「なっ……!!」
気を抜いていた部分を指摘されて、すっかり存在感を失っていた血潮というものが、一斉に駆け巡った気がした。
頭の細かな血管から、つま先までスイッチが入ったみたいに熱くなる。
「っどうしてミクリはそう、具体的に言葉にしちゃうの!?」
「いけなかったかな?」
「気づいたとしても、そっと見守るって方法があるじゃない……!」
「私が口を出して変わってしまうような心ならそれまでだよ」
「それは、そうだけど……。どうして分かったの? 顔に出てた? それとも何か、喋りに出てた?」
「うーん、両方かな」
「ええー……?」
やだなあなんでそんなこと言われなくちゃいけないんだろう。顔を覆いつつ原因を聞けば、さらりと残酷な回答が返ってきた。
表情にも声にも出てたって言うんなら、ほとんど全身に現れていたということじゃないの。まいった……。
人の目に自分はどう映っているのかを過剰なくらい意識しているという自覚はあったから、虚を突かれてわたしは目を白黒させてしまう。
「だって君の大事なものを壊してしまって、ひどく怒らせてしまったとダイゴが言っていたけど、そうは見えないから」
「わたしが怒ってるように見えないっていうの?」
「少なくとも写真のことは怒っていないよね? 今回の事に写真は強く関係しているのに、君はほとんど口にしない」
「それは……」
「の頭の中にあるのは写真を失ったことじゃない。ダイゴがなぜ写真を燃やしたかだ」
「………」
「だから私にはがダイゴのことを、よく見極めようとしてくれているとしか思えない」
「……そうだよ」
確信を得た穏やかさで霧がかかっていた心境をはっきりと暴かれる。
数秒もしないうちにわたしは心の中で白旗を降っていた。
「わたしはダイゴのこと知ろうとしてる。けどそれ以上の気持ちがあるわけじゃない。だから好きみたいな言葉でまとめられると、困る」
「ごめんごめん。確かに表現が飛躍しすぎたね」
「……どうして、ダイゴなのかなって考えてるんだ」
眉を下げて笑うミクリは頼れる人間として私の目に映った。
だからわたしは吐き出しはじめた。自分だけでは永遠に答えが得られそうにない心のことを。
「わたしも秘密を持っているの。知られるのが怖くて誰にも言えない秘密。くだらないって人は笑うかもしれないけどね、言うのはすごく怖い。その秘密はわたしの醜くて汚い部分をたくさん詰め込まれてるから。きっと理解されないとしか思えないの。実際に何度か否定されているしね」
探偵に罪を暴かれた犯人が犯した罪の一部始終をつらつらと吐き出してしまうシーンを、いつも見ては滑稽だなと思っていたけれど今なら犯人の心境がよく分かる。
犯人は自らが抱えた業を少なからず分かって欲しいと思っていたんだ。だから聞かれていないようなことまで話してしまうんだ。
探偵役はミクリに似合っている。ミステリアスながらも聡明な出で立ちだし、彼はわずかな言動からわたしの心情を見抜くほど鋭い。
「言ったことはあるんだ?」
「一人だけ。ものすごく信頼してた人に」
信頼してた人にという響きに呼応して浮かんだのはワタルの笑顔だった。
好きになった。けれど叶わなかった初恋の人。
あの人のことは今でも大好きだ。あの人もわたしのことを好きでいてくれてる。
けれど結局、秘密や弱さを分かち合うような仲にはなれなかった。むしろ関係は真逆の方向に成熟していった。
秘密を保って、弱さは隠し合おう。
チャンピオン同士、意識しあってお互いに成長を重ねよう。
わたしとワタル。真っ直ぐすぎる信頼の末にできあがったのはそんな、誇り高くも寂しい関係だった。
「自分でも情けないんだけれど、その人と一回上手くいかなかったのにすごく傷ついちゃって。ますます人に言えなくなったなぁ」
「………」
「言えなくなっただけじゃなくて、人に理解されない自分の存在が許せなくもなった。わたし間違った人間なのかな、ってたくさん考えた」
「………」
否定されるのが怖い。けど安易な同意は欲しくない。
ミクリの沈黙はわがままなわたしには最適だ。
「けど誰かに解ってもらいたいという気持ちはずっとあって、いつかまた、誰かを好きになったら、誰かのことを本気で愛してしまったら打ち明けようと思ってた。その人にだけ分かってもらえれば良いやって、思ってた。その誰かに会えるまで秘密のひとつやふたつ抱えてやる!、って、思ってた……」
そうわたしは、いつかの未来に期待して今を諦めたのだ。
わたしを救う神様が現れるまでは強く、完璧に生きようと思っていた。そしてそれをホウエンリーグという場所で実行していた。
「なのに、ダイゴは勝手に見抜いたの」
「その秘密を?」
うなずきを返す。
何重にも被せものをして隠したものを見つけられわたしはダイゴが怖くなったんだ。
正直な気持ちを誰かに知ってもらえたならって思っていたはずなのに、いざダイゴに見つけられたらやっぱりムリ、と防御のポーズをとってしまった。
結局わたしは弱い。
ダイゴの優しさを認めたら、同時に醜い自分に正直にならなくちゃならない。そんなの存在しないよと振る舞っていた自分の存在を、自分が嘘をついていたことさえも認めなくちゃいけない。
強がりとトラウマで固まった殻を破って生身になる勇気がわたしには無いんだ。
「どうしてダイゴなの……?」
また同じようなことをわたしの唇は反復する。
なぜ彼だったんだろうか。なぜ巡り合わせはダイゴとだったんだろうか。
「ダイゴの隣なら、なんて考えたくなかったな……」
口にしてから気づく。わたしはまだワタルのこと待っていたんだなぁって。誰かを好きになったら、なんてぼかしておきながらその“誰か”にはワタルのことを当てはめていた。
情けないわたしにはもったいないくらい、ミクリがついた息は優しかった。
「君とダイゴはどうやら似ているらしいんだ」
涙袋を柔らかく膨らませたミクリの瞳は言っていた。君にヒントをあげよう。
「ど、どこが? どこが似ているっていうの?」
「さあ、どこだろう? 自分とは似ているっていうのはダイゴが言ってたことだから」
「ええ?」
なるほど、だから似ている“らしい”なんて言い方したのか。
ミクリがもたらす手助けにすがる気持ちで聞き入ったのに、疑問を疑問で返されて思わず脱力してしまう。
「私なりの見解を言うのなら――聞きたい?」
「っ聞きたい!」
「ふふ。あくまで私の意見だけれど、確かに君たちは似ているんだよ。境遇がね。人らしさの見えない強さや才能の持ち主で、簡単には手の届かない人と、誤解され敬遠されているという点でね。君が秘密を抱えて独りだったように、ダイゴも――」
その後の言葉をミクリは続けなかった。含みのある、唇の結び方だった。
続けられる言葉が無くとも、読みとれる。ダイゴも独りだよ。