True-life story


ダイゴも独りだよ。音にはならなかった、けれど伝えられた言葉が胸に突き刺さった。
わたしはよく知っているのだ。人に囲まれながら感じる孤独の味を。

ダイゴのことが初めて少しだけ分かった気がする。分かってしまう。わたしとダイゴが似ているという言葉の意味も、同時に頭に浸透してきた。

わたしに若年女性チャンピオンという立場があったように、彼にはデボンの御曹司という生まれがあった。
ダイゴのあの容姿もきっと、羨望を集めた。
無作為に、知り合ったぶんだけの関係の始まりと終わりを無数に繰り返して、自分がどこか無感動になっていくのをダイゴもツワブキの家の中で感じていたんだろうか? わたしと同じように?


「ねえミクリ」
「うん?」
「憧れは理解から最も遠い、よね」
「そうだね……」


心臓の泣くような痛みを得た。けれど、息を詰めさせるような喉のつっかえがひとつ、溶けた気がした。


「辛そうだね」
「まあ、ね」


確かに胸は痛い。けれど、嬉しい。
生まれたダイゴへの同情は、自分の経験があるからこそ感じられたものだ。
本当にそっくりそのままダイゴの痛みを受け取れたわけじゃない。けれど、何も分からないわけじゃない。小さな断片かもしれないけれど、苦しみを知っていることには変わりない。
わたしがひとりで抱え込んでいた苦しみが、意味が持ち始めている。


「やっぱり私は、とダイゴに一緒になって欲しいと思ってしまうよ」
「………」
も知るとおり、ダイゴは手に負えない男だ。私にも彼の家族にとってもそうだ。悪い奴じゃない。程度の低い男でもない。でも決定的に変わっている。単純なようなのに読めない。けれど、なら」
「………」


ミクリは返事の無いことをとがめない。沈黙も会話の一部だと言うように伸びやかに続ける。


にはの良い部分があって、しかもそれはダイゴに足りない要素だと私は思うんだ。逆も同じように存在してる。お互いにお互いが足りない歯車を握っている。なら二人が一緒になれば上手く噛み合わさって、二人ともがもう少し楽に動けるような気がしている。だから応援したくなるのさ」
「………」
「きっと幸せになれるよ」
「幸せ、かぁ……」


甘く柔らかく、桃や薔薇の色を持っていそうな“幸せ”という言葉はわたしは苦手だ。
最上の喜びを表す言葉として使われる分には無害な言葉だ。けれど時に幸せはこちらの飢えをくすぐるように響くから質が悪いと思っている。


「わたしはもう、十分に幸せだよ。今以上を望むつもりは無いかな」
「幸せに気づけるのは不幸な人間だけさ。逆も同じだ。不幸を気取れるものは幸福に気づいていない」


シニカルに肩をすくめられ、返す言葉は無かった。


「君の良いところ、たくさん知っているよ」
「あ、ありがとう……」
「君の美しさや魅力は多くの人が認めるところだ。それに加えてダイゴからずいぶん君のこと聞かされたせいもあってね。おかげで私もが好きになってしまった」


ミクリの言う“好き”には博愛が満ちていて、安堵をもたらしてくれる。
だからわたしも、すぐに心からの言葉を返せた。


「わたしも、あなたに好意を持ってる」
「ありがとう。どうか、君自身を好いている人間の言葉として聞いて欲しい。ツワブキダイゴという男の愛をかみ砕いて、出来れば飲み込んで」


ミクリは本当に、ダイゴのためにここに来たんだね。貴方は彼の良い友達なんだね。その上でわたしをも良い方向へ導こうとしてくれているんだね。
微笑みを交差させてわたしはうなずいた。この優しい人の願いには、うなずかなければならない気がした。


