心配しないで。とりあえず、自分で何とかしてみる。フヨウにそう言って電話は終わらせた。
けれどわたしは未だ混乱の中だ。リーグへ来た仕事の話が、どうしてわたしの方に回ってこないのか。理由は検討も突かない。
どうしてなの、とリーグの方に問い合わせてしまいたい。けれど、引退記者会見でわたしはこう言っていた。
『リーグの意志がわたしの意志です』
確かにそう言った。わたしに話を通さないのがリーグの意志なら、従えば良いのかもしれない。けれどリーグの意向は分かっても、その意志は、何を思ってのことなのかは分からない。
もうわたしはリーグに必要ない存在なのか。
それも、利用する価値さえもないくらい?
ああ、アンビバレンス。聞きたいけど、聞きたくない。
相変わらず我が家の電話は鳴らない。けれど、扉をたたく人ならいる。
「おはよう、にはちょっと遅い時間かな」
「………」
「びっくりした?」
「こんな早い時間に来ると思わなかった」
わたしがこれから行動しようとする時間帯、図ったように彼は現れた。
実際図ったんだろう。ダイゴならそれくらいの間を読むのは朝飯前だ。
「どうして? 今日は平日じゃない」
「リーグ一斉メンテナンス、古くなった機械の総入れ替え、あと業者に委託した空調機能の清掃。これを全部一気にやってお休み中だ」
ダイゴの口からスラスラと流れ出てきた説明ですぐに納得できた。
ああ、そういえばこのくらいの時期にやっていた気がする。
この前会ったとき、勝手に弱ってわたしにすがりついてきたダイゴ。玄関で陽光を浴びているその笑みを見る限り、ちゃんと持ち直したらしい。
自信に満ちた表情がダイゴには戻っていた。
わたしにとっては晴天を気持ちいいと感じる、それと同じ感覚で憎たらしいと思える笑顔。
憎たらしいけど、ダイゴが元気を取り戻せて良かった。だってあの時のダイゴは本当に絶望したような顔をしていたから。
「あ、これおみやげ」
「え?」
ダイゴが手のひらの上に取り出したもの。それは濃紺のハンカチに軽く包まれていて、最初は何か見当もつかなかった。
そのままハンカチごと渡される。手に収まるサイズにしては重いな、と思いつつ包みに手をかける。
開いてみて現れたものにわたしはギョッとした。
この世界で、いったい何人の人間が良い香りのするハンカチに“これ”が入っていると思うのだろう。
出てきたのはごつごつとした石だった。
「綺麗……」
中身に驚いたのは最初だけ。すぐにわたしはその石に見入った。
岩と透き通った石とが混ざり合っている、手のひらサイズの鉱物。残念ながら鉱物に明るくないわたしは、手の中にあるものを的確に表現する名詞を知らない。
けれど、このプレゼントは、石に興味が全く無い人間でも惹きつける、一目で分かる美しさを秘めていた。
手の平を傾けると、その石は複雑に色を変えた。今度は持ち上げて、陽に透かせる。そうすれば透き通った石の中にまた別のキラキラとした、金箔のようなものをを含んでいるのが分かった。
「に見せたかったんだ」
ダイゴがそう言った理由がもよく分かる。
だってこの石の持つ輝きは直接見なければ理解も想像もできないような魅力を持っている。
「気に入ったならもうひとつあげようか」
パッと開かれた手の上には同じ鉱石、ただしわたしの持っているのより小振りのものが握られていた。今度はハンカチに包まれていない。どうやら、ポケットの中から直接取り出したもよう。
それを見て、思わずわたしは吹き出してしまった。
だって、ハンカチに薄く香りをまとわせるのは忘れないくせに、スーツのポケットに石そのままを入れておくなんて。
良いスーツなのに、そのポケットには石や土埃が溜まっていたりするんだろうか。
すごくミスマッチだ。でもイヤな感じのミスではない。
ああもう、なんてダイゴらしいんだろう。
そう思いながら顔をあげると、ダイゴも歯を見せて笑っていた。
「ありがたく、いただこうかな」
わたしはすっかりこの石が気に入ってしまった。もう、どこに置いておこうか考えているくらいだ。
ハンカチはどうしようかと迷うわたしにダイゴは、満足そうな笑みを浮かべながら、追加のおみやげを包ませて握らせてくれた。
「それで。今日はわが家に何の用?」
「デートに誘いに来たんだ」
ダイゴの立ち直りの早さを、先まで喜ばしく思ってた。けど今の言葉で、一瞬にして呪いたくなった。
この前の弱気なダイゴはどこに行ったんだろう。ちょっと帰ってきてくれないだろうか。
「あ、の、ねえ?」
「なんだい? チャンピオンを辞めたら暇になるって言ったのはだよ」
「確か“暇になるけど誘わないで”って返事したと思ったけど」
「そうだったかな? 忘れたよ」
そんな、突然……。出会ってからずっと、ダイゴはこちらの意向を無視してくるけど、そろそろ学習してほしい。こっちの都合を考えるということを。
デートに行くかどうかは別として心の準備をさせて欲しいし、そもそも女の子が外に出ていくことは簡単ではないのだ。ほとんどの場合、時間がかかるということも考慮して欲しい。
「あれ、どこか行くの?」
「……どうして分かったの?」
「いや、部屋に居るにしては厚着をしているなと思って。それに」
ダイゴは視線で、玄関のすみに置いてある大きめのカバンとマフラーのセットをさした。
「ただのスーパーに」
「じゃあ買い物デートだ。つき合うよ」
「え、スーパーで? 行っておくけど本当に地元のスーパーだよ?」
「僕はかまわないよ。荷物を持ってあげる」
思いっきり断るつもりだったわたしの意識にひっかかったのは“荷物を持ってあげる”、その言葉だった。
ダイゴがいれば買い物かごの重さを気にせず買い物ができる……。
いつも持ちきれないからと諦めていたものまで、思いっきり……。
そして、今日は確か“おひとりさま○個まで!”系のセールをやる日だったと記憶している。
(どうしよう……)
わたしの天秤は揺れに揺れた。
ダイゴとの一緒に行くことで特売日の恩恵をフルに受けるべきか、ダイゴを帰して、いつも通りの買い物をしにいくべきか。どちらをとろうか、天秤の皿は上下に大きく揺れる。
「……今日、お米も買いたいんだけど」
「おやすいご用だ」
「ポケモンフーズもまとめて良い? けっこう重いんだけど!」
「僕は男だよ?」
「………」
「………」
「……よろしくお願いします」
「よし、行こう」
結果は以上の通りです。