへ向かう。
家の中に引き入れてしまったのだから、しょうがない。簡単にお茶の一杯でも振る舞って早く返ってもらおう。


(仕方なかったとはいえ……)


ダイゴをついに家にいれてしまったことをわたしは後悔していた。
言い寄られた当初はそっけなくして、ガードし続ければどうにかしのげるだろうと思っていた。こちらに気がないと分かればいつか諦めてくれると思った。
なのに何だこの状況は。
ダイゴは諦める気配を全く見せないし、それどころか結局家に引き入れてしまっているし。

ダイゴって苦手なものとか無いんだろうか。もしあるなら、是非それを家の周りに並べて、対ダイゴ用の結界とか作れないかな?

……我ながらしょうもない発想だこと。
こんなくだらない対策しか思いつかない時点で、雲行きは妖しい気がした。


「お待たせー」


自分が持っている中でも一番クセの無い紅茶に、食べ合わせたら相性が良さそうな焼き菓子を添えてわたしはリビングに戻った。
簡単なおもてなしだけど、これが今できる精一杯のおもてなしでもあった。
ダイゴみたいに目も舌も肥えている人にとっては質素なものかもしれない。でもこういうのは気持ちが大事だよね……。そう言い聞かせながらわたしはカップを机に並べようとした。


「え……」


リビングに入ってきてからいやに静かだなとは思っていたんだ。


「だ、ダイゴさーん?」


すぅ、すぅ、と鼻から抜けていく呼吸音。閉じられたまぶたのふちで、細やかな並びのまつげが揺れている。
もしかして、


「寝て、る」


半分疑問符をつけて放った言葉には、返事がないという何よりの肯定が返ってきた……。

えぇーーー!? 人の家におしかけて爆睡!? そしていつの間に!? さっきは起きてたじゃない! 寝るの早っ!

信じられない。
けれどダイゴからはいっこうに反応が無い。ソファの上で体を崩したダイゴ。静かで深い、寝息だけがこちらへ届く。
まさか、わたしがお茶を煎れにキッチンへ行ったその時間で、寝ちゃったんだろうか。そんな、バカな!

予想もしていなかった展開に思わず絶叫しそうになったけれど、目の前にいるのが眠っている人だと気づいて思わず口をつぐんだ。


(寝不足だったのかな)


彼の顔にくまは見受けられなかったけれど、一瞬でこんなに深く寝れてしまうのだから、それなりの疲れを背負っていたんだろう。
力の抜けきった寝顔を前にわたしも、なんだか脱力してしまった。


「お疲れさま」


ちゃんと、頑張ってるみたいだね。チャンピオンとして。

部屋へ溶けていったのは力だけじゃなかった。ダイゴをどう追い払おうかとか、近所のおばちゃんどうしてくれようかとか。そんな雑念もしゅるしゅると抜けていく。
そのまま、ダイゴの向かいにあるソファへわたしは座り込んだ。

二人のために煎れて、二人のために用意したお菓子を一人で楽しみながらわたしは記憶を巡らせた。
わたしが使っていないので、それでいて綺麗な布団があっただろうか?

思いがけず知った彼の頑張り。突然の訪問には正直困った。けれど一気に幼い印象をまとい始めたダイゴの寝顔は、わたしを和やかなティータイムへと誘ったのだった。