Boy meets girl


彼女、はホウエンリーグのシーンに突然、彗星のように現れて、瞬く間にその名をホウエンじゅうに広めた。

強くも可愛らしい、新チャンピオン。
さらに世間に驚きを与えたのが彼女の年齢だった。彼女は12才、正確には12才9ヶ月で四天王とチャンピオンを破ったのだ。28才5ヶ月という歴代最年少の記録を軽々塗り変えたのは新芽のようにみずみずしい才能であった。
レンズの前に立った少女は細く、華奢な体つき。恵まれた容姿よりも先に、チャンピオンという肩書きに食い違った少女の像に誰もが目を見張ったのだ。


『えっと、チャンピオンになりました、です』


数日と経たず、ホウエンで10人に彼女の名前を言えば、10人が彼女をよく知っていると言うようになった。その上で好意を表す人がほとんどだった。


『このトロピウスが一番大きくて強そうだと思ったのでパートナーにしました!』

『あとのメンバーもみんな、強そうだと思ったから選びました!』

『そしたらちょっとひこうタイプが多めになっちゃいました』

『あ、これってもしかしてテレビですか? じゃあヒワマキシティでも映りますか?』


12才の少女は天真爛漫な発言を繰り返した。
年相応らしい言動が、今までの堅く、荘厳だったリーグの印象をがらりと変えていく。
ヒワマキというホウエンの中では何でもない場所から出てきた少女、は今までのイメージをすべて打ち砕くような、全く新しいチャンピオンの形をしていた。

チャンピオンとして若すぎる年齢も、素人をも引き込む抜群のバトルセンスも人気の要因でもあった。だが、どれもが通常のチャンピオン以上の騒ぎを引き起こした一番の原因ではない。
理由はやはり彼女が持ち得た美貌にあった。
という名のバブルを作り出すのに一番大きな効果を発揮したのは言うまでもなく“容姿”だった。

子供らしい、純真な瞳。艶やかながら柔らかそうな肌。血色良く色づく頬。ひとたび笑うと、その魅力がいっそう増し、華やいだ。四肢もしなやかで美しく、モンスターボールを投げたりポケモンに指示を出す動作がよく映えた。
無垢な、子供らしい外見を持った彼女だけれど、モンスターボールを手に取れば大人をも完封する。そのギャップがまた受け、様々な人の関心を引いた。

顔からスタイルから才能、そして好かれやすい人柄まで、彼女には何もかもが揃っていた。たくさんのレンズがそんな彼女を撮影することを望んだ。

すぐにインタビューが殺到し、テレビのオファーが入った。いくつかの雑誌の表紙になった。彼女の一言を模倣したコピーが街を駆け抜けた。彼女が持っているのと同タイプのバッグが少女トレーナーの間で流行り、完売した。非公式のファンクラブがいくつも乱立した。みんなが親しみを込めて彼女の名前を呼んだ。
聞いた話では、彼女がチャンピオンになった年、ジムやリーグへ挑戦した人の数は12倍に膨れ上がったそうだ。

はホウエンにおいていつも話題の提供役で、みんなの視線は彼女に釘付けになっていた。
テレビの向こうの彼女にたくさんの人が虜になった。

僕、ツワブキダイゴもその一人だった。

オダマキ博士と共にポケモンについて生き生きと解説する姿を一目見ただけだったのに。
僕の初恋はあっけなく始まった。


途方も無く遠い女の子にする恋は案外楽しかった。
ひたすらに彼女を思って、頭の中が彼女ばかりになっていって、彼女を知ることが楽しくて仕方なかった。
彼女の写真を一枚でも多く一秒でも長く目に入れようと努めたり、彼女のプロフィールを覚えたり。彼女の誕生日は人知れず彼女のために過ごす。彼女が生まれた日なのだと思うと一日が神聖なものに思えた。逆に自らの誕生日は何故彼女に捧げられないのか、悶々とした。画像の中で笑う彼女と目が合うだけで幸せな気分になれた。彼女と僕が同い年と気づいて、それだけで有頂天になっていた時期があった。

恥ずかしい話、あのときの僕は本当にただのファンだった。渦中の本人としては、それが本当の恋だと信じ込んでいたけれどね。
まだ10代であったあの時の僕。全く、少年の気分から抜け出せていなかったなと、振り返ってみて思う。

ホウエンのアイドルに対して燃えていた恋心。それが、という一人の女性への恋に変わったのにはちゃんときっかけがあった。

それは2年前。僕が18才になる、誕生日パーティーでの起こったことだった。



デボンコーポレーションの一人息子というのが生まれて以来ずっと付きまとう僕の社会的立場だ。その日は僕のためというよりは会社の名にかけて、また、会社が優位な社交場を求めたために、僕という少年に似合わない豪勢なパーティーが行われていた。

違和感を覚えながらも慣れてしまったパーティーの空気。僕が主役とは名ばかりで、早々に会場の装飾の一つになっていた僕の前に、彼女は現れた。
視界に飛び込んできたのは、一方的に良く見知った顔。招待客のひとりとして溶け込む彼女だった。

当時、人気が着実な物になった彼女を、どの人間かがパーティーの華として呼んだらしかった。

何年か後に、彼女がデボンコーポレーションに関わるもてなしとしてだったのか、あるいはさんが好きだ、好きだと連日口にしていた僕に父が気を利かせてくれたのか。
真意は今でも分からない、けれど確かに感じたのは「今年の誕生日は最高だ!」って思ったこと。


(さんだ……!)


