My heart abound with your love


「ダイゴくんとはどうしてるんだい?」
「どうしてるって……」


わたしは答えにつまる。今からもう、知り合い以下になるつもりです、とは言いづらい。
ひとつ言ったら、支部長はこう言い出すに決まってるのだ。“どうして、何があったの!?”。そしたら事の経緯を全て説明しなければならなくなる。

わたしとダイゴの、恋愛と言って良いのか分からない恋愛模様。
まだ人に語るほど感情の整理はついていない。


「彼、ものすごい勢いでナマエちゃんを独り占めしてるよね。世の男性は羨ましいだろうなぁ」
「独り占めってそんな……」
「でも実際独占してるよね?」
「独占されてるつもりはありませんけど」
「僕さぁ、正直君は監禁くらいされてるんじゃないかと」
「ブッ!! ……ッゲホ、ゲホ!」
「あ、やっぱりマンガの読みすぎかな」
「確実に読みすぎです……!」
「でも心配はしてたんだよ」
「今時監禁とか、ありえませんから!!」

「でも、なくなっちゃったでしょ、君の個人情報」


冗談ばかりの会話の中、さらりと流れ込んできた台詞にわたしは目を見開いた。

なくなっちゃった、って……!


「それ、大丈夫なんですか!?」
「あ、やっぱり知らなかったね」
「そんなのんきな事言ってる場合なんですか? 大問題じゃないですか!」
「いや紛失したわけで流出したわけじゃないからね」
「でも、リーグの情報管理が……」


現役時代の癖なんだろう。何の情報が消えたのかも知らないというのに、わたしの頭は考えられる被害をはじきだそうと回転し始めていた。
それを見透かしたかのように支部長は苦笑して、わたしの思考に歯止めをかける。


「まあ聞いてよ。消えた情報はさ、君のだけなんだ」
「わたし、だけ……?」
「そう。ナマエちゃん一人ぶんの情報だけ、消えたんだ」


さきほどまで頭を巡っていた、考えられる被害は吹き飛んでいく。
その代わり湧いてきたのはひとつの大きな疑問。

どうして……。


「どうして、わたしの個人情報だけ……。いつ、誰がそんなことを?」
「そんなのもう分かってるよ」
「………」


続ける言葉を見つけられずわたしは沈黙した。だって、話の流れからいったら、犯人はダイゴということになる。
手が震える。もはや持っていられなくなって、わたしは乱暴にカップをソーサーに戻した。


「でも、確証はあるんですか?」


言われたことを信じたくない。その一心であがきの言葉を使って、それからわたしは気づいた。こんな言い方をしては、まるでわたしがダイゴをかばいたいようだ。


「ちょっと前に残っていたアナログ資料のデジタルデータへの移行を完全にしてしまおうという話になってね。その時デボン製の機械をいくつか導入することになったんだ。退職した君のデータをいじる機会なんてそう無いから、その時に紛失したんだと僕は踏んでる」
「………」
「もちろんデボンだから言い出しっぺはダイゴくんなんだ。彼が“機材を安く購入できるルートがある”と言い出して、その通り取り付けてくれた」
「………」
「やっぱり知らなかったね」
「なんで、どうして……」
「もし今もダイゴくんとその、恋人関係にあるならちゃんと彼のこと見極めた方が良いと思って。その辺りも話し合って欲しい」
「恋人関係なんかじゃありません……」


こんなこと支部長に言ったって、何にもならないのに……。
思考停止気味の反論を受けて、支部長は、「そう」とだけ言った。


「今日、君はダイゴくんに会いにきたんだろう?」
「はい……。でも、支部長にも聞きたいことが」
「なんだい?」
「わたしのスケジュールって今、誰が管理してます?」
「え、ナマエちゃんが自分でしているんじゃ……」


目を丸くする支部長。その表情に答えは出ていた。やっぱり全ての根源はダイゴ、か。


大胆な所行だ。情報の削除も、仕事をつぶすことも。

でも彼ならやりかねない。そう思ってしまう。
だって彼は、一度リーグ内でわたしを孤立させた人間だ。我がもの顔でわたしの横にたち、他人に邪魔させない空気を作り上げた彼なのだ。

リーグの意志はわたしの意志と、記者会見の場でわたしは言った。今から思うとゾッとする発言だ。
リーグの意志とはすなわち、チャンピオンであるダイゴの意志じゃないか。


「ダイゴくんに会うのかい?」
「はい……」
「ついていこうか?」
「いえ、まずは二人で話し合います」
「分かった」


決着をつけなければ。ツワブキダイゴと、決別を。














「やあナマエ。遅かったね」


中からかけられた声。待機室のドアをノックしようと形をとっていた指は、寸前で静止した。


「入って良いよ」


静かに言われる。咥内は乾いていたが、わたしはゴクリと唾を飲んだ。冷たいドアノブに触れたせいか、鳥肌が全身にたつ。
手汗で滑りそうになるドアノブを賢明に握りしめ、わたしはチャンピオン待機室のドアを開けた。


室内の中央にダイゴは立っていた。いつもの、スラリとした美しい立ち姿だ。
けれどわたしはそんなダイゴより、彼が手の中に持っているものに釘付けになった。


「それは……」


彼の手の中にあるもの、わたしを一番最初にここへ引き寄せたもの――それは、ワタルとの写真だ。

どうしてダイゴが持っているのという疑問は室内へ目を走らせればすぐに解決した。戸棚や本棚が散らかっている。書物の間に挟んであったのにも関わらず、どうやら彼はわたしの宝物を見つけてしまったらしい。


「やっぱり忘れ物ってこの写真のことだったんだ」
「………」
「なるほどね。自分で探したいって言うわけだ」


言いながら笑うダイゴ。張り付けられている表情では隠しきれない黒いものがにじみ出た笑顔だった。


「ぁ、――……」



わたしは四肢を奪われたように、その光景を見ているしかできなかった。



ダイゴが写真の両端を持った。そのまま、腕を上下に動かした。
ビリリ、と紙が裂けて悲鳴をあげた。

カチ、カチリとライターが鳴って生まれた火花は小さく写真へと流れた。
ゆらりと揺れる灯火が、写真を乗り移る。

紙とインクはよく燃えた。その臭いは鼻をついて、微少な塩水を目頭に注した。

燃えていく写真。望みが絶たれていくわたしからは四肢の感覚だけでなく、声さえ取り上げられた。
わたしを見下す彼はあくどい笑顔を貼り続けている。


焦がされていく二人の笑顔。
思い出が消し炭になっていく。
もう戻らない光景が、黒い炎に犯されていく。

最後、自分の手が熱くなってきた頃、ダイゴは写真をそのまま灰皿へ捨てた。



「いいね、その顔。そそるよ」



ついに、視界が血で染まったかのようになった。