「………」
「………」
沈黙という形で肯定があった。だがその肯定が今も続いて、わたし達の話は全く進んでいない。
体に抱えてる柔らかな部分。隠されておいて欲しい自分を外気に晒すのは、ダイゴも怖いようだ。ほんの少しだけ怖いという表情をダイゴはしている。
怯える彼に何か、言ってあげれば良いんだろうか。例えば何を話されても貴方のこと嫌いになんてならないよって。
実際には、そんなのは嘘だ。わたしがこの人のことをこれから更に嫌いになる可能性はゼロじゃない。残念ながら。
綺麗事は嫌いじゃ無い。けれど、今日ばかりは綺麗さで蓋をしてしまうわけにはいかない。
もし甘やかな一言があればわたし達は緊張やプレッシャーからは解放されるだろう。けれど誤魔化してしまったその時にはこの好機まで、連れだって霧散してしまうだろう。
なあに? クライマックスは終わったの? じゃあさよなら。そう手を振って過ぎ去ってしまう気がする。
ダイゴを理解しようとする試み。それはわたしにとっても怖い行為なのだ。
けれど堪えなくてはならない。リーグやポケモン、わたしの友人、ダイゴの友人、わたしが生きてきた時間、やってきたこと。わたしという人間の歴史に織り交ぜられたダイゴという細糸に絡みとられ、束ねられた全てにわたしは導かれてようやくここにたどり着けた。ここで強くいられなければ、それも無駄になってしまう。全てが星空に溶けてしまう。
堪えなくては。今持ち出してきたありったけの勇気を使いきってしまったら、わたしはもう時間が自分を癒してくれるのを期待するしかなくなる。もしここで逃げてしまって、再びこの男との出会いに向き合える時が来るとしたら、それはたくさんの年をとってからだ。それまでの長い時をわたし達は後悔と共に逃げたり追いかけたりして過ごすんだ。
(そんなのイヤだなぁ……)
切り出したのはわたしだった。
「ちょっと、別の言い方が思いつかないからそのまま言うけど」
「何?」
仲直りの為と言うよりは、ダイゴが吐露を始めるられるように。これからの告白の、道しるべとなるようにわたしは口を開いた。
「前提としてダイゴはわたしのことが好き。それに本当に間違いは無いんだよね?」
「……信じてもらえないんだ?」
「当然でしょ。あそこまでされて信じろっていう方が無理。もう少しやり方が普通だったらさ、わたしも悩まずに済んだんだけど」
「普通って。何だ、それ」
「相手を見つめて、徐々にアピールして、とか……」
あれ、普通の定義が思った以上に難しい。
上手い言葉が見つからないので、わたしは消去法を用いる。
「まあ、始めに相手の生活をぶち壊しにかかるのが普通の恋愛じゃないってことは確か」
わたしが言ってることは正しいはずなのに。ダイゴは顔を僅かに歪め、肩をすくめた。
「ベタなやり方で近づいたことはあるんだよ? それは結構“普通の方法”に近かったんだと思うんだけど」
「ちょっと待って。一体いつあんたが普通の方法をとったのよ」
「普通じゃなくてベタだよ。うーん、は覚えてないと思う」
「どういうこと……?」
「僕から思い出させるようなことは言えない。あの時の僕のことは、もう忘れてもらいたいからね」
疑問の中にわたしを置き去りにして、ダイゴは薄く笑う。
「普通、っていうのは僕には縁の無い言葉だし、それにさ、ベタな方法をとった僕は結局君にフられてる」
「………」
「言いたくはないけれど、君のせいだよ。僕が強引な手に出たのは、普通のやり方じゃが振り向いてくれなかったからだ」
「意味が分からない……」
「君はチャンピオンである間、男に目を向けるつもりがあったかい?」
「………」
「君にはチャンピオンを辞めてもらう必要があった。僕を見てもらうためにも」
これだけを聞けばただのストーカーの発言にしか思えないのに、わたしはここを引きさがれない。とある可能性のために。
