I'll make a swoop


例えば。すっかり寝入っているダイゴを目の前にしたのがわたしじゃなく、リーグの、ミーハーな女の子だったらどうしただろうか。
すぐに頬を染める女の子らしい女の子の姿が頭に浮かんできた。端正な顔立ちの男性が自分が気を許してくれていることに舞い上がって、近くに言っても疎まれることないからとその綺麗な顔を好きな距離で存分に眺めて、あげくの果てにはこっそり写真を撮ったりしてしまうのかもしれない。

けどわたしにとってこの状況は息苦しいものだった。一言で言うなら、


「やりにくい……」


そう、やりにくい。

飲みきれず残ったポットの中身はとっくに熱を失った。
ダイゴが訪れたときには夕暮れだった窓の外は、すっかり日が落ちている。もうすぐわが家の夜ご飯の時間だ。なのにわたしは、ダイゴがぷつりと意識を落としたその時からずっと、向かいのソファに縛り付けられている。


「困っちゃうなぁ」
「ん……」
「!!」


その呟きに反応するような身じろぎ。しかめられた柳眉。

起きるの? 起こしちゃったの?
なぜかわたしは息を殺してダイゴを見守る。

先ほどかけやった毛布をしっかりと抱え込んで、ダイゴの寝返りは終わった。


「………」


起きない、か。

こんな感じで、彼の無防備な姿にわたしはさっきからずっと意識を奪われている。
ダイゴが人を引きつける容姿なのは前から分かっていた。一目見た瞬間から、見る側の愛情を引き出すような美しさのある顔だと思った。危ないものを持った人だと感づいたからこそ、あまり見ないようにしていた。でも今、彼に興味がないとしても、なぜだか目を向けてしまう。ダイゴの寝顔にはそんな魔力があった。

意識だけじゃない。わたしはダイゴに自由な挙動も奪われてしまったようだ。小一時間、わたしは向かいのソファというこの距離から動けていない。さっきみたく、時に息まで殺してわたしはただダイゴを見守り続けている。
見つめ続けるうちに、わたしはダイゴを起こすタイミングをすっかり失っていた。疲れているんだろうと思い、寝かせてあげたは良いもののそれっきり、どう扱ったら良いのかが分からない。

起こした方が良いのか、そのままにしておいた方が良いのか。ダイゴの残す予定はもちろん、ダイゴが日々どんな生活を送っているのか知らないので、気を利かせてあげることも出来ない。ただただ、持て余す。

自分本位にもまた、なりきれない。
寝かせておけば静かであるけれど、わたしはなぜか彼の前から動けなくなる。
かといって起こせばまた何か、こっちが呆れてしまうようなことを言い出すんだろう。



(……何してるんだろ、わたし)


ダイゴの一挙一動にビクビクドキドキして、取り越し苦労に疲労を覚える。さっきからこの繰り返しだ。

ていうかよく座りながらそこまで熟睡できちゃうなぁ。全身から力を抜き、くったりと寝ているダイゴ。綺麗な仕立てのスーツも、さすがに皺になっちゃいそうだ。
スーツはダイゴによく似合ってるけど、寝るには堅苦しい格好だ。うっすらと首筋に浮かぶ寝汗を見つけて、わたしは思う。スカーフだけでもゆるめてあげようか? そうすれば少し寝やすくなるかも。
お節介な心から、彼の首もとに手をのばす。


「………」


はた、と目に入ったのは窓に映る自分の姿だった。
ガラス戸の中には、眠りこけている美男子の服に手をかける女の図。
まるでわたしがダイゴを襲おうとしているかのようなその絵でわたしは我に返った。


「……やめた」


やめよう。ダイゴの近くにいると、変な神経ばかりを使う。もうほっとこう。そうじゃないとわたしの時間がダイゴに奪われる。


「ダイゴのばーか」


ダイゴの寝顔が持つ魔力に捕らわれた自分を、その言葉で蹴り出せば、ようやくわたしは彼のいるリビングから逃れられたのだった。