Girl meets boy


不便な海里上の孤島にあるわたしの家、の室内でくたびれて眠っていると思われるわたしのコート、のポケットに仕舞われ忘れられていた指輪を目指しているはずなのに。わたしたちは早々にお互いのポケモンを出して空を飛ぶことをしない。
歩いてるだけではたどり着けない場所を目指しているのに、わたしもダイゴも月の下で意味のない歩みを重ねている。

どこにたどり着けないとしても、わたしはしばらく歩いていたい。わがままがきくのなら、この手は繋げたままで。立ち止まると沈黙が悪目立ちしてしまうし、個々のポケモンに乗ろうと思えば、手は離さなければならなくなる。
一度離れてしまえばいつまた手を繋げるか分からないと思うから、だから歩き続けていたい。

あ、今、灯りが消えた。ミナモデパートの照明がいくつか準々に落ちたのを偶然にもわたしは見つける。
眠りにつこうとするミナモデパート。当たり前のような、珍しいような瞬間を見せられて、思わず意識が吸い寄せられていった。
外壁の照明が緩んで、箱の表情は丸くなる。窓の光もアトランダムにスイッチを切られて、少しずつ数が減っていく。消えた光のぶんだけの人々が仕事を終えたんだ。そして、自分の家に帰る支度をしているんだろう。とある日が終わっていく光景。それを遠くから眺めて、わたしの息はより深く繰り返される。

ミナモのデパートが存在を薄める。わたしたちが通り抜けていくミナモの町並みも、今は窓からの灯でそこに家があると分かる。けれど、そのうち明かりを消されて夜空と区別がつかなくなるのだろう。光が曖昧になっていく景色を見つめていると、自分というものの形も不確かになって分からなくなるような気がした。そっと、わたしはダイゴの親指の付け根を握りしめた。


「大丈夫? 気分でも悪いのかい?」
「……え? そんなこと無いわ。どこをどうとっても普通だけど……。元気が無いように見える?」
「見た目は普通だけど。でも、君が抵抗しないで僕についてくるなんて、おかしいよ」
「何それ、自虐ネタ?」


ダイゴは言葉無く苦笑して、わたしも同じように顔を苦くした。ダイゴに触れられれば即抵抗。それが彼の中のわたし像なんだと、見えた気がした。


「なんで? どうして抵抗しないんだ? 僕は夢を見てるのか?」
「うーん、わたしは夢じゃないと思うけど?」


夢だなんて言い出すダイゴの錯乱っぷりがおかしくて、肩で笑いを噛み殺していると、またダイゴの指先が強ばる。


「ほら、君ってそんな風に僕に笑いかけてくれる人だった? それに僕はそうやって、君に笑いかけてもらえるような人間だったかな?」


違ったよね? という否定のニュアンスを混ぜてくるなんて、目の前のコレは本当にツワブキダイゴなんだろうか。
ツワブキダイゴと言えばナルシストの代名詞じゃなかったっけ。馴染みのないダイゴの表情に、今更にもしかしてわたしも夢の中にいるのかもと思えてきた。

目の前のダイゴはわたしが勝手に作り出した幻想だったりして。
なんて、空想してみたけれど手の中にある彼の親指の骨の堅さには絶妙なリアリティがあって、その可能性はやんわりと否定されてしまう。


「本当は望んでいたはずなのにね、実際に起こると現実味が無くて受け入れられない。嫌じゃないんだけど、むしろ嬉しいんだけど……」


なんだ、自信喪失してるんだ。手を握りなおしてくる仕草にそう感づいて、わたしは少しニヤついてしまった。

珍しく繋がっている手を離したくないと思うのは、こうやって指先からダイゴの微細な心の波が伝わってくるのもあるんだと、今になって気づいた。指先からダイゴのことが探れるから、わたしも一生懸命になって指を握り返している。


「なんか、おかしい。ダイゴすごく、人間っぽい」
ナマエは僕のこと何だと思ってたの?」
「さあ、何だろうね?」


挑戦者扱い。可愛いくもあるんだけど、器用すぎていけ好かない後輩扱い。
同じくポケモンバトルを極める者とも扱ったこともある。
あとは、うざったい男、財力のある男。わたしのことを好きな男。そんなカテゴリーにダイゴのことを突っ込んたこともあった。