「ありがとう、










ありがとう、。感謝を述べたミクリの顔を思い出してはわたしは焦燥感に駆られる。

ダイゴを理解しても良いとうなずいたけれど、ミクリが帰ってから思い出したのだ。
そういえばわたし、ダイゴのこと大嫌い、って思いっきり言ったんだっけな、ということ。

もしこれからわたしがダイゴに関わろうとするなら、なにかこちらからアクションを起こさなくちゃいけない。自分からダイゴに会いに行かなきゃ。

どうやって会えば良いんだ?
なんて、声をかければ良いんだ?
考えるだけで、眉間にストレスがたまる。

あの時は確かに大嫌いだと思ったのだ。今でも写真を破られてしまったこと、二人の笑顔に火を点けられたことには怒りを感じる。突きつけた大嫌いは嘘じゃない、だから後悔は無い、はずなのだけれど……。
今更焦ることになるとは思っていなかった。ダイゴに会おうと思う時が来るとも思っていなかった。

喧嘩はたった数日前のことで、なんとなく行き着く。
彼はわたしにとって避けようのない存在なのかもしれない。
わたしとダイゴの縁は繋がっている。そうだめ押しするのは電子のコール音だった。



「はい、もしもし」
「こんにちは、ちゃん」
「支部長?」
「はい、みんなの支部長です。どうもこんにちは」


聞き慣れた茶化す口調がまた、受話器越しに聞こえる。
最近は電話ばっかりだ。前は日常の中で会えたのにそうも行かなくなったから。なるほどこうやって環境は変わっていくんだな、なんて思考は寂しさから逃避する。


「あはは、こんにちは。どうしたんですか?」
「えーと。犯罪予告ともとれる封筒が一件、届いたので報告です」
「ああ、またですか」
「またです」


慣れとは恐ろしい。見知らぬ人間に殺意を向けられることにわたしは最早驚かなくなっていた。
支部長の声にも緊張感は無い。淡々としてて事務的な口調は、明後日の午後は雨が降るらしいんだと知らせるものとなんら変わりない。


「久しぶりですね」
「久しぶりです」


わたしは思う。世の中は平和に見えるけど、やっぱり変態って存在するもんなんだよねって。


「お節介かなと思ったんだけどね、気をつけてはほしいから」
「いえいえ。知らせてくれるようお願いしたのはわたしですよ? それに辞めた今だからこそ、迷惑かけられませんよ」


子供だからと思わないで、なるべく多くのことを教えて欲しい。良いことも悪いことも怖いことも、なんでも。知らない間に守られていたり、迷惑をかけてしまうことが耐えられなかった。そんな青かったわたしが願い、交わした約束だった。
だいぶ昔の指切りが今も続いているのだと思うと、体の暖まるように嬉しくなってしまう。


ちゃんらしいね。それじゃあ内容行きまーす」
「よろしくお願いします」
「まあ具体的にいつどうするとかは書いて無いんだけど、危害を加えるという内容です。つまり私怨だよね。ダイゴ君に対する」
「えっ?」


呼吸が一瞬、止まった。


「ダ、ダイゴですか?」
「うん。そう、今回はちゃん宛じゃなくてダイゴくんになんだ。ちゃんに手を出しやがってえ的な気持ちが暴走してるんだろうね。だから今回ちゃんに直接なにがあるかは分からない。けれど相手の考えがどう転ぶかも分からない。なので一応そういう予兆があったとだけお知らせしときます」
「はい……」
「もちろんダイゴ君にも報告済みだよ。ただ悪意が込められただけの手紙とも受け取れるけど、警察にも提出済みです」
「そう、ですか。――わっ!」


受話器が、ずるりと手の中で滑り落ちそうになった。何でもないことなのに手の中から受話器が抜け落ちていく感触に、気づけば短い悲鳴をあげていた。


「っどうしたの?」
「あ、大丈夫、なんでも無い、です……」
「びっくりさせないでよ」
「ごめんなさい……」


目をやると両手はびっしょりと手汗に潤んでいた。
体が示した率直な反応と一緒に手のひらを握りしめる。やっぱりわたし、君から逃げられないのかな。