「待って。ダイゴは言ったはずだよ。わたしのためにチャンピオンになったって」
「それは……」
「あの言葉は本当なの? 信じて良いの? 都合の良い嘘なんかじゃないよね……?」
そう、ワタルとの写真を燃やした君が混乱の中で口走ったあの言葉が、わたしを捕らえてる。
「ねえ、嘘とだけは言わないで」
わたしはしがみつく。事実よ、残酷な方であれ、と。
「嘘じゃ、ないよ」
「……そっか、……」
「嘘じゃないけど、でもなんて言ったら良いのか分からないよ」
「いいの。ありがとう、スッキリした。やっぱり、ダイゴにはバレてたんだね」
なんで、分かっちゃうかなぁ。悲しいのに、わたしは自然に笑んでしまう。
「ねえ、ここにいるのは本当になんだね?」
「わたしだよ」
「ずっと分からなかった。信じてたけど、不安だった。僕が見つけた君は虚構なんじゃないかって。本当は妄想の可能性だってあった。直感以外の証拠なんて何も無かったから」
「ダイゴの直感はすごいね。ごめんね、妄想じゃないの」
端から聞けば暗号みたいな会話なんだろう。大事な部分は言葉にされず、未だ伏せられてる。
でも、わたしとダイゴの間ではしっかりと通じている。
「ごめん。本当はもっと、上手くやるつもりだったんだよ。怖がらせたり傷つけたりしないで、やろうと思ってたのに」
切なげにダイゴは眉を寄せて言う。
「なのに計算なんてものはさ、に会った瞬間に全部壊れたよ。たくさんの感情が僕の中に混ざってくるんだ。を見つけるたびに僕は、すごく欲張りになる。感情がコントロールできなくなる。たとえば手に入れたいとも思うし、近くで見て、かすかに触れあうだけでも僕は嬉しくて。その逆は耐えきれそうにないくらいにつまらない」
ダイゴが吐き出すのは、そこまで人を恋しいと思ったことが無いわたしにとっては、戸惑うばかりの激情だ。
そんなに? という顔をすれば、ダイゴは自嘲気味に笑う。
「常識的に考えて、会ってすぐにキスなんてするわけないだろう?」
「あはは……、自覚あったんだ」
驚きながらも笑うと、当たり前だろと怖いくらいに真剣な声色で返ってきた。
「一瞬でワタルさんに妬いてしまうし、誰かと誰かの思い出をあんな風に引き裂くことだって、する必要無かった」
ワタルとわたしの写真を燃やしたことを言っているらしい。
「メリットなんて何も無いって分かっていた。なのに、してしまった。衝動にまかせて。バカみたいだ」
釈明は続く。
「君が実家に帰ったときだってそうだ。ずっと嫌われるは覚悟の上だった。その時が来ても取り乱さずにいるつもりだったのに、いざ君が姿を消されたら足掻きたくなった。足掻かずにはいられなかった」
「ダイゴ……」
「あの時の僕は最高に無様だったよ」
「わたしにうとまれること、辛くなかったの?」
「辛かった。でもそれよりも、君と関われた幸せの方が強かった。僕は君に会うその度に、またのことが好きになってたように思う。もうどうしようもないよね。許される気がしないよ。君を目指していた僕は、君にたどりついた途端、壊れ始めた」
ダイゴはカラリと笑った。
「僕は君が思うような人間だったよ、でもそれはに会う前までの話だ」
今日という日がなかなか終わらない。日付はすでに変わっているかもしれないが、それを確かめるような時間はもったいなくてとれない。
疲れるまで歩き、ようやくダイゴはわたしの家へと飛んでも良いと思えたようだ。腰からボールを取り出そうする。それを見て、わたしもと思ったのだけれど。
「良いだろ?」
ボールを取り出すためそっとふたつに戻ろうとした手を、離れようとしたわたしを、ダイゴはもう一度捕まえる。返事は待たれず。わたしはエアームドの上へ導かれた。
それからわたしの家に着くまで、一瞬たりともダイゴは手をゆるめようとはしなかった。