生活感の染み込んだ活気があふれるスーパーに、明らかに良いお値段の服に身を包んでいるダイゴ。
ものすごく場違いなその姿を見ていると、わたしは結構とんでもないことをしてるんじゃないかという気になってくる。だってホウエンで一番の大企業の御曹司を、近所のタイムセールに連れ込んでるんだもの。なんだか、罰当たりな気がしてしまう。
「ねえ、平日くらいはその目立つスーツやめたら?」
「洋服を替えても意味ないよ。目立ってるのは僕なんだから」
「………」
うっ、なんてこと! 言い返せない……。
確かに目立ってるのは服装だけじゃない。流れる髪や、透き通る色の目や、スラリとした立ち姿などなど。にじみ出る“どうやら普通の人じゃなさそうオーラ”が
一方わたしはほとんど普段着で出てきてしまった。
別に不潔にしているわけじゃないし、ある程度のモラルを満たした服装だから恥じることは無い。
けれどもうちょっと、気取っておけば良かったかも。と、ダイゴの横でこっそり思った。
「普段着は?」
「これが僕の普段着さ。ジム集めの時もだいたいこの格好だったしね」
「……うそ」
「ほんとう」
「じゃあアスナの、フエンジムとかはどうしてたの?」
フエンジムと言えば、名物の温泉を使った仕掛けがなされていたはずだ。
訪れたトレーナーを強制的に温泉に浸からせるあのジムは、数多くのトレーナーの記憶に残っている。
「もちろん、そのまま。あれは事前の予告がほしいよね」
「やっぱりダイゴも引っかかったんだ!」
「指輪がダメになるかと焦ったよ」
指輪までしながら旅をしていたことにわたしは驚いた。ここまで気取った挑戦者もなかなかいないだろう。見た目も中身も一風変わったこの男のことなら、ジムリーダーたちもよく覚えていたりして。
今度誰かジムリーダーに聞いてみよう。そうだなぁ、ミクリ辺りにでも。
「ダイゴって、ジム制覇にどれくらいかかったの?」
「出発したのは2年前。でも実際に費やした時間は1年くらいじゃないかな」
「18才かぁ……」
洗剤の値踏みをしながら、わたしはぼんやりと考えていた。
ダイゴはつくづく、珍しいタイプのトレーナーだ。だってポケモンバトルに熱心な子供なら、10才になったその時からジムバッヂ集めの旅に出る。
それしなかったダイゴ。18才という年は、旅立つ年齢としては遅いとわたしは思う。チャンピオンを目指すトレーナーならなおさらだ。
「何考えてるの」
「んー……、どうしてダイゴはその年になってチャンピオン目指したのかなぁって」
「君が制約を設けたんだろ」
「え?」
不意の返答をもらったのはお買い得のシャンプー・リンス・コンディショナーのセットを手に取ったときだった。
「リーグチャンピオンになれるのは成人だけ。そういう条例を作ったのは君だ」
「ああ、そういうこと」
じゃあダイゴはわざわざ、自分がチャンピオンになれる年齢を狙ってリーグを訪れたというわけだ。
20才になるまで待つ。チャンピオンってそんな計算が通用するものじゃないんだけどな……。
「ダイゴは殿堂入りじゃ満足出来なかったんだ?」
「殿堂入りなんて別に興味無いよ。僕はただ、チャンピオンになりたかっただけだ」
殿堂入りは興味の外。なんて贅沢な台詞だろう。
チャンピオンになりたくてもなれないポケモントレーナーは世界に山ほどいるのに、神様って不公平だ。
「あ、アイス買おうよ」
「良いけど……どうやって持って帰るの?」
「のとこの冷凍庫に入れておいてよ」
「えー……」
ダイゴをスーパーに連れてきたこと。それは成功でもあり失敗でもあった。
失敗だなと思うのは、今みたいにダイゴが何かしら買いたがる。スーパーに並んでいるいろんなものが珍しいみたいだ。
今も霜がはったアイスのケースを熱心に見つめている。
「箱は入りきらないからだめ。買うなら小さいヤツね」
「うん」
「……甘いの好きなの?」
「ふつう。まあ食べる機会は多いよね」
「ちょっと、そんなに何本も買うの?」
「はどれにする?」
言われて、わたしは小さなアイスバーを選んだ。冬に食べるアイスは美味しいけれど、量的にはちょっとで良いというのが持論だった。それに価格もお手ごろ。
もう一つ失敗だったなと思うのは、ダイゴの視線に遠慮をしなければならないことだ。安い商品をせっせと買っている様を見られるのは予想以上に恥ずかしかった。
見栄を張ってなるべく二番目に安いものを選んでおいたのは、ダイゴには絶対秘密だ。
量的には大成功。二人でたっぷりの食料や日用品を買えた。
しかも今日は特売日! ものすごく得をした気がして、わたしの心はほくほくしている。
レジに通されていく商品に、積み重ねられていく金額。いつもの予算を越えている額ではあるけれど、カゴの中身と相対的に見ればかなり安い。素朴な感動を噛みしめながら
ふと見たダイゴの姿に、サッと感動と血の気が引いていった。
ダイゴが、内ポケットに手をつっこんでいる。
「僕が払うよ」
やばい、この流れになるか……!
「い、いいよ! 持って貰えるだけで充分だから!」
「でも収入、無いんでしょ?」
「………」
言われたことは事実だ。事実なんだけど、綺麗な笑顔でそんなこといわれるとムカッときた。
というか、いったい誰のせいで収入無しになったと思っているんだこの男は……!
「じ、自分で食べれるまでは自分でやるから良いの!」
「でも」
「ダイゴだってチャンピオンの月収、だいたいどれくらいか分かってるでしょ?」
そろそろ彼に初任給が出ているはずだ。あの額を見ているならダイゴは身を引いてくれると思った、のに。
「そういえば入ったらしいけど、見てないな」
「……!」
特に興味ないといった風のダイゴにわたしは思い知る。
そういやこいつは御曹司だった!
お金の出入りを心配したのこと無い、正真正銘の御曹司だった……!
初任給が振り込まれた通帳を握りしめ、「リーグってすごいお金持ちだったんだ!」と思ったあの感動もぶち壊しだ。
「ほら、自分で自分を追いつめることはないよ」
ダイゴが流れるような仕草でカードをレジの人に差し出す。しかも、ダイゴが出したのはいかにもグレードの高そうなブラックカードだ。艶やかながら静けさのある黒色は品がある。
どうしよう、断る文句が思いつかない!
あわあわと見ているしか出来ない中、店員がカードを手に取った。
「申し訳ありません、お客様。当店はこのカードの取り扱いを行っておりません」