一般的に、荷物持ちというのは楽しい行為だっただろうか。両腕からまるまる太ったスーパーの袋を吊しながら歩くダイゴはなんだか知らないけど上機嫌だ。少し跳ね気味の歩調。うきうき、という効果音が良く似合う。
そういえば彼のメタグロスがサイコキネシスを覚えていたと思ったけれど、どこか楽しそうなダイゴにその提案をするのは気が引けた。
まあ、二人の手に収まっているんだからポケモンにわざわざ手伝わせることもないよね。
小さく軽い袋をひとつ下げながら、そのうきうきダイゴに続いて歩く。
結局代金までもを持ってもらったわたしは、ダイゴのようには浮かれられない。
わたしの中では正直、ありがたいという気持ちよりも断然、恐縮の方が上回っていた。
ダイゴがあんなことを言い出すなんて想定外だ。なんだかんだ言ってもまだ他人なんだから、買い物という部分では放っておいてくれるもんだと思っていたのに。
元からダイゴは過干渉気味だったけれど、まさかお金を出してくるなんて……。なんと生々しい。
程なくして帰ってきた我が家。ダイゴは軽く門を開け、扉の前で振り返る。
「鍵、貸して」
それくらい、自分でやるわ。わたしは早歩きでダイゴの元へ近寄った。
「おじゃまします」
「どうぞー」
出るときは外が寒く思えたけれど、今日は暖かい日みたいだ。スーパーと家の間を往復しただけで体はぽかぽかしている。
玄関で靴を脱ぐダイゴも、うっすらと汗をかいていた。
部屋にはほんのり暖房の名残があって、わたしもほんのりと汗をかく。おでこに湿り気を感じて帽子を脱いだら、静電気がパチパチと鳴った。
重力を忘れたように逆立つ髪を撫でつける。
「なに?」
髪を手ぐしで整えているのをダイゴがあんまり見てくるので、問いかけは苦笑混じりになった。
苦笑いは止まらない。全くもって抜け目のない人だ。いつの間にか上着を脱いで気楽にしている。
「僕、お昼まだなんだけど」
「そうなんだ。じゃああんまり引き留めたらかわいそうだね。今日はありがとう、さよ――」
「そうじゃなくて」
大いに期待を込めてダイゴが微笑するので、つい意地っ張りな気持ちになってしまう。
別れの言葉にさらなる言葉をかぶせたダイゴ。彼もわたしも笑みは崩さない。
「何のために僕が早くから君を訪ねたと思っているんだい?」
「……分かってるわよ」
一応その魂胆は見えていたのよ、なんてくだらない主張をしてみる。この状況を前に何の意味もなさないアピールを。
こういう流れになってしまうのは、想定済みだ。といっても、気づいたのはスーパーを出てからのことだけど。
「つきあってくれてありがとう。大したものは出せないけど、良かったらお昼を食べていって」
「もちろん。ごちそうになります」
ダイゴはイタズラっぽいうやうやしさでもって、頭を下げた。
「へえ、これ、君の?」
コンロでたっぷりのお湯を沸かし、買ってきたものを冷蔵庫、ないしは冷凍庫に詰めている間、ダイゴが仰いでいたのはガラス戸から覗く巨体。
庭で自由にさせているトロピウスだった。
手を動かしながらもながらわたしは答える。
ちなみにお昼はパスタになる予定だ。
「そうだよ」
「もしかして、が最初の方にエースで使ってた……」
「当たり! 大きいでしょう」
「うん、こんなに立派なトロピウスは初めて見たよ」
トロピウスに上げられた感嘆の声に、わたしは誇らしい気持ちになる。
引退した彼を人に見せる機会はごくわずかになってしまったけれど、トロピウスの雄壮な姿を心のそこでは自慢したいと思っていたりする。
親ばかと言われたって良い。わたしはトロピウスが大好きなのだ。
「こいつと戦ってみたかったな」
「わたしも。自慢のトロピウスをダイゴ戦わせたかったよ」
「でもこの前は使わなかったよね?」
「彼、おじいちゃんだから。実家に預けてたのを引き取ってきたの」
「ふうん」
カラカラと、ガラス戸の開く音がした。ダイゴが庭に出たらしい。タイマーをセットしながらわたしはその仕草を聞いていた。
今度は庭を見られても恥ずかしくない。あれから少し片づけたのだ。トロピウスを放つことも考えて、余った時間は庭に費やしていた。
ポケモンに手伝ってもらいながら枝を切り、落ち葉を集めて焼いた。きのみを育てるスペースを新たに作ったりもした。
おかげでずいぶんと見晴らしが良くなった。やりたい放題に成長して空を覆っていた葉枝がなくなったので光もたっぷり取り込むようになり、家全体が明るくなった。
「この庭、トロピウスのためだったんだね」
どうしてダイゴには分かっちゃうんだろうか。
その一言は、寝ぼけた目に落ちてきた朝露のようだった。
キッチンから庭にいるダイゴに届くよう、わたしは少し声を張った。
「まあね、40パーセントくらいは」
もちろんトロピウスだけのためじゃない。自分のポケモンたちを思いっきりケアする空間が欲しくて、庭付き一戸建てなんてものを選んだのだ。
でもやっぱり、トロピウスがのびのび出来る広さを、と思ったのも確かだ。
広々としたお庭と、都会からは離れた静かな立地。
自分の利便性なんて考えもしないで、これならと思って即決したのだった。
チャンピオンという職業であってもこの家を借り始めたら、生活費に大きな余裕はなくなった。
食費光熱費の節約は全部、自分に不相応な家を借りるためだ。
太陽をたっぷり浴びている彼を見ていれば、自分の小さな我慢などどうでも良くなってくる。
「やっぱり、65パーセントくらいかなぁ……」
「ん?」
「何でもないっ」
タイマースタート。
それからわたしは庭先で、微妙な戯れをする二人に声をかけた。
「せっかくだから、外で食べようか」