ついに、わたしは、ダイゴとのキスにときめいてしまった。
「行っちゃった……」
ぽかん、とダイゴがいた場所、今は月の光が通り抜ける虚空を見つめる。
この場にただ残ったもの。右手の小さなわっか。右手の薬指だから婚約指輪のつもりなんだろう。
つい、存在を疑いながら見つめてしまう。こんな、愛情らしい愛情をダイゴに向けられたのは初めてだからだ。
(うざったい指輪……)
送り主と同じだ。
何をするにもついて回って、わたしの生活を左右しようとする。輝く様なんてとくに、似ている。
わたしに新たに付け加えられた右手の指輪はきっと、何をするにも煩わしいだろう。
モンスターボールを取るときにもカチャリとぶつかり合ってわたしはこの指輪を意識せざるを得ない。ポケモンたちは初めて見る婚約指輪の輝きを一様に気にするだろう。みんなにもからかわれるに決まってる。
指輪が意識の中に入ってくるのが面倒だ。逆に指輪の存在を忘れてしまう時が来るのも怖い。
わたしの人生にこの指輪が入り込むことが恐ろしくて、わたしは指輪を外そうとした。今までの自由に比べると、薬指をぐるりと囲む銀の輪は重苦しくて仕方がない。
けれど、手は止まってしまう。指輪に爪をかけて、それ以上先に進めない。
なんとなく、本当になんとなくなのだけれど外しづらいのだ。ダイゴの想いが詰まっているのだと思うと、わたしの脳は理解出来ないダイゴのことでいっぱいになって、正常な判断を失う。
バリバリ。突然、窓がそう表現するにふさわしい怒鳴り声を上げた。
窓ガラスが破けそうな音をたてて唸る。
「何?」
返ってきたのは二回目の、バリバリ音。
わたしはようやく気づく。それは荒々しいノックの音だったのだ。
「なんで?」
どうしてここに?
騒がしい訪問に驚きながらも怖いとは思わなかったのは、きっと第六感が感じていたのだと思う。訪問者は悪いモノではない、と。
窓をふるわせる力強さですぐに分かってしまった。相手が誰であるのか。
窓が壊れる前に、と駆け寄るとわたしの視界に赤い髪の毛が入る。後ろには立派なカイリューがどっしりと地上に足を着けている。
カントーにいるはずのワタルが、そこにいた。
「元気にしてたか?」
「………」
「そうか。元気だったけど元気じゃなかったか」
ワタルに会えれば元気になるというわたしの法則はどこにいってしまったんだろう。顔を曇らせたわたしにワタルは苦笑を漏らす。
おなかから出てきてるワタルの笑い声で、さっきの窓みたくわたしの鼓膜がぶるぶると震えた。
「驚いたか?」
「うん……」
「やっぱり、にとっちゃ突然なんだな。俺は何回も連絡したんだけど、やっぱり届いてなかったんだな」
「何のこと?」
「聞いた。がダイゴくんにかなり困らせられてるって」
「……ああ、そっか、ダイゴね」
なるほど。点と点が線でつながる。
リーグとわたしとの連絡を勝手に断ち切っていたダイゴは、ワタルからの連絡をもシャットアウトしていたみたいだ。
ダイゴが努力を重ねていた、当時の静けさを思い出す。裏付けるようにワタルが、俺からの通達も届いてなかったなんてな、なんてぼやいた。
わたしは少し笑う。ワタルが連絡をくれていたらしいという、不意に嬉しい事実を聞いて嬉しくなって照れたからだ。
「全ての事態を把握したわけじゃないんだが、大変だったな。そんな事が起こってるとは思いもしなかった」
「ワタル……」
「もっと早く気づいてやりたかった。ごめんな」
わたしは思いっきり首を横にふった。
ワタルを責める考えなんてわたしには無い。あるのは途方も無い安堵ばかりだ。ワタルはわたしのこと、見捨てたわけじゃなかったんだ。そう知って、目の前が潤むような心地だ。
「ダイゴくんのことは俺がなんとかしよう」
「なんとかって?」
「大丈夫だ。彼は様々なことを犯しているから手だてはある」
ワタルはただ、わたしが安心するように、と話しかけてくる。その声色に特別安心してしまうんだから、やっぱりワタルへ抱いた想いは初恋だったんだと痛感した。
「でもまずはのことが心配だ」
とても真剣な顔でワタルは言った。
「。逃げよう、彼から」
無骨で大きい手が、さしのべられる。
「俺とカントーへ行こう」