バクン、バクン。思考した途端に耳のすぐ近くまで心臓の音がせり上がってくる。
生のさんだ。写真じゃない。テレビ越しでもない。触ろうとすれば触れる距離。目の前にいる彼女。世界にひとりだけの彼女。

すぐに彼女以外のものが見えなくなった。レンズのピントが合わさった感覚だった。
場の雰囲気に合わせて、髪を整えドレスをまとった彼女は美しかった。恋の魔法もあって、余計輝いて見えた。

漠然と、「どうしよう」と思ったのを覚えている。
実際に会った彼女は思っていたより小さくて可愛らしい。こぼれた髪がうなじに流れている。なんて色っぽいんだろう。結んである唇は直視できなかった。
誰と話すわけでもなく彼女は窓の外を見つめている。見慣れた笑顔ではなく、少し憂いを帯びたの表情にも僕は歓喜した。浮かんでいるのが例え憂鬱でも、彼女の表情が目の前で変化している事に僕はただ見とれる。

意識し始めると、ますます止まらなくなっていく。という存在が寄せては引いていく潮のように僕を飲み込んで、余裕を奪っていく。
自分が持っているレモネードのがいきなり強く香ってきて、クラクラした。
あ、鼻血が出そう、とか思った自分は無意識に鼻を押さえていたり。うん、あの頃の僕は本当に年齢以上に青く、若かったんだ。

しばらく目眩に酔いしれた後、気づけば僕は彼女を一直線に目指していた。
周りに誰がいるのかとか、挨拶しなければならない人の有無だとか、彼女以外の人間は見えなくなっていた。
物憂げな壁の花に、僕は全ての意識を奪われていた。



「こんばんは」


伏せられていた瞳が、パッと僕を見留める。胸中ではいっぱいいっぱいな僕の声はわずかに震えていた。


「ようこそ、僕の誕生日パーティーに来てくれてありがとう」
「ツワブキダイゴさんってあなたの事だったの」


今! 彼女が僕の名前を呼んだ!
あんなに憧れていたさんが、彼女の唇が、僕の名前をかたどって動くなんて。夢のようだ。


「お招きありがとうございます。それとお誕生日、おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
「何歳になられたんですか?」
「18に」
「じゃあ、わたしと同い年なんだ、ね」


その時、少しだけこぼされた彼女の笑みに僕は完全にやられた。
例え僅かなラインだとしても、あの瞬間同い年だからと彼女が一線許したのは卑怯だったと今でも少し恨んでいる。
ふっ、と口許がゆるんで、細まった目が潤んで……。写真の中の笑顔よりずっとずっと素敵で、もう数年、彼女を見つめ続けてきた僕には受け止めきれないほどの幸福だった。


「あ、あの!」
「はい?」


僕は完全にたががはずれていた。嬉しいハプニングで会えた好きすぎる人物。目の当たりにした微笑みが愛しすぎて僕の脳は完全にショートしていた。


「僕、あなたが好きです。一目見たときからずっと」


会話の流れも、ムードも何も無い。なのにいきなりこんなこと言い出した僕は、どうかしていたのだ。


「ありがとう。でもごめんなさい」


即座に明らかになった結果は無惨なものだった。
ぶつけた心が受け取られたのかも怪しいくらい、かけらも動揺を見せずには答えを出した。
計算も何も無く発した告白は、同じ計算も何も無くあっと言う間に砕かれたのだった。

後から思えば当然の結果だというのに予想も忘れていた僕にはその返しがショックで、心が割れそうになったのを覚えている。いや、粉々に割れていたと思う。


「ど、どうして?」
「どうしてって……。わたしとあなたは今日会ったばかりじゃない。わたしはあなたのこと、よく知らないもの」
「でも!」
「それにわたしは今、リーグのチャンピオンだから。チャンピオンでいる間はポケモンと共に頑張るわ。恋人を作るとか、そういう事は考えずに」


だから、ごめんなさい。
すらすらとは言った。僕を気遣ったりは一切しなかった。そして、何の未練も見せずにその場を去っていった。本当には、目の前の男が好意を見せたことにも動揺しなかったのだから、男性をフるのには慣れているようだった。

惨敗だった。その言葉に尽きる。