なんて単純な価値観に基づいたラベルの貼り方なんだろう。頭打ちの想像力に、少し恥ずかしくなる。
でもダイゴをどこか人間として見つめなかったのは、意図してのことだ。

だってわたしは、人に恋をしたくなかった。ワタルへの初恋を終えたわたしは、もう誰も好きになりたくなかったんだ。
ダイゴのために言葉を探す、そんな彼を理解しようとする行為なんてしたくなかった。恋のためにもう自分の時間を砕きたくなかったんだ。
だから今までのわたしは、いつだって社会の中に入っていったひとりとして、ダイゴの前に居た。アイスブルーの瞳と視線が交わったとしても、心は閉じたままに。そして経験で作り上げた自筆のマニュアルにならってつき合ってた。ツワブキダイゴなぞ、好きにならないために。

そうやって頑なにダイゴに向き合わなかったわたしの心を、ミクリがあの時いじったんだ。

“ダイゴも独りだよ”

ミクリの一言がわたしの世界を変えた。
あの美しくも癖のある顔を思い出すと恨めしくなってくる。ミクリは策士だ。“君と同じように、ダイゴも孤独なのだ”という触れ込みの、“君と同じように”というのが大事なテクニックだ。

わたしの人生とダイゴの人生の重なり合うところを、ミクリはわざと強調する。そうすればわたしがダイゴをごく近しい人物に感じる。君はわたしのこと分かってくれるの?と、わたしもちょっとは持ってる自己愛が、反応を示す。

“君と同じように”のワードはわたしに知らしめる。
彼が感じている寂しさはただの孤独じゃない。わたし自身が抜け出せずに苦しんだ孤独にダイゴもいる。

そしてミクリの言葉は問いかけてくる。
いつかの君のように可哀想なダイゴを見捨てられるのかい?
遠回しながらそう吹き込まれて、まんまとわたしは今ダイゴに向き合っているわけだ。


「ねえ、あの時はごめんなさい」
「それいつの話? 僕が謝ってもらうようなことなんて、あった?」
「とりあえず写真のことかな」
「正気かい? どうして謝れるんだ? あんなことされたのに」
「あんなこと、って。自分で言わないでよ」
「生憎、酷いことしたって自覚はあるんだ」
「じゃあわたしも正直に言うけど怒ってるよ。今も。もんっのすごく! 言っておくけど、写真以外にも許せないこといっぱいあるんだから」
「ごめ――」
「でもね!」


謝りかけたダイゴを遮ってわたしは続ける。今、ごめんを言いたいのはわたしだ。


「でもね、わたしなりに後悔してるんだ。あの時冷静にあなたの話を聞けなくてごめんなさい」


貴方は、わたしに欲を燃やす、得体の知れない異性だった。
今も言いようの無い複雑な色をしてる。だけど今は奇跡のように稀なシンパシーを感じてる。
本当は分かりあえるんじゃないかって希望を見つけてる。

ミクリは言いたかったんだろう。ダイゴって、君にとってすごく都合の良い男なんだよ?って。


「今のわたし、多分ダイゴに少し期待してるんだ」
「多分って曖昧な言い方だね。それに僕は少ししか期待されてないの?」
「あはは、ごめん」
「別に良いけど」
「あのさ、わたしとダイゴって、喧嘩っていうのかな。してたよね。指輪とかそういうものの前に、仲直りしてみない? わたしがダイゴのこと許せるか、分からないんだけどね。努力してみたい」


期待とはそういう意味だ。ダイゴのこと許せるかもしれない。この人ともう少しつき合ってみようと思えるかもしれない。
寂しいと感じる心の内に、この人がもしかしたら寄り添ってくれるのかもしれない。

煮えきらない言い方をしてしまったが、自分の本心には気づいている。
こうやって仲直りを言い出してしまうくらいだ。わたしはダイゴと少し近づきたいと思っているみたいだ。

可能ならば、なんて枕詞をつけたのは、恐がりなわたしの性根がダイゴのこと、試しているからなんだろう。
この期待に応えてくれるよね? わたしを許す気にさせてくれるよね? あなたはわたしに嘘をつかせないよね?って。

まだどこかで自分を守ってる。こんなわたしで良いなら応えて、ダイゴ。


何から、確かめたら良いのかな。
手探りでわたしは探し始める。